登美子のブログ「60歳・還暦祝いの宿は2名様で8万4,000円、自分には出せない金額」から来てくださった方へ
祝ってもらった宿の金額を、私は、自分には出せません。

宿 8万4,000円

パート 月7万8,000円

還暦の宿の明細を見て、予約金の期限をパート代の入金日と並べた時、 私は、、、 目の前が真っ暗になりました。

手帳に写した予約金の期限が、
パート代の入金日より、
先に来ていました。
還暦の宿から帰った、翌週のことです。

宿の明細は、2名で8万4,000円。
私の月のパート代より、高い額でした。

60になったら、少しは楽になる。
そう思っていたのに、期限のほうが、
先に来ました。

これは、私の恥ずかしい告白です。

娘は、カードに書いてくれました。
「60からは、自分のためにお金使ってね」。
本当に、ありがたい言葉です。

でも私は、そのカードを読み返して、
苛立ってしまいました。
「使えるお金があったら、とっくに使ってるわよ」と。
声には出していません。
カードを持ったまま、心の中で、
そう言っていました。

おめでとう、と言ってくれた人たちにも、
同じでした。
「ありがとう」と返しながら、
心の中では、「そのおめでとうで、8万4,000円は払えるの?」と思っていました。

お祝いの言葉にも、娘のやさしさにも、
苛立ってしまった。
いちばんショックだったのは、
娘の「自分のためにお金使ってね」に、
腹を立てている自分がいたことでした。
宿の明細は、2名で8万4,000円です。

こんにちは、登美子です。
ここまで読んでくださって、
ありがとうございます。

惣菜売り場で、パートをしています。
週4日で、月に7万8,000円ほどです。

夫は63歳で、再雇用で働いています。

ここまで書いてきたことは、
作り話ではありません。
私に、実際に起きたことです。
同じ手帳の期限を、
いま開いている人も、
きっといると思って書いています。

還暦の宿の明細が2名で8万4,000円で、月7万8,000円ほどのパート代より6,000円高く、今年自分のために使えたのが1万9,000円のことはありますか?

還暦のお祝い。
娘のカード。
自分へのご褒美。

こんなことを書いたら、
不謹慎かもしれません。
でも、実際に私の身に起きたからこそ、
あえて言わせてください。

楽になるのは、もっとあとの話で、この翌週ではないと思っていました

まだ先かもしれない。
まだ先だろう。
そんなふうに、思っていませんか。

私は、思っていました。
楽になるのは、もっとあと。
この翌週ではない、と。

もし、そう思っていたら。
あなたの未来は、もしかしたら、
予想よりも暗いものかもしれません。

なぜなら、この世界は、
私たちが無防備なままリスクに直面するようにできているからです。

少なくとも、私は、
自分の身を呪いました。
自分の浅はかさを呪いました。

だって、考えてみてください。

60歳になれば、子育ても落ち着いて、
少しは楽になる。
これからは、自分のためにお金を使える。
お祝いの旅をして、
気持ちよく60代を始められる。
それが、ふつうの60歳の、
ふつうの考え方ですよね。

これでなんとかなる。
ここから先は、少し楽に、
逃げ切れると、私は思っていました。

信じていたのは、次の三つです。

・60になったら、少しは楽になる。

・自分のためなら、同じ額を出せる。

・祝いの言葉で、期限は延びる。

でも、考えてみてください。
この「予定」がもし崩れてしまったら・・・と。

私の身に起きたことは、
まさにその予定が崩れたことでした。

60になったら少しは楽になる、と思っていた私は、宿の明細の数字を何も知らなかっただけでした

自分の弁護をするわけではないですが、
念のために言わせてください。
私は、ちゃんと準備をしていました。

惣菜売り場のパートは、週4日、
きちんと続けてきました。
今年、自分のためだけに使ったお金は、
美容院とランチとセーターで、
1万9,000円です。
我慢するところは、
ちゃんと我慢していました。

それでも、崩れたんです。

なぜなら、宿の明細が、
私が思っていたより、
ずっと高かったからです。

2名で、8万4,000円。
私の月のパート代は、
7万8,000円ほどです。
1か月分のパートを、
まるごと使っても、
6,000円足りません。

だってそうでしょう?

