千恵子のブログ「59歳・娘の結婚に出したかった100万円、通帳は62万円」から来てくださった方へ
娘の結婚式。出してあげたかった100万円に、通帳が届きませんでした

通帳 62万円

差 38万円

祝儀袋の隣で、自分の通帳を開いた時、 私は、、、 目の前が真っ暗になりました。

娘の結婚が、春に決まりました。
うれしい気持ちと、足りない38万円が、
同じ時間に、やって来ました。

10月、棚から祝儀袋を下ろして、
その隣に、自分の通帳を置きました。
開いたら、62万円。

出してあげたいのは、100万円です。
100万円に、38万円、届きません。

7月の顔合わせでは、料理屋の個室で、
私は娘の隣で「式、楽しみね」
と言っていました。
9月の式場見学では、
白いドレスの部屋で、
娘の目が輝いていました。

10月に、娘が画面を見せてくれました。
見積書。総額、338万円。

批判は、しませんでした。
でも、頭の中では、
別の数字が先に動いたんです。

これは、私の恥ずかしい告白です。

娘は、言ってくれました。
「お母さん、無理しなくていいからね」

優しい言葉です。
本来なら、母親が、
いちばん喜んでいい言葉です。

なのに私は、その優しさまで、
苛立ちの対象にしてしまいました。
「無理しなくていい、って、
あなたに言われたくない」と、
心の中で、娘に向かって言っていました。

でも、何よりもショックだったのは、
娘の結婚の見積を前にして、
娘の結婚の見積を前に、38万円が足りないことを数えていた自分がいたことでした。

こんにちは、千恵子です。
ここまでの文章を読んでいただき、
ありがとうございました。

ブログに書いてきたことは、
紛れもない私の実体験です。
そして、
私のまわりの人たちにも起きていることです。

見積が338万円で、出したい100万円に対して通帳が62万円、38万円足りないことはありますか?

お祝いの話が、
お金の数字に見えてしまったこと。
いちばん大事な人に、心の中で、
冷たい言葉を向けてしまったこと。

こんなことを書いたら、
不謹慎かもしれません。
娘の結婚をお金の話にするなんて、
と言われたら、返す言葉もありません。
でも、実際に自分の身に起きたからこそ、
あえて言わせてください。

春まで、まだ時間がある。
通帳を開くのは、もっとあとでいい。
そんなふうに、思っていませんか。

もし、そう思っていたら。
あなたの春は、もしかしたら予想よりも、
重たいものかもしれません。

なぜなら、この世の中は、
私たちが無防備なまま、
見積書を受け取るようにできているからです。

少なくとも、私は、
自分の浅はかさを呪いました。
祝儀袋の隣で、呪って、呪って、
呪いました。

だって、考えてみてください。

結婚資金くらいは、
自分の通帳から出せる。
パートを積めば、100万円は届く。
総額がいくらでも、出せる分は出したい。

そう思える母親が、いい母親で、
それができれば、
娘の門出は笑顔で迎えられる。
そんな世の中だと、思っていませんか。

私は、そう思っていました。
62万円あれば、
あとは月7万円のパートで足せる、と。

でも、考えてみてください。
この「予定」が、もし崩れてしまったら、と。

38万円が足りなかったのは、運の悪さではなく、ただの無知でした

自分の弁護をするわけではないですが、
念のために書かせてください。

私は、母親として、
ちゃんと準備をしていたんです。

美容室の受付を、8年続けてきました。
月に7万円ほどのパート代で、
家計を支えてきました。
出してあげたい額を、
100万円と決めていました。
通帳に62万円あることも、
ちゃんと知っていました。

家計簿だって、つけています。
数字を見ないふりをする人間では、
なかったつもりです。

それなのに、崩れたんです。

なぜなら、娘の式の総額が、
私の思っていたよりも、
ずっと大きかったからです。

338万円の見積書を見て、
100万円は、
その3割にも届かないと分かりました。

娘は29歳です。
夫は61歳で、建設会社に勤めています。
夫の稼ぎと、私の月7万円と、
通帳の62万円。

その中で、娘の式と、
これからの暮らしを、
いっぺんに支える形になるなんて、
思ってもいませんでした。

だってそうでしょう?

7月に顔合わせをして、
9月に式場を見て、
10月に見積が来て、
そこへ、娘からLINEです。
「結納の日程、だいたい決まった」

38万円に、期限がつきました。

お金も、日付も、
いっぺんに、
私の通帳に寄りかかってくる。
こんなことになるなんて、
思ってもいませんでした。

あなたは、お祝いのはずの日付が、
請求書の日付に見えたことはありますか?

