これは、私の恥ずかしい告白です。
朝ドラの途中で、
テレビの画面が真っ黒になりました。
リモコンを何度押しても、
戻りませんでした。
そのとき、私が思ったのは、
「お願いだから、今は壊れないで。」
でした。
毎朝、
朝ドラを見せてくれたテレビです。
それを私は、
お金のかかる厄介者を見るような目で、
見ていました。
「もう、どれだけ出させるのよ。」
そんな言葉が、
口から出てしまいました。
でも、何よりもショックだったのは、
壊れるまで使ってきたテレビに、
「もう、どれだけ出させるのよ」と
言っている自分がいたことでした。
こんにちは、佳子です。
ここまで読んでくださって、
ありがとうございます。
このブログに書いてきたことは、
私が実際に経験したことです。
そして、
お話ししてくださる仲間のまわりでも、
起きていることです。
66歳です。
清掃のパートを、
週2日しています。
春に冷蔵庫を買い替えたばかりでした。
引き出しには、保証書を、
ちゃんとしまってあります。
壊れるまで使う、と決めていたテレビの画面が黒くなって、
9万3,800円の見積を持ったことはありますか?
長く使ってきたものに、
感謝するどころか、
いくらかかるかばかり考えてしまう。
そんな自分に、です。
こんなことを書いたら、
不謹慎に思われるかもしれません。
テレビが壊れたくらいで、
と笑われても、
仕方がないとも思います。
でも、
実際に自分の身に起きたからこそ、
あえて言わせてください。
まだ先かもしれない。まだ、
壊れるのは、ずっとあとだろう。
そんなふうに、思っていませんか?
もし、そう思っているなら。
あなたの暮らしは、
もしかしたら思っているより、
ずっと先まで暗いのかもしれません。
なぜなら、この世界は、
私たちが無防備なままリスクに直面するようにできているからです。
少なくとも私は、
自分の備えの甘さを呪いました。
だって、考えてみてください。
「壊れるまで使えば、節約になる。」
「パートが週2日でも、まとまったお金は、待てば用意できる。」
「保証書があれば、次はしばらく来ない。」
そんな安心が、
まわりに広がっていませんか?
私は、
これでなんとかなると思っていました。
信じていたのは、次の三つです。
・壊れるまで使えば、節約になる。
・週2日のパートでも、
まとまった額は待てる。
・保証書があれば、次は来ない。
でも、考えてみてください。
この三つが、
もし崩れてしまったら…と。
私の身に起きたのは、
まさにそれでした。
壊れるまで使えば節約と思っていたのに、9万3,800円の見積が先に来たのは、運ではなく、私の知らなかったことでした
自分の弁護をするわけではないですが、
念のために書かせてください。
私は、ちゃんと備えていたんです。
保証書は、全部、
引き出しにしまってありました。
冷蔵庫も、春に、
きちんと買い替えたばかりでした。
無駄に買わず、壊れるまで使う。
そのかわり、買うときは、
ためらわずに買う。
それが、いい節約だと、
ずっと思っていました。
それでも、崩れたんです。
なぜなら、見積が、
私の思っていた順番と、
まるで違ったから。
見積は、9万3,800円でした。
そのうち4,000円は、
設置とリサイクルの費用です。
しかも、納品の日は、
次の年金が振り込まれる日よりも、
先に来ます。
払う日のほうが、お金の入る日より、
先なんです。
だってそうでしょう?
冷蔵庫は春。テレビは秋。
一つずつ、年をまたいで来てくれれば、
まだ考えようもありました。
それが、同じ年のうちに、
立て続けに来たんです。
清掃は週2日。働いた日の分だけが、
私のパート代です。
9万3,800円は、
その週のぶんでは、届きません。
もちろん、
春に冷蔵庫を新しくできたのは、
嬉しいことでした。
朝ドラを見ながら、お茶を飲めるのも、
本来なら、ありがたい日々のはずです。
本来なら、、本来なら、ですよ。
壊れたものを、きちんと買い替える。
それは、暮らしの基本です。それも、
頭ではちゃんと理解しています。
本来なら、、本来なら、ですよ。
でも、私の中では、もう、
それが辛い出来事になってしまっていました。
少なくとも、見積の用紙を前に、
笑って「じゃあ、お願いします」
とは言えませんでした。
口では、「しょうがないわね」なんて、
言っていたかもしれません。顔は、
笑っていたかもしれません。
でも、心の中では泣いていました。
しょうがないわね、と言いながら、
腹が立っていました。
「なんでアンタたちに。」って、
冷蔵庫にも、テレビにも、
見積の用紙にも思っていました。
春と秋で、
こんなにお金を持っていかれるのは、
どうして、と。
でも、同時に。
「ごめんね。ごめんね。
毎朝見せてくれたのに。
壊れるまで使ったのは、私なのに。
許してね。」って、
真っ黒な画面を見ながら泣いていました。
なぜだか、わかりますか?