惣菜売り場は、週4日。
働いた週の分だけが、
月のパート代です。
だから、8万4,000円は、
1か月分のパートでは、届きません。

しかも、予約金の期限は、
パート代の入金日より、先です。
次のパート代を待っても、
明細のほうが、先に印字されています。

夫は63歳で、再雇用です。
売り場の週は、私の週のままです。
誰かが代わりに、
数字を動かしてくれるわけではありません。

還暦を迎えて、宿に泊まって、
お祝いをしてもらって、、、

あなたは、笑っていられますか?

本来なら、、本来なら、ですよ。

「還暦を迎えて、宿に泊まって、お祝いをしてもらって、、、」

これらのことは、
喜ばしいイベントのはずです。

そして、

本来なら、、本来なら、ですよ。

娘がカードに、
「60からは、自分のためにお金使ってね」と書いてくれる。
これも、親にとっては、ありがたくて、
うれしいことのはずです。

でも、私の中では、もうこれらは、
辛い出来事になってしまっていました。

少なくとも、笑って「ありがとう」と言えませんでした。

おめでとう、と言われて、
「ありがとう」と返した私の顔は、
笑っていたかもしれません。
でも、心の中では泣いていました。
腹が立っていました。

「なんでアンタたちに。」って思っていました。
宿の明細に。
予約金の期限に。
「自分のためにお金使ってね」の、
カードの一行に。

「私のパート代、わかってんの?」と思っちゃっていました。

でも、同時に。

「ごめんね。ごめんね。せっかくカードをくれたのに、こんな母親で。」と泣いていました。

なぜだか、わかりますか?

理由はシンプルに、
お金が足りなくなったからです。

お金を貯めてなかったわけじゃない。
パートを続けて、自分用も、
1万9,000円に抑えてきました。

でも、宿の明細が来る速度が、
パート代が入ってくる速度より、
ずっと早かったんです。

たったこれだけ。

これで、私は、
お祝いをしてもらう資格もないような気持ちになりました。

それでも、私なりに、
逃げ道を探しました。

次の宿にまた行く自分を思い浮かべてみましたが、宿の明細は2名で8万4,000円のままでした

次の宿へ、また行けば、
気持ちが晴れるかもしれない。
そう思って、手帳の予約の欄を、
開きました。

でも、次の宿に行っても、
明細に印字されるのは、
8万4,000円のままです。

予約金の期限は、
パート代の入金日より、先のままです。

今年の自分用の1万9,000円をもっと我慢しようと、美容院とランチとセーターの数字を足してみましたが、明細は8万4,000円のままでした

美容院と、ランチと、セーター。
今年、自分のためだけに使ったのは、
全部で1万9,000円です。

これ以上、どこを我慢するのか。
そう思って、手帳の余白に、
数字を足してみました。

でも、我慢しても、宿の明細は、
8万4,000円のままです。
パートは、月7万8,000円ほどのままです。

娘のカードを読み返して、頼る道も考えましたが、「自分のためにお金使ってね」の文字は、予約金の期限を動かしませんでした

娘に頼る、という道も、
一度は考えました。

カードを、もう一度、広げました。
「60からは、自分のためにお金使ってね」と、
書いてあります。

でも、カードを読み返しても、
予約金の支払い日は、そのままです。
しかも、そのカードを読み返したのは、
予約金の期限を見たあとでした。
ありがたい言葉が、
期限のあとに来たんです。

宿の明細は、1か月分のパートより高くて、60になったら楽になると待っていた私を、何も知らないバカだと採点しました

入ってくるお金 < 当初よりも減る速度が速いお金

この構図ができてしまった時、私は、
あまりにも無力でした。

地獄でした。
手帳の期限と、明細の数字が、
そのまま地獄でした。

入ってくるお金 < 当初よりも減る速度が速いお金

この構図が、次の入金日にも、
続くんです。

あなたは、想定よりも早く来る期限を、
手帳で見たことがありますか?