式場見学のとき、
娘は白いドレスに触れていました。
私は「似合うわね」と言いました。

本来なら、、本来なら、ですよ。
娘のドレス姿は、母親が、
何よりも喜んでいい場面のはずです。
式の見積だって、
笑って「お母さんも出すからね」
と言える、幸せな話のはずです。

でも、私の中では、もう、
これらは辛い出来事になってしまっていました。

そのとき、頭の中では、
62万円と100万円を割り算していました。
少なくとも、
笑って祝儀袋を手に取れませんでした。

本来なら、、本来なら、ですよ。
娘の晴れの日に、
お金のことを考える母親でいてはいけない。
それも、ちゃんと分かっています。

顔は、笑っていたと思います。
でも、心の中では、泣いていました。腹が立っていました。

「老後の分には、手をつけたくないなあ」
と言った夫と、
「無理しなくていいからね」
と言った娘に、
「なんでアンタたちに。
」って思っていました。
「私の苦労、わかってんの?
」と思っちゃっていました。

でも、同時に。
「ごめんね。ごめんね。こんな母親で。
許してね。」と、泣いていました。

どうしてだか、わかりますか?

理由は、とてもシンプルです。お金です。

お金を貯めてなかったわけじゃない。
62万円は、ちゃんと通帳にあります。
でも、娘の式の見積が、
私の予定よりもはるかに大きい速さで、
私の前に来たんです。

たったこれだけ。

これで、私は、足りない38万円を前にした母親になりました。

夫に老後の分を相談しても、「手をつけたくないなあ」と言われて、38万円は通帳から出ていません

老後の分から、少し回せばいい。
あなたも、そう思うかもしれません。
私も、そう思いました。

夫に、話しました。
夫は61歳で、建設会社に勤めています。
その夫が、言いました。
「老後の分には、手をつけたくないなあ」

その通りです。
私も、本当は、そう思っています。
老後の分まで、娘の式には回せません。

夫は、悪くありません。
正しいことを、言っているだけです。

でも、正しい人の隣で、
私の38万円だけが、
行き場をなくしました。
老後の分は、動かない。
62万円も、動かない。
足りないのは、38万円のままです。

受付の時間を延ばそうとしたら、お金より先に、足と腰が限界でした

月7万円を、増やせばいい。
受付に立つ時間を、延ばせばいい。
簡単なことのように、聞こえます。

美容室の受付を、8年続けています。
その時間を、もう少し延ばせないか、
考えました。

足と腰が、先に、限界なんです。

月7万円を、
いきなり38万円分まで増やすのは、
この体では、現実的ではありません。

結納の日程は、だいたい決まった、
と娘から連絡が来ています。
38万円には、期限がついています。
時間を延ばして、
間に合う額ではありませんでした。

足りないのは、お金です。
でも、先に削れるのは、
私の体のほうでした。

娘の「無理しなくていいからね」に甘えようとしても、62万円の通帳は娘に見せられません

娘は、言ってくれました。
「お母さん、無理しなくていいからね」

その言葉に、乗ってしまえば、楽です。
出せる分だけ出せばいい、という話に、
できるかもしれません。

でも、乗れませんでした。

62万円の通帳を、
娘には、見せられなかったからです。

100万円出してあげたかった母親が、
「じゃあ、62万円で」とは、
どうしても言えませんでした。

祝儀袋は、白いままです。
中身は、空っぽのままです。
袋は、棚に戻しました。
通帳は、閉じたまま。

足りない38万円は、
優しい言葉の下でも、
そのまま残っています。

通帳の62万円と、見積書の338万円を並べて、これが地獄だと思いました

入ってくるお金 < 当初よりも減る速度が速いお金

娘の見積書を見たとき、この形が、
私の通帳の前にできていました。

月7万円のパートに対して、
38万円の期限。
62万円に対して、338万円の総額。

あなたは、
足りないと分かっている通帳を、
祝儀袋の隣で開いたことがありますか?

