これは、私のみっともない告白です。
畑のレシートを1年分、
輪ゴムで束ねて足しました。
4万2,000円でした。
パートの手取りで割ったら、
何日分かを超えていました。
テーブルの端には、
市民農園の更新案内。
使用料は年8,000円です。
そのとき、私の頭の中で、
私が私に言ったんです。
「やめなさい。もう買うな。
スーパーへ行きなさい。」
苗にも、種にも、支柱にも、クワにも、
その言い方でした。
あんなに楽しませてもらった畑に、です。
でも、何よりもショックだったのは、
好きな畑のすぐ隣で、
「やめなさい」と言う自分がいたことでした。
こんにちは、澄子です。
ここまで読んでくださって、
ありがとうございます。
このブログに書いていることは、
私に実際にあったことです。
そして、
まわりの仲間にも起きたことです。
63歳です。
工場の検品を、週4日しています。
苗と種、肥料と土、支柱とクワ、区画料。
1年分のレシートが、
いまもうちのテーブルの上にあります。
好きな畑のレシートを足して、
自分に「やめなさい」と
言ったことはありますか?
好きなことのすぐ隣で、
いくらかかったかを数えて、
自分に「やめなさい」と言ってしまう。
そんな自分と、です。
こんなことを書いたら、
不謹慎かもしれません。
畑にお金をかけられるなんて、
いい身分だと思われても、
返す言葉はありません。
でも、
実際に自分の身に起きたからこそ、
あえて言わせてください。
まだ先かもしれない。まだ先だろう。
安くなるのは、もっとあと。
今年の束の話じゃない。
そんなふうに、思っていませんか?
もし、そう思っているなら。
あなたの未来は、
もしかしたら予想よりも暗いものかもしれません。
なぜなら、この世界は、
私たちが無防備なままリスクに直面するようにできているからです。
少なくとも私は、
自分の浅はかさを呪いました。
だって、考えてみてください。
畑で作れば安い。とれた野菜が、
使ったお金を消してくれる。区画料は、
去年の話で終わり。
そんな世間の正解が、
まわりに広がっていませんか?
これでなんとかなる。畑は、
お金のかからない楽しみだ。
私は、そう思っていました。
信じていたのは、次の三つです。
・畑で作れば、安い。
・とれた野菜が、
レシートを消してくれる。
・区画料は、去年で終わり。
でも、考えてみてください。
この三つが、
もし崩れてしまったら…と。
私の身に起きたのは、
まさにそれでした。
安いはずの畑が手取りの日数を超えていたのは、運ではなく、数えていなかった私の無知でした
自分の弁護をするわけではないですが、
念のために書かせてください。
私は、ちゃんとしていました。
苗も、種も、肥料も、土も、支柱も、
クワも、区画料も。
レシートを1枚も捨てずに、1年分、
取っておきました。
輪ゴムで束ねるところまで、
きちんとやっていたんです。
数えることは、
検品の仕事で毎日しています。
それなのに、自分の畑のお金だけは、
足して初めて4万2,000円だと知りました。
それでも、崩れたんです。
なぜなら、お金の出ていき方が、
私の思っていたものと違ったから。
畑のお金は、
野菜が少しずつ取り返してくれる。
区画料は、もう払い終わった。
そうやって、出ていくお金を、
一つずつ別々に思い浮かべていました。
だってそうでしょう?
収穫は目に見えます。
出ていったほうは、
束の中に隠れています。
それが現実には、
1年分が一度にテーブルに乗りました。
4万2,000円。
月にすれば3,500円ですが、
これはただの計算で、
戻ってきた額ではありません。
そこへ、
年8,000円の更新案内まで追いかけてきました。
検品は週4日。働いた日の分だけが、
私の手取りです。
その日数のほうが、
4万2,000円に追いつきませんでした。
もちろん、畑は好きです。
苗を選ぶのも、芽が出るのを見るのも、
野菜が食卓に並ぶのも、本来なら、
嬉しいことのはずです。
本来なら、、本来なら、ですよ。
好きなことにお金を使うのは悪いことじゃない。
それも、
頭ではちゃんと理解しています。
本来なら、、本来なら、ですよ。
でも、私の中では、
もう畑が辛いものになってしまっていました。
少なくとも、輪ゴムの束の前で、
笑っていられませんでした。
口では「安いもんよ」
なんて言っていたかもしれません。
顔は、笑っていたかもしれません。
でも、心の中では泣いていました。
安いもんよ、と言いながら、
腹が立っていました。
「なんでアンタたちに。」って、
苗にも、支柱にも、
野菜にも思っていました。
こんなにかかるのは、どうして、と。
でも、同時に。
「ごめんね。ごめんね。
こんな目で見る私で。許してね。」
って、束を持ったまま泣いていました。
なぜだか、わかりますか?