宿の明細は、8万4,000円。
パートは、月7万8,000円ほど。
1か月分を全部あてても、
6,000円足りません。

今年、自分のためだけに使った1万9,000円の、
4倍以上です。

「60になったら、少しは楽になる」と、
パート代の入金日を、
待っていた自分が、今思うと、
ただの無知なバカに見えて仕方がありません。

なんでなんだよ。
あの時、なんてバカだったんだ。
もう本当に恥ずかしくて、情けなくて。

少しだけ、ご自分に当てはめてみてください

・還暦の宿から帰った翌週に、
手帳に写した予約金の期限を見たら、
パート代の入金日より先で、
宿の明細2名分の8万4,000円は私の月のパート代より高い額でした。

・私は惣菜売り場のパートで月に7万8,000円ほどですが、
今年自分のためだけに使えたのは、
美容院とランチとセーターの合計1万9,000円でした。

・娘のカードに「60からは、自分のためにお金使ってね」と書いてあるのを、
予約金の期限を見たあとに読み返しましたが、
8万4,000円の明細は手元に残ったままでした。

「還暦 旅行」「自分へのご褒美」と打って開いた件名のなかに、顔を出す案内と、毎日出す案内が混ざっていました

そんな時に、私は、
スマホで探しました。
「還暦 旅行」。
「自分へのご褒美」。
そう打って、出てきた件名を、
開いてみました。
件数は、数えていません。

出てくるのは、旅行の話ばかりでした。
その中に、顔を出す案内と、
毎日出す案内が、混ざっていました。

うさんくさくて、どれも、
明細の期限を、
入金日までは延ばしてくれません。
開いては閉じ、やめかけました。

探したかったのは、
旅行の予約の仕方ではありません。
入金より先の期限を、
自分の側で見ておけるもの。
そんなものがあるなら、
知りたかったんです。

副業なんて60歳の私には向かない、と、顔を出す案内も毎日出す案内も、自分で打ち消してしまいました

けれど、すぐに、
打ち消してしまいました。

顔を出す?
毎日出す?
そういうのは、
若い人たちのものでしょう、と。
惣菜売り場で週4日立っている60歳には、
似合わない、と。

自分用のお金も、
1万9,000円までに抑えて、
地道にやってきたんです。
今さら勉強して、
今さら努力するなんて、かっこ悪い。
それがしたくなくて、
パートをきちんと続けて、
我慢するところは我慢してきたんですよね。

お金を増やす話に手を出したら、
その地道な60年を、
自分で笑うことになる気がしました。

「このまま座って待つのか」と思った瞬間、1万9,000円まで我慢してきたことが全部不合格だと言われた気がしました

そのとき、頭の中で、声がしました。

この8万4,000円の明細を、
また見ているだけなのか。
予約金の支払い日は、
カードを読み返しても、そのままです。

パートを週4日続けて、
自分用も我慢して、
きちんとやってきたのに、宿の明細は、
1か月分のパートより高い。
ほしいものを後回しにして、いい母、
いい妻をやってきた努力に、
「それでは足りません」と言われたようでした。

なんだったんでしょう、私の60年は。
「60になったら楽になる」と信じた、
あの安心は。

腹が立ちました。
娘にも。
「自分のためにお金使ってね」と書いてくれた娘に。
悪気がないのは、わかっているのに。
宿の明細にも、予約金の期限にも。
そして、まわり中に腹を立てている自分にも。

宿の明細は、2名で8万4,000円です。
パート代は月7万8,000円ほどで、
明細のほうが6,000円高いです。

このまま、自滅を待つのかしら。
そう思ったら、おさまりませんでした。
待っていられない。

ダメな母だと笑えばいい。
ダメな妻だと笑えばいい。
顔を出す案内に手を出して、
何やってんのと笑えばいい。

娘のカードの「自分のために」を、娘に言われてからではなく、自分の言葉にすると決めました

私は、もう、誰かのためだけに生きるのは、
やめます。
私は、私のために生きる。

だって、私の人生ですから。
何か間違っていますか?