通帳の数字を眺めていたときの私は、
ウキウキでした。
「これだけあれば、
娘に出してあげられる」と、
通帳を見るたびに、思っていました。

今から見ると、あのときの私は、
ただの無知なバカです。

なんでなんだよ。あのとき、
なんて甘かったんだ。
もう本当に恥ずかしくて、情けなくて。

少しだけ、ご自分に当てはめてみてください

・10月に娘から総額338万円の
見積書を見せられて、
出してあげたい100万円と、
通帳の62万円を、
頭の中で引き算していました。

・夫に「老後の分には、
手をつけたくないなあ」と言われて、
その通りだと思ったのに、
足りない38万円の置き場所が、
どこにもありませんでした。

・娘に「お母さん、
無理しなくていいからね」
と言われたのに、
62万円の通帳を娘には見せられず、
祝儀袋は空のまま棚に戻しました。

店休の日にスマホを開いたら、おめでとうの横に、月収の件名が並んでいました

そんな時でした。私に、
転機が訪れたんです。

受信箱に、知らない名前が、
増えていったんです。
「自由な働き方」
「今からでも」
「月収」

顔を出す話。毎日続ける話。
うさんくさくて、登録して、解除して、
やめかけました。

おめでとうの横に、稼ぐ話が来る。
その並びが、自分でも、
ひどく滑稽でした。

でも、すぐに、
その思いを打ち消しました。

顔を出して、毎日続けて。
そんなこと、59歳の受付のおばさんに、
できるわけがない。
副業なんて、私には向いていません。

娘の結婚の前に、何をやっているのか、と。

それでも、38万円の期限は、
消えないんです。

このまま62万円の通帳を眺めているだけでいいのか、と思ったら、腹が立ちました

この38万円を、結納の日まで見ているだけなのか。
38万円は、通帳にありません。

8年、受付に立って。
月7万円を稼いで、
通帳に62万円を残して。
家計簿も、つけて。
いい母親で、いい妻で、いい大人でいて。

その全ての努力が、無駄だった。
この採点を、私は、
突きつけられたわけです。

なんだったんだ。私の通帳は。
なんだったんだ。私が信じていた、
パートを積めば届く、は。

そう考えたら、腹が立ちました。

申し訳ないですが、
夫にも腹が立ちました。
「老後の分には、手をつけたくないなあ」
と言った、正しい夫にも。
「無理しなくていいからね」と言った、
優しい娘にも。

見積は338万円です。
出したいのは100万円、通帳は62万円で、38万円が足りません。

これで、ずっと、自滅を待つのか。
そう思ったら、私は、
待っていられません。

ダメな母親だと、笑えばいい。
59歳で今さら何をやってるの、と、
嘲笑えばいい。

59年、いい母でいようとしてきた私は、娘の結婚のあとからは、私のために生きることにしました

私は、もう誰かのために、
無理をして生きるのは、やめます。

娘のために、夫のために、
「楽しみね」と笑って、
通帳の数字は、見ないふりをして。
それを、いい母親だと、信じてきました。

59年間、私は、
自分のために笑っていませんでした。
自分のために、
ゆっくり買い物をしたことも、
ありませんでした。
それを、認めることにしました。

手元にあるのは、62万円の通帳と、
月7万円のパートだけ。
足りない38万円が残った、今。
ここから、私のために、
再スタートを切ります。

だって、私の人生なんですよね。
なんか間違ってますか?

家計簿の隣にスマホを置いて、うさんくさいと思っていた副業の話を、一つずつ調べ始めました

そこから私は、
家計簿の隣にスマホを置いて、
副業のことを、調べ始めました。

笑っちゃいます。
「うさんくさい」と思って、
おめでとうの横の件名を伏せたのは、
私なのに。

副業は、うさんくさい。
若い人が、やるもの。
私は、受付の仕事を8年続けて、
地道に逃げ切る側の、堅実な人間。

そう思っていました。
その気持ちを、全部、捨てました。

なぜなら、62万円では、
足りなかったからです。

娘の門出を、守るために。
夫の老後の分を、守るために。
そして、38万円が足りないと知った、
私の心を守るために。

38万円を前にして、何もできなかった、
情けない母親です。

月7万円を稼いで、通帳に少しずつ残すことが、賢い母親のやり方だと信じていました

いちばん、本気で反省したのは、
お金を「増やす」ことから、
ずっと逃げていたことです。

〇:お金を貯金する
〇:慎ましい生活をする
〇:先を見据えてお金を残す

これが、堅実で、賢い母親の姿だと、
思っていたんですよね。

でも、今なら分かります。
これは、ただの、
飼い殺しにされる生き方でした。

パートで働いて、家計簿をつけて、
通帳に残して、
それでも、娘の見積書がひとつ来たら、
足りなくなる。
残すだけの暮らしには、増やす力が、
ひとつもなかったんです。