理由はシンプルに、払う日のほうが、
お金の入る日よりも先に来るからです。
備えていなかったわけじゃない。
でも、出ていく日が、
私の予定よりずっと早かったんです。
たったこれだけ。
これで私は、
長年お世話になったテレビに、
冷たい目を向ける人になりました。
待っても、安いのを選んでも、中古にしても、画面は黒いままで、9万3,800円の見積は手元に残っていました
最初に、自分に言いました。
「待ちなさいよ。」
次の年金の日まで、待てばいい。
そう言ってから、納品の日と、
年金が振り込まれる日を、
カレンダーで並べました。
待っても、次の振込は、
納品の日よりあとです。
9万3,800円は、
まだ払っていません。
画面も、まだ戻っていません。
次に、自分に言いました。
「安いのを選びなさいよ。」
もっと安いものを探せばいい。
そう言ってから、
見積の用紙を見ました。
用紙には、
有効期限が印字されています。
安いものを探しているあいだにも、
その期限は、用紙の隅で、
減っていきます。
最後に、自分に言いました。
「中古にしなさいよ。」
中古なら、いくらか安く済む。
そう言って、引き出しから、
保証書を出してみました。
保証書があっても、
次が来ないことには、なりません。
春に冷蔵庫、秋にテレビ。
中古にしても、その順番は、
変わりませんでした。
待ちなさい。安いのを選びなさい。
中古にしなさい。
自分に言えることは、
全部言ってみました。
どれを言っても、
見積は9万3,800円のまま、
画面は黒いままでした。
少しだけ、ご自分に当てはめてみてください
・朝ドラの途中でテレビの画面が真っ黒になって、
リモコンを何度押しても戻らず、
9万3,800円の見積をもらいました。
・見積の納品の日は、
次の年金が振り込まれる日よりも先に来るので、
払うお金がまだ口座に入っていません。
・春に冷蔵庫を買い替えたばかりなのに、
同じ年の秋に、
今度はテレビの見積が来て、
4,000円の設置とリサイクル代もついていました。
もし、ひとつでも重なったなら。
次の話は、読んでおいてください。
「入ってくるお金 < 当初よりも減る速度が速いお金」
この構図ができてしまったとき、私は、
あまりにも無力でした。
入ってくるのは、次の年金と、
週2日のパート代。
出ていくのは、
見積の9万3,800円と、
春の冷蔵庫のあとの秋のテレビ。
この構図は、本当に重かったです。
あなたは、
思っていたより早く来る見積の用紙を、
見つめたことがありますか?
春に冷蔵庫を買い替えたときは、
これでしばらく安心だと、
気持ちがウキウキでした。
そのときの自分が、今思うと、
ただの無知なバカに見えて仕方がありません。
なんでなんだよ。あの時、
なんてバカだったんだ。
もう、恥ずかしくて、情けなくて、
どうしようもありませんでした。
そんなときに、きっかけがありました。
それが、見積を閉じたあとに開いた、
検索の画面でした。
「テレビ 買い替え」「家電 安い」
と打ちました。
出てきたのは、顔を出してやる話や、
毎日比べる話ばかりです。
うさんくさくて、どれを見ても、
黒い画面の日数を、
年金の日までは消してくれる気がしません。
押して、閉じて、やめかけました。
だって、副業なんて、
若い人のものだし、大変そうだし、
66歳の、清掃パートの私には、
向いていないと思ったからです。
今さら、新しいことを始めるなんて、
これまでの自分の否定にも感じました。
壊れるまで使って、
無駄遣いをしないで暮らしてきた、
私の長い年月の否定にも。
…でも、
この黒い画面を、
次の年金の日まで見ているだけなのか。
9万3,800円の見積は、まだ払っていません。
壊れるまで使ってきた。保証書も、
きちんとしまってきた。
その全部の努力に、
「9万3,800円」と、
採点が付きました。
なんだったんだ。私の節約は。
なんだったんだ。
「壊れるまで使えば節約」
という教えは。
そう考えたら、腹が立ちました。
申し訳ないですが、
テレビにも腹が立ちました。
冷蔵庫の次に、順番に来るなんて、と。
見積の用紙にも。
だってそうでしょう?