理由は、畑のレシート1年分が4万2,000円で、
週4日のパートの手取りで割ると、
働いた日数を超えていたからです。
畑にお金をかけないようにしていなかったわけじゃない。
安く済む、と思って、
一つずつ買っていたんです。
でも、出ていった日数が、
思っていたよりずっと先に積み上がっていました。
たったこれだけ。
これで私は、好きな畑を、
数える人になりました。
やめても、買うのをやめても、スーパーへ行っても、4万2,000円は束のままでした
最初に、自分に言いました。
「やめなさい。」
畑をやめればいい。
そう言ってから、もう一度、
束を見ました。
畑をやめても、
輪ゴムの束は4万2,000円のままです。
もう払ったお金で、
1円も戻っていません。
次に、自分に言いました。
「もう買うな。」
苗も肥料も、
これから買わなければいい。
そう言ってから、
レシートを1枚ずつめくりました。
とれた野菜の値段は、
束のどこにもありません。
野菜がこのお金を消してくれた、
という紙は、1枚もないんです。
出ていったほうだけが、
日数になって残りました。
最後に、自分に言いました。
「スーパーへ行きなさい。」
スーパーで買えば済む話。
そう言ってから、更新案内を見ました。
畑へ行かなくなっても、
使用料は年8,000円と、
はがきに印刷されたままです。
束の横に、そのはがきが重なりました。
やめなさい。買うな。スーパーへ行け。
自分に言えることは、
全部言ってみました。
どれを言っても、
テーブルの上の4万2,000円は、
同じ場所にありました。
少しだけ、ご自分に当てはめてみてください
・畑のレシートを1年分足したら4万2,000円になって、
パートの手取りで割ったら何日分かを超えていました。
・束の横に、
市民農園の更新案内があって、
使用料が年8,000円と印刷されていました。
・とれた野菜の値段は、
レシートの束のどこにも書かれていなくて、
出ていった分だけが日数になって見えていました。
もし、ひとつでも重なったなら。
次の話は、読んでおいてください。
「入ってくるお金 < 当初よりも減る速度が速いお金」
この構図ができてしまったとき、私は、
あまりにも無力でした。
パートの手取りは、働いた日の分だけ。
畑のレシートは、
1年分が一度に束になる。
この構図は、本当に重かったです。
あなたは、
思っていたより早く積み上がるレシートの束を、
足したことがありますか?
苗を選んでいたときは、
安く済む気でいて、
すごくウキウキでした。
そのときの私が、今思うと、
ただの無知なバカに見えて仕方がありません。
なんでなんだよ。あの時、
なんてバカだったんだ。
もう本当に恥ずかしくて、情けなくて。
そんな時、私に転機が訪れました。
それが、束を足したあとに開いた、
検索の画面でした。
「市民農園 費用」「家庭菜園 節約」
と打ちました。
出てきたのは、顔を出してやる話や、
毎日更新する話ばかりです。
うさんくさくて、どれを見ても、
束の4万2,000円を消してくれる気がしません。
数えて、閉じて、やめかけました。
だって、副業なんて、
若い人のものだし、大変そうだし、
63歳で、
検品パートの私に向いているとは思えなかったからです。
そんなことを、今さら始めるなんて、
これまでの自分の否定にも感じました。
安く済ませようと、
レシートまで取っておいた、
私の1年の否定にも。
…でも、
この束を、また輪ゴムに戻して、
テーブルの端に置くのか。
4万2,000円は、1円も戻っていません。
出ていくお金を減らしたくて、
野菜を作った。
レシートも取っておいた。
その全部の努力に、
「日数を超えています」と、
採点が付きました。
なんだったんだ。私の1年は。
なんだったんだ。「畑で作れば安い」
という教えは。
そう考えたら、腹が立ちました。
申し訳ないですが、
畑にも腹が立ちました。
苗にも、支柱にも、「年8,000円」
と書いて寄こしてきた更新案内にも。
だってそうでしょう?
