千春のブログ「ブルーシートの延長費用が、見積の期限より先に来た」から来てくださった方へ

見積 198万円

保険 41万円

屋根の請求書が届いた時、 私は、、、 目の前が真っ暗になりました。

整備工場で見積書を受け取った帰り道、車に乗り込む前に、フロントガラスの左上をもう一度見てしまいました。

丸いシールに書かれた車検の期限は、来月です。

給食の調理補助のパートへ行くにも、買い出しに行くにも、この9年乗ってきた軽自動車が足になっています。その足の期限が、目の前に来ていたんです。

家に帰ってから、車用に分けてきた封筒を出してきて、見積書と横に並べてみました。

並べたところまではよかったんです。そこから先を引いていったら、封筒はほぼ空になって、次に必要になる分がどこにも残っていなかったんですよね。

私は、、、

言葉が、そこで止まってしまいました。目の前が真っ暗になるって、こういうことなんだなと思いました。

これは、私の恥ずかしい告白です。

車検さえ通しておけば、あと2年は安心。そう思ってきた私が、その「あと2年」の中身を、一度も確かめていなかったんです。

整備工場の人は、見積書を渡しながら、こう言ってくれました。

「タイヤとバッテリーは今回は見送れますけど、次は一緒に見たほうがいいです」

悪く言われたわけじゃありません。むしろ、次に困らないようにと教えてくれた一言だったと思います。

なのに私は、その一言をありがたいと思えなかったんです。封筒の中身が頭に浮かんで、「今回は見送れる」の先にあるお金のことを考えてしまったからです。

教えてくれた人にまで、こんなふうに思ってしまう自分がいて、それが何よりも恥ずかしかったんです。

こんにちは、美智子です。58歳で、給食の調理補助のパートを週3日しています。9年乗ってきた軽自動車が、買い出しと通勤の足になっています。車検さえ通しておけば、あと2年は大きな出費なしで乗れると思っていました。整備工場で見積書を受け取り、フロントガラスの期限が来月だと改めて見た日から、その思い込みが崩れました。この文章は、私と同じように期限のある出費の紙を前に考え込んだ方へ向けて書いています。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

ブログの記事は、うちで本当にあったことです。周りの仲間の話でも、似た場面は起きています。

お金のこと、車のこと、これからの暮らしのこと。こんなふうに書いたら、不謹慎に聞こえるかもしれません。でも、本当に起きたことだから、言わせてください。

まだ先だろう。車検なんて、そのとき通せばいいだろう。

なんて、思っていませんか?

もし、そう思っているなら。あなたのこれからは、予想しているより、ずっと暗いかもしれませんよ。

なぜなら、この世界は、私たちが無防備なまま、期限の来た紙を受け取るようにできているからです。

少なくとも私は、自分の浅はかさを、笑えないくらい、呪いました。

だって、考えてみてください。

車検を通せば、次まで2年ある。
パート代が入ってくれば、その中から少しずつ分けておける。
封筒に分けておけば、いざというときにも慌てなくて済む。

そんな世界が、広がっていませんか?

9年乗ってきた車ですから、古くなっているのは分かっていました。けれど、車検を通すたびに「これであと2年は大丈夫」と思えて、その感じに安心していたところがあったんです。

人生、このまま逃げ切れる。

本気で、そう思っていました。

でも、考えてみてください。

この「予定」が、もし崩れてしまったら……と。

私の身に起きたのは、まさに、そのことでした。

「車検さえ通せば安心」と信じたのは、運ではなく、ただの無知でした

言い訳に聞こえるかもしれませんが、聞いてください。

私は、やることは、やっていたんですよ。

給食の調理補助のパートは週3日、休まず続けてきました。パート代が入るたびに、車に使える分として封筒に分けてきたつもりでした。

車検の期限だって、フロントガラスのシールで見える場所にあったんです。来月が期限だということも、知らないわけじゃありませんでした。

それでも、崩れました。

なぜなら、見積書と封筒を横に並べて引いてみたときに、思っていたものと違う答えが出たからです。

見積書の額は、14万8,600円でした。

この額を封筒から引いたら、封筒はほぼ空になりました。工場の人が言ってくれたタイヤとバッテリーの分は、どこにも残っていなかったんです。

だって、そうでしょう?