私だって66歳で、
ただ朝ドラを見たかっただけなのに、
黒い画面の横にあったのは、
9万3,800円の見積です。
設置とリサイクルの4,000円も、その中です。
私は、何を間違えたんだろう。
私は、こんな目に遭うために、
倹約してきたんじゃない。
このまま次の年金の日まで、
黒い画面を見ているだけ。
それは、
自分の自滅を待つことと同じです。
そう思ったら、私は、
待っていられませんでした。
私は、
もう我慢だけで暮らすのはやめる。
私は、私のために生きる。
だって、私の人生なんだし。
なんか間違ってますか?
私は、66年間、
自分のためにお金を増やすことを、
考えて生きていませんでした。
それを、認めることにしました。
自分のために、先の出費に、
備えていなかった。
自分のために、
パート代のほかの入り口を、
探したことがなかった。
そして、「壊れるまで使えば節約」
を全部なくした今。
9万3,800円の見積が、
黒い画面の横に残った今。
私は、再スタートを切る。
他でもない、私自身のために。
そう決めました。
9万3,800円の見積を、次の年金まで放置するのをやめて、私は副業を調べ始めました
おかしな話だと思われるでしょう。
副業なんて、
自分には一生関係のないことだと、
思っていたのですから。
私は、副業を、
胡散臭いなとずっと敬遠していました。
若い人がするものだと思っていました。
私は、このまま倹約で、
逃げ切るんだと思っていました。
私は、堅実な人間だと思っていました。
でも、その気持ちを、全部捨てました。
なぜなら、私には、
お金がなかったから。
次の見積が来ても、
笑って「お願いします」
と言えるように。
自分の暮らしを守るために。
自分の心を守るために。
情けないですが、
壊れるまで使うことしか、
知らなかったアホなおばさんでした。
お金は大事と、わかっていたくせに、増やすことから目をそらしていました
いちばん、
自分を殺したいと思うくらい反省したのは、
お金を「増やす」
ことから逃げていたことです。
〇:お金を貯金する
〇:慎ましい生活をする
〇:先を見据えてお金を残す
これらが、
賢い生き方だと思っていました。
でも、今だからわかります。
これは、
飼い殺しにされる生き方でした。
これは、
この文章を読んでいるほとんどの人に、
当てはまることのはずです。
なぜなら、私は、
壊れるまで使うという形で、
ずっと倹約してきたつもりだからです。
それでも、春の冷蔵庫と、
秋のテレビという、
自分ひとりではコントロールできない順番によって、
「入ってくるお金 < 当初よりも減る速度が速いお金」
この状態が作られてしまったら…
倹約してきた暮らしは、
黒い画面と、9万3,800円の見積の前で、崩れました。
本当に、アホなおばさんです。
昔の自分を、呪って呪って、呪って。
情けなくて悔しくて、何度、
見積の用紙を見て泣いたかわかりません。
もっと早く、
お金を増やすことを考えていたらよかった。
倹約する。この言葉を、
見直すべきでした。
そんなことを、
ずっとずっとずっと考えていました。
なぜなら、
もう66歳のおばさんだからです。
しかも、お金を増やす知識なんて、
ありません。
今さらスタートするの?
若い人相手に?