私だって63歳で、
ただ楽しく土をいじりたかっただけなのに、
束は4万2,000円のままです。
働いた日数では、もう追いついていませんでした。
私は、何を間違えたんだろう。
私は、こんな目に遭うために、
畑を始めたんじゃない。
このまま束を、
見て見ぬふりで輪ゴムに戻して、
またテーブルの端に置く。
それは、
自分の自滅を待つことと同じです。
そう思ったら、私は、
待っていられませんでした。
私は、
もう我慢だけで暮らすのはやめる。
私は、私のために生きる。
だって、私の人生なんだし。
なんか間違ってますか?
私は、63年間、
自分のためのお金の流れを、
ちゃんと数えて生きていませんでした。
それを、認めることにしました。
自分のために、
先のことを考えていなかった。
自分のために、お金を増やすなんて、
思いつきもしなかった。
そして、「畑で作れば安い」
を全部なくした今。
4万2,000円の束が、
テーブルに残った今。
私は、再スタートを切る。
他でもない、私自身のために。
そう決めました。
4万2,000円の束を見て見ぬふりするのをやめて、私は副業を調べ始めました
笑っちゃいますよね。
私は、
絶対に副業なんて手を出さない人間だと思っていたのに。
私は、副業を、
胡散臭いなとずっと敬遠していました。
若い人がするものだと思っていました。
私は、
このままパートと貯金で逃げ切るんだと思っていました。
私は、堅実な人間だと思っていました。
でも、その気持ちを、全部捨てました。
なぜなら、私には、
お金がなかったから。
出ていく日数に怯えずに、
好きな畑を好きなままにしておくために。
自分の心を守るために。
情けないですが、
レシートを取っておくだけで、
足しも割りもしなかった、
アホなおばさんでした。
お金は大事と、わかっていたくせに、増やすことから目をそらしていました
いちばん、
自分を殺したいと思うくらい反省したのは、
お金を「増やす」
ことから逃げていたことです。
〇:お金を貯金する
〇:慎ましい生活をする
〇:先を見据えてお金を残す
これらが、
賢い生き方だと思っていました。
でも、今だからわかります。
これは、
飼い殺しにされる生き方でした。
これは、
この文章を読んでいるほとんどの人に、
当てはまることのはずです。
なぜなら、私は、安く済ませるために、
ずっと気をつけていたからです。
それでも、更新案内の8,000円と、
束の4万2,000円によって、
自分でコントロールできない出費と、
思い込みのズレによって、
「入ってくるお金 < 当初よりも減る速度が速いお金」
この状態が作られてしまったら…
安く済む、と信じていた計算は、
4万2,000円の束と、
年8,000円の更新案内の前で、崩れました。
本当に、アホなおばさんです。
昔の自分を、呪って呪って、呪って。
悔しくて悔しくて、何度、
束を見て泣いたかわかりません。
もっと早く、
お金を増やすことを考えていたらよかった。
賢く暮らす。この言葉を、
見直すべきでした。
そんなことを、
ずっとずっとずっと考えていました。
なぜなら、
もう63歳のおばさんだからです。
しかも、お金を増やす知識なんて、
ありません。
今さらスタートするの?
若い人相手に?