車検を通せば、あと2年は安心。
通したのだから、しばらく大きな出費はない。
誰だって、そう思いますよね。

もっというと、こんな書き方をしたら車に申し訳ないですが、私は、車検さえ通せば、その先2年は車のことで考えなくていいと思っていました。

でも、9年乗ってきた車は、車検だけで済むものじゃなかったんです。タイヤもバッテリーも、車検とは別のところで、ちゃんと古くなっていました。

期限は来月。見積書は手元にある。封筒はほぼ空。その次の分は無い。全部が、同じ時期に、重なりました。

本来なら、、本来なら、ですよ。

車検を通した日は、肩の荷がおりる日のはずです。「これであと2年は大丈夫」と、ほっとできる日のはずです。

これは、喜ばしいことのはずです。

そして、

本来なら、、本来なら、ですよ。

工場の人が「今回は見送れますけど、次は一緒に見たほうがいいです」と教えてくれる。先のことを考えてくれている。その一言を、ありがたいと思えるはずです。

これも、ちゃんと、ありがたいことだと、分かっています。

でも、私の中では、もう、どちらも、辛い出来事になってしまっていました。

少なくとも、笑って「大丈夫です」と言えませんでした。

顔は、いつもの顔でパート先に立っていたかもしれません。でも、心の中では、泣いていました。腹が立っていました。

「なんで、封筒に分けてきたのに。」って、思っていました。教えてくれた工場の人にまで、「次は一緒に」と言われたことが、重く聞こえてしまっていました。

「私が週3日パートに立って、どれだけ分けてきたと思ってるの?」と、思っちゃっていました。

でも、同時に。

「ごめんね。ごめんね。悪く言われたわけじゃないのに。教えてくれて、ありがとうございます。」と、泣いていました。

なぜだか、わかりますか?

理由は、シンプルに、お金が足りなかったからです。

分けていなかったわけじゃない。封筒には、ちゃんと分けてきたんです。

でも、予定よりも、お金が出ていく額が、大きかったんです。

たったこれだけ。

これで、私は、教えてくれた人にまで腹を立ててしまう人になりました。

封筒を並べて引いたらほぼ空で、タイヤとバッテリーの分が残りませんでした

最初に考えたのは、近いところで何とかできないか、ということでした。

でも、車検の期限は来月です。誰かに頼んだところで、期限が延びるわけじゃありません。封筒の中身が増えるわけでもありませんでした。

だって、そうでしょう?

「車検さえ通せば安心」と思ってきた人が、見積書を前にして、急に誰かに頼りに行く。そんな姿を、見せられるわけがありません。

頼るという考えは、私の次の出費を、1円も減らしてくれませんでした。

次に、カードで分けて払えばいいのか、とも考えました。

分ければ、その場は通せるかもしれません。でも、分けた分は、あとから必ず返ってきます。タイヤとバッテリーの分が無いことは、そのあとも同じでした。

ここに聞けば、なんとかなると思いたかったんです。なのに、考えれば考えるほど、私の予定が狂っていることだけが、はっきりしていきました。

最後は、封筒から出す算段を、もう一度しました。

見積書の分を出せば、封筒はほぼ空です。金額としては、今回は出せる形になりました。

でも、タイヤとバッテリーは、その引き算の外に残ります。

まだ、その次の分は作れていません。車は、まだ、これからも乗り続ける足です。

払ってしまったら、車用のお金が先に薄くなる。そのあと、タイヤとバッテリーの話が来たら、どうなるのか。

見積書と封筒を見ながら、「出せる」と「足りない」が、同じ机の上に並びました。

「入ってくるお金 < 当初よりも減る速度が速いお金」

この構図ができてしまったとき、私は、あまりにも、無力でした。

少しだけ、ご自分に当てはめてみてください

「あと2年は安心」と決めた私が、いま見るとただの無知なバカでした

「入ってくるお金 < 当初よりも減る速度が速いお金」

この構図は、あまりにも地獄でした。

あなたは、想定よりも早く減っていくお金を、見たことがありますか?

車検を通すたびに安心していた私は、すごくほっとしていました。「これであと2年は大丈夫」と、封筒に分けるたびに思っていたくらいです。

その自分が、いま思うと、ただの無知なバカに見えて、仕方がありません。

なんでなんだよ。あのとき、どうして、タイヤとバッテリーのことまで考えなかったんだ。

もう、恥ずかしいやら、情けないやらで。

そんなとき、見積書を伏せて、探し始めました。

車の次の分を、週3日のパートを辞めずに、家にいながら、考えられないか。

出てくるのは、顔を出す話。毎日続ける話。若い人に交じる話。読むだけで、うさんくさくて、手が止まりました。何枚も開いて、探すのを、やめかけました。

その中に、副業、という言葉がありました。

副業か。

いやいや、と、すぐに自分で打ち消しました。

だって、副業って、若い人のものでしょう。大変そうだし。58歳で、週3日パートに立っている私に、向いているわけがないと思ったんです。

こんな見積書の前で固まるために、封筒に分けてきたんじゃない

だって、そうでしょう?