60年、気がついたら、
自分のための人生は、
いつも後回しでした。
今年、自分のためだけに使えたのは、
美容院とランチとセーターで、
1万9,000円です。
それを、認めることにしました。

娘が書いてくれた、
「自分のためにお金使ってね」。
この言葉を、娘に言われてからではなくて、
自分の言葉として、引き受けます。

宿の明細が、パート代より6,000円高かった今。
8万4,000円が、残った今。

私は、ここから始めます。
他でもない、私自身のために。
人生で初めて、私の人生を生きる。
そう決めました。

娘のカードの言葉に腹を立てた自分を、もう出さないために、避けてきた話を本気で見ることにしました

腹を立てるのをやめると決めた日から、私は、
お金を増やす話を、夢中で調べました。

笑ってしまいますよね。
ずっと、胡散臭いと思って、
避けてきた話です。
若い人がやるものだと思っていました。
私は、パートを続けて、堅実に、
逃げ切るつもりでいたんです。

そんな気持ちは、全部、手放しました。
理由は、お金が足りなかったから。
それだけです。

夫を守るために。
娘を守るために。
自分の心を守るために。

パートを続けても足りなかった、
情けない母親でした。

お金は大事だとわかっていたのに、パート代を増やすことから、目をそらしていました

いちばん自分に腹が立ったのは、
お金を増やすことから、
逃げていたことです。

〇:お金を貯金する

〇:慎ましい生活をする

〇:先を見据えて、お金を残す

貯金する、慎ましく暮らす、
先を見据えて残す。
それが、賢い生き方だと思っていました。

でも、今だからわかります。
これは、ただの、
飼い殺しにされる生き方でした。

これは、この文章を読んでいる、
ほとんどの方に、
当てはまると思います。
私は、週4日のパートを続けて、
自分用も1万9,000円に抑えるところまで、
きちんとやっていましたから。

パート代は月7万8,000円ほどで、宿の明細は2名で8万4,000円のままです

それでも、宿の明細のような、
まとまった額が、
いっぺんに来たら、、、

「入ってくるお金 < 当初よりも減る速度が速いお金」

還暦からは自分のため、と思っていた暮らしは、2名で8万4,000円の明細の前で、崩れました。

月7万8,000円ほどという額は、
働いた週の分だけで決まる額です。
自分では、これ以上、
動かせませんでした。

昔の自分を、呪って呪って、呪って。
悔しくて悔しくて、何度、
手帳の期限を見返したかわかりません。

もっと早く、お金を増やすことを考えていたらよかった。
賢く生きる。
この言葉を、もっと見直すべきでした。

こんな言葉を、ずっとずっとずっと、
考えていました。

還暦を迎えたばかりでも、いまが一番若いのだからと、怖いまま進む方を選びました

怖いです。
60歳ですし、知識もありません。
今さら、若い人たちの中に入っていくのか、
と思うと、足が止まります。

でも、進む方を選びました。

あなたが何歳でも、
ここまで読んでくださったなら、
進んでほしいです。
いま、この瞬間が、
あなたの人生でいちばん若いから。

あなたを支えるのは、国でも、
会社でも、夫でも、娘でもなく、
「あなた自身」だけなんです。

これを見つめることから、
私は逃げていた。
それを、受け入れることにしました。

まぁ、、、受け入れても、
大変だったんですが。
苦笑

なぜなら、副業には、
それ相応のハードルがあるからです。

物販、当然無理です。

むしろ、何を売ったらいいのか。そんなことすら想像がつきませんでした。

転売、当然無理です。

まず在庫を抱えるお金もないし、在庫を置くスペースもありません。

アフィリエイト、当然無理です。

まずSNSやブログで、記事を大量に用意したり投稿を大量に用意する時点で無理です。

SNSの運用代行なども当然無理です。

そもそも最新のSNSの動向を追い続けないといけない時点で無理でした。

FXやトレード、当然無理です。

グラフの上がり下がりとかを読む、ローソク足がとか、そんなことの全てに吐き気を感じました。

YouTubeがいいだとか、TikTokがいいだとか、

そんな話も大量に聞きました。

当然無理です。そもそも、これらは若い人との勝負な訳で、私にはできる気がしませんでした。

そして、最新のAIも無理でした。

AIって聞いたら楽な話に聞こえるじゃないですか。

でも、すでにAIが楽な時代は終わっていて、ClaudeコードだのCodexだの、よくわからない構造体がたくさんあって、

これを管理できる頭が必要で、かつ、API(使った分だけ、お金がかかる)仕組みの中での話でした。

知識もないのに、いきなり使った分だけお金がかかる。。これって怖くないですか?