そう考えたら、本当に怖かったです。
でも、私は、進む方を選びました。
正直、あなたが何歳でも、
もしここまで読んでいるなら、
「進め」と言いたいです。
なぜなら、
あなたの人生で一番若い瞬間は、
いまだから。
そして、あなたの暮らしを支えるのは、
国でも、自治体でもなく、
家族でも、まわりの人でもなく、
「あなた自身」しかいないから。
これを見つめることから、
私は逃げていました。
その事実を、
受け入れることにしました。
物販、当然無理です。
むしろ、何を売ったらいいのか。そんなことすら想像がつきませんでした。
転売、当然無理です。
まず在庫を抱えるお金もないし、在庫を置くスペースもありません。
アフィリエイト、当然無理です。
まずSNSやブログで、記事を大量に用意したり投稿を大量に用意する時点で無理です。
SNSの運用代行なども当然無理です。
そもそも最新のSNSの動向を追い続けないといけない時点で無理でした。
FXやトレード、当然無理です。
グラフの上がり下がりとかを読む、ローソク足がとか、そんなことの全てに吐き気を感じました。
YouTubeがいいだとか、TikTokがいいだとか、
そんな話も大量に聞きました。
当然無理です。そもそも、これらは若い人との勝負な訳で、私にはできる気がしませんでした。
そして、最新のAIも無理でした。
AIって聞いたら楽な話に聞こえるじゃないですか。
でも、すでにAIが楽な時代は終わっていて、ClaudeコードだのCodexだの、よくわからない構造体がたくさんあって、
これを管理できる頭が必要で、かつ、API(使った分だけ、お金がかかる)仕組みの中での話でした。
知識もないのに、いきなり使った分だけお金がかかる。。これって怖くないですか?
その辺の若造から、何度も『使った分だけしかお金がかからないから大丈夫ですよ。』なんて言われたのですが、
実際、私の知人はその話を鵜呑みにした結果、10万以上の請求をされていました。
AI、怖い。
またしても、、、
またしても、光を奪われるのか。
せっかく「人生で初めて、私の人生を生きるんだ。」と決められたのに。
決心は、年齢によって潰されるのか。。。
そうがっかりしていました。
そんな中で、たった1人だけ
〇:競争なんてしなくていい
〇:顔出しもしなくていい
〇:在庫も抱えなくていい
〇:隙間時間でコツコツしたらいい
〇:才能も知識もいらない
〇:老若男女とわない
というスタイルで、運営している人を見つけました。
最初は、あまりにもウマイ話に見えてしまって、正直私は毛嫌いしていました。もっとも遠ざけていた人といっても過言ではないです。
ただ、先ほども書いたとおり、
巷の副業は、全て無理でした。
物販も転売も、
アフィリエイトも、
SNSの運用代行も、
FXやトレードも、
YouTubeもTikTokも、
全部「無理」です。
私にそんな能力なんてありません。
新しい能力を身につけず、お金を稼ぐ必要がありました。
これが、私がその人から学ぶことを決意した理由です。
あなたはどうでしょう。
・新しいことを学べますか?
・新しいAIを使って、最先端のことで、若い世代と戦えますか?
・トレードなどの複雑なグラフを見れますか?
・転売ヤーと揶揄されながら、仕入れ活動に奔走できますか?
もし、これらが無理なら、あなたは私と同じです。
競わず・新しい能力をつけず・過去の積み上げたもので、なんとか食っていく必要がある。
そんな立場の人です。
その立場の人にとって、私が学んだ人は最適です。
なぜなら、こんなことを言っていたからです。
(1)努力は1度でいい
(2)元手不要、在庫抱えなくていい
(3)才能不要、実績不要、年齢も問わない
と。
さらにこんな事も言ってました。
毎日の労働は、川(会社)に、カバンというバケツを持って水を汲みにいく作業だ。と。
でも、バケツだからこそ手を止めたら終わりだし、バケツを取り上げられたら終わりである。
これがクビという現象であり、毎日の出社が必然とされているわけだが、
もし、ここで水路を作れたらどうだろう。
水路を作ったら、水道を作ったら、蛇口を撚れば水が出る。そんな構造が完成する。
もし、あなたがバケツ・一生労働型でいいならそれもいい。
ただ、水道を作ったら、水路を作ったら、あなたは一生の苦悩から解放される。と。
さて。ここであなたに問います。
今、あなたは、どんな気持ちでこの文章を読んでいるでしょう。
少なくない人が、心にガードをして読んでいるはずです。
昔の私も同じでした。
ただ、自分が同じだったからこそ、あえて言わせてください。
「あなたは、バカですか?」と。
なぜなら、私は、飼い殺しにされてきた自分の人生を後悔しているからです。
私は、挑戦をしないことを堅実だと思っていました、
息を潜めて、手のひらに乗る幸せを、必死に握りしめて、
1粒たりとも、幸せの砂をこぼさない生き方をすること。
これが、いい大人になることだと思っていました。
これが、賢く生きるってことだと思っていました。
でも、私は、そんな「賢く生きる」というイメージに、人生を潰されかけかけました。
というか、潰されました。
今だから思います。
「お金が大事だとわかってるくせにお金に直視するのを避けてる自分」を殺してよかったと。
なぜなら、働いている段じゃないからです。
63歳で、工場の検品を、週4日しています。
畑のレシートを1年分足すと、4万2,000円。月にすれば3,500円です。使用料の更新案内は、年8,000円です。
自分に「やめなさい。もう買うな」と言っていました。4万2,000円は、1円も戻っていません。
となった時、私は「時間を使わず、お金を得る」ことを絶対に習得すべきでした。
ってことを書いているのに、
「心をガードして、斜に構えている」とするなら。
それは、ね。
バカですよ。
理由?理由はあります。ちゃんとあります。
日本海溝より深い理由があります。
なぜなら、人生は短いからです。
考えてみてください。
あなたの大切な人との時間、刻一刻と減っています。
あなたの人生も、毎日終わりに向かって進んでいます。
本当に、大事にすべきことは、ここでは?