今さら勉強するなんて、かっこ悪いじゃないですか。そんなことをしたくないから、パートを続けて、封筒に分けて、期限も見て、やることはやってきたんです。

副業に手を出すのは、そのやり方を、自分で「間違いでした」と言うことに思えました。

……でも、そのとき、こんな言葉が頭をよぎりました。

この見積書を、封筒と並べたまま、引き出しにしまっているだけなのか。次の分は、減りも増えもしていません。

週3日のパートを続けてきたこと。パート代が入るたびに封筒に分けてきたこと。車検の期限を見てきたこと。

その全部に、見積書一枚で、「無駄でした」と点数をつけられた気がしたんです。

私の分け方は、なんだったの。堅実にやってきたつもりの私は、なんだったの。

そう思ったら、腹が立ちました。

工場の人の一言にも、です。「今回は見送れますけど、次は一緒に見たほうがいいです」と言われた、その「次」が来ることが分かっていたのに。

次の分は無いままです。期限は来月で、決まっています。

見積書を、このまま、ひとりで受け取り続ける。そんなの、待っていられません。

ダメな人だと笑えばいい。いい年して何やってるのと、笑えばいい。

私は、もう、これからのためだけに生きるのは、やめます。私は、私のために生きます。私の人生なんですから。

私は、これまで、車のことと、パートのことと、毎月の暮らしのことばかり考えて、自分のための人生を、生きていませんでした。

自分のために休んだ日。自分のためにお金を使った日。どちらも、ほとんど思い出せません。

それを、認めます。

見積書と封筒の前で固まった、いま。信じてきたことが、全部、引き算の外に残った、いま。

私は、また、一から、やり直します。他でもない、私自身のために。

そう、決めました。

見積書を、引き出しにしまったままにするのをやめました

私は、副業を、ずっと遠ざけていたんですよ。

胡散臭い。若い人のもの。私は、封筒に分けて、堅実に逃げ切る側。

その考えを、全部、捨てました。

お金が、足りなかったからです。

この車を守りたい。毎日の足を守りたい。それから、私の心も。

封筒に分けてきたのに足りなかった、アホなおばさんです。

封筒に分けるまでは頑張ったのに、お金を増やすことは、一度も考えていませんでした

いちばん自分を叱りたいのは、お金を「増やす」ことから、逃げていたことです。

〇:お金を貯金する
〇:慎ましい生活をする
〇:先を見据えてお金を残す

これらが、堅実な・賢い生き方だと思っていました。

でも、今だから、分かります。

これは、ただの飼い殺しにされる生き方でした。

そして、これは、この文章を読んでいる、ほとんどの方に、当てはまることのはずです。

封筒は空になっても、次のタイヤとバッテリーの分は残ったままです

だって、封筒に分けることは、私はやってきたんですよ。

それでも、9年乗ってきた車の車検が来て、タイヤとバッテリーのことが重なって、自分では、どうにもできないことが、いっぺんに出てきて、

「入ってくるお金 < 当初よりも減る速度が速いお金」

この状態になってしまったら。

封筒に分けてきたお金は、見積書の前で、ほぼ空になりました。

昔の自分を、呪って、呪って、呪って。悔しくて、悔しくて、台所で、泣きました。

もっと早く、お金を増やすことを、考えておけばよかった。「賢く生きる」って、本当に賢いの?と、疑っておけばよかった。

そんなことを、ずっと、ずっと、ずっと、考えていました。

58歳で怖くても、いまが一番若いから、私は進みます

私は、もう58歳です。

お金の増やし方の知識なんて、ありません。聞いてきたのは、分けて残す話ばかりでした。

今さら、始めるの?若い人たちに、交じって?