そう考えたら、本当に怖かったのです。
それでも、私は、進む方を選びました。
正直、あなたが何歳でも、
もしここまで読んでいるなら、
「進め」と言いたいです。
なぜなら、
あなたの人生で一番若い瞬間は、
いまだから。
そして、あなたの暮らしを支えるのは、
国でも、自治体でもなく、
家族でも、まわりの人でもなく、
「あなた自身」しかいないから。
これを見つめることから、
私は逃げていました。
その事実を、
受け入れることにしました。
物販、当然無理です。
むしろ、何を売ったらいいのか。そんなことすら想像がつきませんでした。
転売、当然無理です。
まず在庫を抱えるお金もないし、在庫を置くスペースもありません。
アフィリエイト、当然無理です。
まずSNSやブログで、記事を大量に用意したり投稿を大量に用意する時点で無理です。
SNSの運用代行なども当然無理です。
そもそも最新のSNSの動向を追い続けないといけない時点で無理でした。
FXやトレード、当然無理です。
グラフの上がり下がりとかを読む、ローソク足がとか、そんなことの全てに吐き気を感じました。
YouTubeがいいだとか、TikTokがいいだとか、
そんな話も大量に聞きました。
当然無理です。そもそも、これらは若い人との勝負な訳で、私にはできる気がしませんでした。
そして、最新のAIも無理でした。
AIって聞いたら楽な話に聞こえるじゃないですか。
でも、すでにAIが楽な時代は終わっていて、ClaudeコードだのCodexだの、よくわからない構造体がたくさんあって、
これを管理できる頭が必要で、かつ、API(使った分だけ、お金がかかる)仕組みの中での話でした。
知識もないのに、いきなり使った分だけお金がかかる。。これって怖くないですか?
その辺の若造から、何度も『使った分だけしかお金がかからないから大丈夫ですよ。』なんて言われたのですが、
実際、私の知人はその話を鵜呑みにした結果、10万以上の請求をされていました。
AI、怖い。
またしても、、、
またしても、光を奪われるのか。
せっかく「人生で初めて、私の人生を生きるんだ。」と決められたのに。
決心は、年齢によって潰されるのか。。。
そうがっかりしていました。
そんな中で、たった1人だけ
〇:競争なんてしなくていい
〇:顔出しもしなくていい
〇:在庫も抱えなくていい
〇:隙間時間でコツコツしたらいい
〇:才能も知識もいらない
〇:老若男女とわない
というスタイルで、運営している人を見つけました。
最初は、あまりにもウマイ話に見えてしまって、正直私は毛嫌いしていました。もっとも遠ざけていた人といっても過言ではないです。
ただ、先ほども書いたとおり、
巷の副業は、全て無理でした。
物販も転売も、
アフィリエイトも、
SNSの運用代行も、
FXやトレードも、
YouTubeもTikTokも、
全部「無理」です。
私にそんな能力なんてありません。
新しい能力を身につけず、お金を稼ぐ必要がありました。
これが、私がその人から学ぶことを決意した理由です。
あなたはどうでしょう。
・新しいことを学べますか?
・新しいAIを使って、最先端のことで、若い世代と戦えますか?
・トレードなどの複雑なグラフを見れますか?
・転売ヤーと揶揄されながら、仕入れ活動に奔走できますか?
もし、これらが無理なら、あなたは私と同じです。
競わず・新しい能力をつけず・過去の積み上げたもので、なんとか食っていく必要がある。
そんな立場の人です。
その立場の人にとって、私が学んだ人は最適です。
なぜなら、こんなことを言っていたからです。
(1)努力は1度でいい
(2)元手不要、在庫抱えなくていい
(3)才能不要、実績不要、年齢も問わない
と。
さらにこんな事も言ってました。
毎日の労働は、川(会社)に、カバンというバケツを持って水を汲みにいく作業だ。と。
でも、バケツだからこそ手を止めたら終わりだし、バケツを取り上げられたら終わりである。
これがクビという現象であり、毎日の出社が必然とされているわけだが、
もし、ここで水路を作れたらどうだろう。
水路を作ったら、水道を作ったら、蛇口を撚れば水が出る。そんな構造が完成する。
もし、あなたがバケツ・一生労働型でいいならそれもいい。
ただ、水道を作ったら、水路を作ったら、あなたは一生の苦悩から解放される。と。
さて。ここであなたに問います。
今、あなたは、どんな気持ちでこの文章を読んでいるでしょう。
少なくない人が、心にガードをして読んでいるはずです。
昔の私も同じでした。
ただ、自分が同じだったからこそ、あえて言わせてください。
「あなたは、バカですか?」と。
なぜなら、私は、飼い殺しにされてきた自分の人生を後悔しているからです。
私は、挑戦をしないことを堅実だと思っていました、
息を潜めて、手のひらに乗る幸せを、必死に握りしめて、
1粒たりとも、幸せの砂をこぼさない生き方をすること。
これが、いい大人になることだと思っていました。
これが、賢く生きるってことだと思っていました。
でも、私は、そんな「賢く生きる」というイメージに、人生を潰されかけかけました。
というか、潰されました。
今だから思います。
「お金が大事だとわかってるくせにお金に直視するのを避けてる自分」を殺してよかったと。
なぜなら、働いている段じゃないからです。
66歳で、清掃のパートを、週2日しています。
見積は9万3,800円。週2日のパート代では、その週のぶんでは届きません。
画面に向かって「お願いだから、今は壊れないで」と言っていました。見積の9万3,800円は、手元に残ったままです。
となった時、私は「時間を使わず、お金を得る」ことを絶対に習得すべきでした。
ってことを書いているのに、
「心をガードして、斜に構えている」とするなら。
それは、ね。
バカですよ。
理由?理由はあります。ちゃんとあります。
日本海溝より深い理由があります。
なぜなら、人生は短いからです。
考えてみてください。
あなたの大切な人との時間、刻一刻と減っています。
あなたの人生も、毎日終わりに向かって進んでいます。
本当に、大事にすべきことは、ここでは?