お金が全てではない。
そんなこと当然知っています。
でも、だから稼ぐんですよ。
なぜなら、お金がないことで、
「残りあとわずかな、あなたと・大事な人との人生」を潰すからです。
棒に振るってしまうからです。
お金がないから、治療費を削ります。
お金がないから、介護代を削ります。
お金がないから、施設に入れて上げられないです。
・・・ね。
お金が全てではない。って言ってるあなた。
あなたは、その言葉の裏で「大事な人へのベストな選択肢」を捨ててるんです。
これって、悲しくない?
そう考えた時、私は、人生を変えたい。
こんな人生リセットしたい。
そう強く思いました。
ちなみに、私が学ぶことを決意した人のメールはこれです。
毎月、リアルでの作業会もしていらっしゃいます。
ネットの虚像・虚構ではなく、生身で会える・嘘偽りのない人です。
きっかけをくれた人のメールを、
同じように読むことができます。
この文章を書いた理由
いま私は、自分の苦しかった過去を踏まえて、もう2度と昔の私のような人を出さないための活動をしています。
私は、過去の私を強く恥じています。
後悔しています。
自分に「やめなさい」と言ったとき、畑のレシートを束のまま見ていたことを、恥じています。
1年分は4万2,000円。使用料は年8,000円。4万2,000円は、束のままです。
「安いもんよ」と言ったあとも、1円も戻っていません。
だから、輪ゴムの束をしまったままにしないで、自分に言える人でいたい。そう思っています。
この、当たり前のことを当たり前にできない社会です。
だったらせめて、私が手を伸ばせる人には伸ばしたい。
自分が辛かったからこそ、これをちゃんと叫びたい。そう思っています。
ほとんどの場合、あなたは昔の私と同じように
「バケツ型」の人生のはずです。
一度でいいから、本気で「もし、水路的な」お金が入ったら。と心の底から強く思ってみてください。
もし、雇われず・国に、会社に、他人に頼らず、
3万でも、5万でも10万でも入っていたら。と。
決して、私は大金持ちになりたいとは思わないです。
でも、、、
もし、朝起きたら、10万、20万とか入っていたら。と。
もし、そんな奇跡が毎月、毎日、続いたら・・と。
こっちの人生は、心の底から欲しいと思います。
なぜなら、そんな毎日が続いたら、
大切な人との時間を、
大切な人の「もしも」を、
この手で、大事にすることができるからです。
頑張って就職をして、子育てをして、ようやく自由が。
そんな時に、また新たなお世話問題が。
そんなことでまた人生を費やす。こんなバカなことがあっていいのでしょうか。
バカなことって書いたら言葉が悪いですが、でも、そうでしょう?
だって私たちの人生は、私たちのものなんだから。
私たちは、家族の世話のために生まれたんじゃなくて、私たちの人生を生きるために生まれてきてるんです。
これも、きっかけをくれた人の受け売りなんですけどね。笑
でも、そうだと思うんです。
私たちの人生を、私たちの手に取り戻す。
この当たり前の幸せを手放さないために。
その気持ちで、きっかけをくれた人との運営に力を注いでいます。
この文章が、少しでも多くの人の希望になったら嬉しいです。
澄子
もう一度だけ。
きっかけをくれた人のメールは、
こちらから読めます。