その辺の若造から、何度も『使った分だけしかお金がかからないから大丈夫ですよ。』なんて言われたのですが、

実際、私の知人はその話を鵜呑みにした結果、10万以上の請求をされていました。

AI、怖い。

またしても、、、

またしても、光を奪われるのか。

せっかく「人生で初めて、私の人生を生きるんだ。」と決められたのに。

決心は、年齢によって潰されるのか。。。

そうがっかりしていました。

そんな中で、たった1人だけ

〇:競争なんてしなくていい

〇:顔出しもしなくていい

〇:在庫も抱えなくていい

〇:隙間時間でコツコツしたらいい

〇:才能も知識もいらない

〇:老若男女とわない

というスタイルで、運営している人を見つけました。

最初は、あまりにもウマイ話に見えてしまって、正直私は毛嫌いしていました。もっとも遠ざけていた人といっても過言ではないです。

ただ、先ほども書いたとおり、

巷の副業は、全て無理でした。

物販も転売も、

アフィリエイトも、

SNSの運用代行も、

FXやトレードも、

YouTubeもTikTokも、

全部「無理」です。

私にそんな能力なんてありません。

新しい能力を身につけず、お金を稼ぐ必要がありました。

これが、私がその人から学ぶことを決意した理由です。

あなたはどうでしょう。

・新しいことを学べますか?

・新しいAIを使って、最先端のことで、若い世代と戦えますか?

・トレードなどの複雑なグラフを見れますか?

・転売ヤーと揶揄されながら、仕入れ活動に奔走できますか?