お金が全てではない。
そんなこと当然知っています。
でも、だから稼ぐんですよ。
なぜなら、お金がないことで、
「残りあとわずかな、あなたと・大事な人との人生」を潰すからです。
棒に振るってしまうからです。
お金がないから、治療費を削ります。
お金がないから、介護代を削ります。
お金がないから、施設に入れて上げられないです。
・・・ね。
お金が全てではない。って言ってるあなた。
あなたは、その言葉の裏で「大事な人へのベストな選択肢」を捨ててるんです。
これって、悲しくない?
そう考えた時、私は、人生を変えたい。
こんな人生リセットしたい。
そう強く思いました。
ちなみに、私が学ぶことを決意した人のメールはこれです。
毎月、リアルでの作業会もしていらっしゃいます。
ネットの虚像・虚構ではなく、生身で会える・嘘偽りのない人です。
きっかけをくれた人のメールを、
同じように読むことができます。
この文章を書いた理由
いま私は、自分の苦しかった過去を踏まえて、もう2度と昔の私のような人を出さないための活動をしています。
私は、過去の私を強く恥じています。
後悔しています。
「もう、どれだけ出させるのよ」と思ったとき、見積の9万3,800円を先に数えていたことを、恥じています。
見積は9万3,800円のままです。画面は、黒いままです。
「しょうがないわね」と言ったあとも、9万3,800円は手元に残っています。
だから、見積をしまったままにしないで、自分に言える人でいたい。そう思っています。
この、当たり前のことを当たり前にできない社会です。
だったらせめて、私が手を伸ばせる人には伸ばしたい。
自分が辛かったからこそ、これをちゃんと叫びたい。そう思っています。
ほとんどの場合、あなたは昔の私と同じように
「バケツ型」の人生のはずです。
一度でいいから、本気で「もし、水路的な」お金が入ったら。と心の底から強く思ってみてください。
もし、雇われず・国に、会社に、他人に頼らず、
3万でも、5万でも10万でも入っていたら。と。
決して、私は大金持ちになりたいとは思わないです。
でも、、、
もし、朝起きたら、10万、20万とか入っていたら。と。
もし、そんな奇跡が毎月、毎日、続いたら・・と。
こっちの人生は、心の底から欲しいと思います。
なぜなら、そんな毎日が続いたら、
大切な人との時間を、
大切な人の「もしも」を、
この手で、大事にすることができるからです。
頑張って就職をして、子育てをして、ようやく自由が。
そんな時に、また新たなお世話問題が。
そんなことでまた人生を費やす。こんなバカなことがあっていいのでしょうか。
バカなことって書いたら言葉が悪いですが、でも、そうでしょう?
だって私たちの人生は、私たちのものなんだから。
私たちは、家族の世話のために生まれたんじゃなくて、私たちの人生を生きるために生まれてきてるんです。
これも、きっかけをくれた人の受け売りなんですけどね。笑
でも、そうだと思うんです。
私たちの人生を、私たちの手に取り戻す。
この当たり前の幸せを手放さないために。
その気持ちで、きっかけをくれた人との運営に力を注いでいます。
この文章が、少しでも多くの人の希望になったら嬉しいです。
佳子
もう一度だけ。
きっかけをくれた人のメールは、
こちらから読めます。