そう考えたら、足がすくみました。

それでも、進むほうを選びました。

ここまで読んでくれたなら、何歳でも、言わせてください。進んでください。

あなたの人生で、いちばん若いのは、いまですから。

そして、あなたの暮らしを支えるのは、国でも、会社でもなく、誰かでもなく、

あなた自身だけですよ。

私は、そこを見つめることから、逃げていました。

その事実を、受け入れました。

まぁ、、、受け入れても、大変だったんですけどね。苦笑

なぜなら、副業には、それ相応のハードルがあるからです。

物販、当然無理です。

むしろ、何を売ったらいいのか。そんなことすら想像がつきませんでした。

転売、当然無理です。

まず在庫を抱えるお金もないし、在庫を置くスペースもありません。

アフィリエイト、当然無理です。

まずSNSやブログで、記事を大量に用意したり投稿を大量に用意する時点で無理です。

SNSの運用代行なども当然無理です。

そもそも最新のSNSの動向を追い続けないといけない時点で無理でした。

FXやトレード、当然無理です。

グラフの上がり下がりとかを読む、ローソク足がとか、そんなことの全てに吐き気を感じました。

YouTubeがいいだとか、TikTokがいいだとか、

そんな話も大量に聞きました。

当然無理です。そもそも、これらは若い人との勝負な訳で、私にはできる気がしませんでした。

そして、最新のAIも無理でした。

AIって聞いたら楽な話に聞こえるじゃないですか。

でも、すでにAIが楽な時代は終わっていて、ClaudeコードだのCodexだの、よくわからない構造体がたくさんあって、

これを管理できる頭が必要で、かつ、API(使った分だけ、お金がかかる)仕組みの中での話でした。

知識もないのに、いきなり使った分だけお金がかかる。。これって怖くないですか?

その辺の若造から、何度も『使った分だけしかお金がかからないから大丈夫ですよ。』なんて言われたのですが、

実際、私の知人はその話を鵜呑みにした結果、10万以上の請求をされていました。

AI、怖い。

またしても、、、

またしても、光を奪われるのか。

せっかく「人生で初めて、私の人生を生きるんだ。」と決められたのに。

決心は、年齢によって潰されるのか。。。

そうがっかりしていました。

そんな中で、たった1人だけ

〇:競争なんてしなくていい

〇:顔出しもしなくていい

〇:在庫も抱えなくていい

〇:隙間時間でコツコツしたらいい

〇:才能も知識もいらない

〇:老若男女とわない

というスタイルで、運営している人を見つけました。

最初は、あまりにもウマイ話に見えてしまって、正直私は毛嫌いしていました。もっとも遠ざけていた人といっても過言ではないです。

ただ、先ほども書いたとおり、

巷の副業は、全て無理でした。

物販も転売も、

アフィリエイトも、

SNSの運用代行も、

FXやトレードも、

YouTubeもTikTokも、

全部「無理」です。

私にそんな能力なんてありません。

新しい能力を身につけず、お金を稼ぐ必要がありました。

これが、私がその人から学ぶことを決意した理由です。

あなたはどうでしょう。

もし、これらが無理なら、あなたは私と同じです。

競わず・新しい能力をつけず・過去の積み上げたもので、なんとか食っていく必要がある。

そんな立場の人です。

その立場の人にとって、私が学んだ人は最適です。

なぜなら、こんなことを言っていたからです。

(1)努力は1度でいい

(2)元手不要、在庫抱えなくていい

(3)才能不要、実績不要、年齢も問わない

と。

さらにこんな事も言ってました。

毎日の労働は、川(会社)に、カバンというバケツを持って水を汲みにいく作業だ。と。

でも、バケツだからこそ手を止めたら終わりだし、バケツを取り上げられたら終わりである。

これがクビという現象であり、毎日の出社が必然とされているわけだが、

もし、ここで水路を作れたらどうだろう。

水路を作ったら、水道を作ったら、蛇口を撚れば水が出る。そんな構造が完成する。

もし、あなたがバケツ・一生労働型でいいならそれもいい。

ただ、水道を作ったら、水路を作ったら、あなたは一生の苦悩から解放される。と。

さて。ここであなたに問います。

今、あなたは、どんな気持ちでこの文章を読んでいるでしょう。

少なくない人が、心にガードをして読んでいるはずです。

昔の私も同じでした。

ただ、自分が同じだったからこそ、あえて言わせてください。

「あなたは、バカですか?」と。

なぜなら、私は、飼い殺しにされてきた自分の人生を後悔しているからです。

私は、挑戦をしないことを堅実だと思っていました、

息を潜めて、手のひらに乗る幸せを、必死に握りしめて、

1粒たりとも、幸せの砂をこぼさない生き方をすること。

これが、いい大人になることだと思っていました。

これが、賢く生きるってことだと思っていました。

でも、私は、そんな「賢く生きる」というイメージに、人生を潰されかけかけました。

というか、潰されました。

今だから思います。

「お金が大事だとわかってるくせにお金に直視するのを避けてる自分」を殺してよかったと。

なぜなら、働いている段じゃないからです。

58歳で、給食の調理補助のパートに週3日立っています。車検の期限は来月で、見積書と封筒を並べたら、封筒はほぼ空になりました。

タイヤとバッテリーの分は、まだ残ったままです。

となった時、私は「時間を使わず、お金を得る」ことを絶対に習得すべきでした。

ってことを書いているのに、

「心をガードして、斜に構えている」とするなら。

それは、ね。

バカですよ。

理由?理由はあります。ちゃんとあります。

日本海溝より深い理由があります。

なぜなら、人生は短いからです。

考えてみてください。

あなたの大切な人との時間、刻一刻と減っています。

あなたの人生も、毎日終わりに向かって進んでいます。

本当に、大事にすべきことは、ここでは?