もし、これらが無理なら、あなたは私と同じです。

競わず・新しい能力をつけず・過去の積み上げたもので、なんとか食っていく必要がある。

そんな立場の人です。

その立場の人にとって、私が学んだ人は最適です。

なぜなら、こんなことを言っていたからです。

(1)努力は1度でいい

(2)元手不要、在庫抱えなくていい

(3)才能不要、実績不要、年齢も問わない

と。

さらにこんな事も言ってました。

毎日の労働は、川(会社)に、カバンというバケツを持って水を汲みにいく作業だ。と。

でも、バケツだからこそ手を止めたら終わりだし、バケツを取り上げられたら終わりである。

これがクビという現象であり、毎日の出社が必然とされているわけだが、

もし、ここで水路を作れたらどうだろう。

水路を作ったら、水道を作ったら、蛇口を撚れば水が出る。そんな構造が完成する。

もし、あなたがバケツ・一生労働型でいいならそれもいい。

ただ、水道を作ったら、水路を作ったら、あなたは一生の苦悩から解放される。と。

さて。ここであなたに問います。

今、あなたは、どんな気持ちでこの文章を読んでいるでしょう。

少なくない人が、心にガードをして読んでいるはずです。

昔の私も同じでした。

ただ、自分が同じだったからこそ、あえて言わせてください。

「あなたは、バカですか?」と。

なぜなら、私は、飼い殺しにされてきた自分の人生を後悔しているからです。

私は、挑戦をしないことを堅実だと思っていました、

息を潜めて、手のひらに乗る幸せを、必死に握りしめて、

1粒たりとも、幸せの砂をこぼさない生き方をすること。

これが、いい大人になることだと思っていました。

これが、賢く生きるってことだと思っていました。

でも、私は、そんな「賢く生きる」というイメージに、人生を潰されかけかけました。

というか、潰されました。

今だから思います。

「お金が大事だとわかってるくせにお金に直視するのを避けてる自分」を殺してよかったと。

なぜなら、働いている段じゃないからです。

惣菜売り場のパートを、週4日しています。月に7万8,000円ほどです。夫は63歳で、再雇用です。

宿の明細は、2名で8万4,000円。パート代より、6,000円高いです。今年、自分のために使えたのは1万9,000円です。

娘は「60からは、自分のためにお金使ってね」と言いました。明細の8万4,000円は、そのままです。

となった時、私は「時間を使わず、お金を得る」ことを絶対に習得すべきでした。

ってことを書いているのに、

「心をガードして、斜に構えている」とするなら。

それは、ね。

バカですよ。

理由?理由はあります。ちゃんとあります。

日本海溝より深い理由があります。

なぜなら、人生は短いからです。

考えてみてください。

あなたの大切な人との時間、刻一刻と減っています。

あなたの人生も、毎日終わりに向かって進んでいます。

本当に、大事にすべきことは、ここでは?

お金が全てではない。

そんなこと当然知っています。

でも、だから稼ぐんですよ。

なぜなら、お金がないことで、

「残りあとわずかな、あなたと・大事な人との人生」を潰すからです。

棒に振るってしまうからです。

お金がないから、治療費を削ります。

お金がないから、介護代を削ります。

お金がないから、施設に入れて上げられないです。

・・・ね。

お金が全てではない。って言ってるあなた。

あなたは、その言葉の裏で「大事な人へのベストな選択肢」を捨ててるんです。

これって、悲しくない?

そう考えた時、私は、人生を変えたい。

こんな人生リセットしたい。

そう強く思いました。

ちなみに、私が学ぶことを決意した人のメールはこれです。

毎月、リアルでの作業会もしていらっしゃいます。

ネットの虚像・虚構ではなく、生身で会える・嘘偽りのない人です。

きっかけをくれた人のメールを、
同じように読むことができます。

この文章を書いた理由

いま私は、自分の苦しかった過去を踏まえて、もう2度と昔の私のような人を出さないための活動をしています。

私は、過去の私を強く恥じています。

後悔しています。

娘の「60からは、自分のためにお金使ってね」を聞いたとき、「そのおめでとうで、8万4,000円は払えるの」と思っていたことを、恥じています。

宿の明細は2名で8万4,000円。パートは月7万8,000円ほど。差の6,000円は、そのままです。

「ありがとう」と返したあとも、今年の自分用は1万9,000円のままです。

だから、明細をしまったままにしないで、娘の前で言える母でいたい。そう思っています。

この、当たり前のことを当たり前にできない社会です。

だったらせめて、私が手を伸ばせる人には伸ばしたい。

自分が辛かったからこそ、これをちゃんと叫びたい。そう思っています。

ほとんどの場合、あなたは昔の私と同じように

「バケツ型」の人生のはずです。

一度でいいから、本気で「もし、水路的な」お金が入ったら。と心の底から強く思ってみてください。

もし、雇われず・国に、会社に、他人に頼らず、

「彼らからお金をもらうことなく、」

3万でも、5万でも10万でも入っていたら。と。

決して、私は大金持ちになりたいとは思わないです。

でも、、、

もし、朝起きたら、10万、20万とか入っていたら。と。

もし、そんな奇跡が毎月、毎日、続いたら・・と。

こっちの人生は、心の底から欲しいと思います。

なぜなら、そんな毎日が続いたら、

大切な人との時間を、

大切な人の「もしも」を、

この手で、大事にすることができるからです。

頑張って就職をして、子育てをして、ようやく自由が。

そんな時に、また新たなお世話問題が。

そんなことでまた人生を費やす。こんなバカなことがあっていいのでしょうか。

バカなことって書いたら言葉が悪いですが、でも、そうでしょう?

だって私たちの人生は、私たちのものなんだから。

私たちは、家族の世話のために生まれたんじゃなくて、私たちの人生を生きるために生まれてきてるんです。

これも、きっかけをくれた人の受け売りなんですけどね。笑

でも、そうだと思うんです。

私たちの人生を、私たちの手に取り戻す。

この当たり前の幸せを手放さないために。

その気持ちで、きっかけをくれた人との運営に力を注いでいます。

この文章が、少しでも多くの人の希望になったら嬉しいです。

登美子

もう一度だけ。
きっかけをくれた人のメールは、
こちらから読めます。