お金が全てではない。

そんなこと当然知っています。

でも、だから稼ぐんですよ。

なぜなら、お金がないことで、

「残りあとわずかな、あなたと・大事な人との人生」を潰すからです。

棒に振るってしまうからです。

お金がないから、治療費を削ります。

お金がないから、介護代を削ります。

お金がないから、施設に入れて上げられないです。

・・・ね。

お金が全てではない。って言ってるあなた。

あなたは、その言葉の裏で「大事な人へのベストな選択肢」を捨ててるんです。

これって、悲しくない?

そう考えた時、私は、人生を変えたい。

こんな人生リセットしたい。

そう強く思いました。

ちなみに、私が学ぶことを決意した人のメールはこれです。

毎月、リアルでの作業会もしていらっしゃいます。

ネットの虚像・虚構ではなく、生身で会える・嘘偽りのない人です。

きっかけをくれた人のメールを、
同じように読むことができます。

この文章を書いた理由

いま私は、自分の苦しかった過去を踏まえて、もう2度と昔の私のような人を出さないための活動をしています。

私は、過去の私を強く恥じています。

後悔しています。

「車検さえ通せば、あと2年は安心」と言っていた自分を、恥じています。

整備工場で見積書を受け取り、車用に分けてきた封筒と並べて引いたら、封筒はほぼ空になりました。タイヤとバッテリーの分は残っていなかったんです。

9年乗ってきた軽自動車です。給食の調理補助のパートへ行くにも、買い出しに行くにも、この車が足になっています。

車検を通せば安心だと思っていたのに、次に一緒に見たほうがいいと言われた分が、先に残りました。

だから、見積書の前で胸を張れる人でいたい。そう思っています。

この、当たり前のことを当たり前にできない社会です。

だったらせめて、私が手を伸ばせる人には伸ばしたい。

自分が辛かったからこそ、これをちゃんと叫びたい。そう思っています。

ほとんどの場合、あなたは昔の私と同じように

「バケツ型」の人生のはずです。

一度でいいから、本気で「もし、水路的な」お金が入ったら。と心の底から強く思ってみてください。

もし、雇われず・国に、会社に、他人に頼らず、

「彼らからお金をもらうことなく、」

3万でも、5万でも10万でも入っていたら。と。

決して、私は大金持ちになりたいとは思わないです。

でも、、、

もし、朝起きたら、10万、20万とか入っていたら。と。

もし、そんな奇跡が毎月、毎日、続いたら・・と。

こっちの人生は、心の底から欲しいと思います。

なぜなら、そんな毎日が続いたら、

大切な人との時間を、

大切な人の「もしも」を、

この手で、大事にすることができるからです。

頑張って仕事をして、毎月の暮らしを回して、ようやく少しほっとできる。

そんな時に、また新たなお世話問題が。

そんなことでまた人生を費やす。こんなバカなことがあっていいのでしょうか。

バカなことって書いたら言葉が悪いですが、でも、そうでしょう?

だって私たちの人生は、私たちのものなんだから。

私たちは、家族の世話のために生まれたんじゃなくて、私たちの人生を生きるために生まれてきてるんです。

これも、きっかけをくれた人の受け売りなんですけどね。笑

でも、そうだと思うんです。

そして、最後の最後に。

もし、ここまで読んできてまだ迷う人がいるなら。

こう問いかけさせてください。

「あなたは、何を見てきたんだ。」と。

あなたが読んできたのは、同じように「車検の見積書を、車用の封筒の前に置いてきた人」が書いた文章です。

AIなんて使っていません。まともにAIを使ったことがない人生でした。

車検さえ通せば、あと2年は安心。

そんな思考で、タイヤとバッテリーの分が残ったままの人が書いた文章です。

そんな取るに足らない人間を鍛え上げてくれた人がいます。

その人に、あなたも会おうと思ったら会える選択肢が、今、目の前にあります。

その事実を前に、まだ、ゴニョゴニョ言いますか?

私は、今後の人生の全てを賭けています。

私たちの人生を、私たちの手に取り戻す。

この当たり前の幸せを手放さないために。

その気持ちで、きっかけをくれた人との運営に力を注いでいます。

この文章が、少しでも多くの人の希望になったら嬉しいです。

美智子

もう一度だけ。
きっかけをくれた人のメールは、
こちらから読めます。