通帳に62万円があっても、娘の式の見積も、結納の日付も、私の力では止められませんでした

通帳には、62万円ありました。

でも、娘の結婚が、春に決まること。
見積が、338万円で来ること。
結納の日程に、期限がつくこと。

どれも、私が、
自分でどうにかできることでは、
ありません。

老後の分に手をつけなければ足りると思っていた計画は、足りない38万円の前で、崩れました。

もっと早く、
お金を増やすことを考えていれば、
よかった。
賢くやりくりする、という言葉を、
もっと疑うべきでした。

呪って、呪って、呪って。
ずっと、ずっと、ずっと、
そのことばかり、考えていました。

59歳の受付のおばさんでも、知識がなくても、怖くても、私は、進むほうを選びます

怖いです。

59歳から、新しいことを始める。
知識も、ありません。
若い人を相手にするのかと思うと、
手が冷たくなります。

それでも、私は、進むほうを選びました。

あなたが何歳でも、
ここまで読んでくれたのなら、「進んで」と、
言いたいです。

なぜなら、あなたの人生で、
いちばん若いのは、今日だから。

そして、
あなたの暮らしを支えてくれるのは、
国でも、自治体でも、
夫でも、娘でもなく、
「あなた自身」だけだから。

それを見ることから、私は、
ずっと逃げていました。
その事実を、受け止めることにしました。

笑いたい人は、笑えばいい。
59歳の千恵子は、ここから、動きます。

物販、当然無理です。

むしろ、何を売ったらいいのか。そんなことすら想像がつきませんでした。

転売、当然無理です。

まず在庫を抱えるお金もないし、在庫を置くスペースもありません。

アフィリエイト、当然無理です。

まずSNSやブログで、記事を大量に用意したり投稿を大量に用意する時点で無理です。

SNSの運用代行なども当然無理です。

そもそも最新のSNSの動向を追い続けないといけない時点で無理でした。

FXやトレード、当然無理です。

グラフの上がり下がりとかを読む、ローソク足がとか、そんなことの全てに吐き気を感じました。

YouTubeがいいだとか、TikTokがいいだとか、

そんな話も大量に聞きました。

当然無理です。そもそも、これらは若い人との勝負な訳で、私にはできる気がしませんでした。

そして、最新のAIも無理でした。

AIって聞いたら楽な話に聞こえるじゃないですか。

でも、すでにAIが楽な時代は終わっていて、ClaudeコードだのCodexだの、よくわからない構造体がたくさんあって、

これを管理できる頭が必要で、かつ、API(使った分だけ、お金がかかる)仕組みの中での話でした。

知識もないのに、いきなり使った分だけお金がかかる。。これって怖くないですか?

その辺の若造から、何度も『使った分だけしかお金がかからないから大丈夫ですよ。』なんて言われたのですが、

実際、私の知人はその話を鵜呑みにした結果、10万以上の請求をされていました。

AI、怖い。

またしても、、、

またしても、光を奪われるのか。

せっかく「人生で初めて、私の人生を生きるんだ。」と決められたのに。

決心は、年齢によって潰されるのか。。。

そうがっかりしていました。

そんな中で、たった1人だけ

〇:競争なんてしなくていい

〇:顔出しもしなくていい

〇:在庫も抱えなくていい

〇:隙間時間でコツコツしたらいい

〇:才能も知識もいらない

〇:老若男女とわない

というスタイルで、運営している人を見つけました。

最初は、あまりにもウマイ話に見えてしまって、正直私は毛嫌いしていました。もっとも遠ざけていた人といっても過言ではないです。

ただ、先ほども書いたとおり、

巷の副業は、全て無理でした。

物販も転売も、

アフィリエイトも、

SNSの運用代行も、

FXやトレードも、

YouTubeもTikTokも、

全部「無理」です。

私にそんな能力なんてありません。

新しい能力を身につけず、お金を稼ぐ必要がありました。

これが、私がその人から学ぶことを決意した理由です。

あなたはどうでしょう。

・新しいことを学べますか?

・新しいAIを使って、最先端のことで、若い世代と戦えますか?

・トレードなどの複雑なグラフを見れますか?

・転売ヤーと揶揄されながら、仕入れ活動に奔走できますか?

もし、これらが無理なら、あなたは私と同じです。

競わず・新しい能力をつけず・過去の積み上げたもので、なんとか食っていく必要がある。

そんな立場の人です。

その立場の人にとって、私が学んだ人は最適です。

なぜなら、こんなことを言っていたからです。

(1)努力は1度でいい

(2)元手不要、在庫抱えなくていい

(3)才能不要、実績不要、年齢も問わない

と。

さらにこんな事も言ってました。

毎日の労働は、川(会社)に、カバンというバケツを持って水を汲みにいく作業だ。と。

でも、バケツだからこそ手を止めたら終わりだし、バケツを取り上げられたら終わりである。

これがクビという現象であり、毎日の出社が必然とされているわけだが、

もし、ここで水路を作れたらどうだろう。

水路を作ったら、水道を作ったら、蛇口を撚れば水が出る。そんな構造が完成する。

もし、あなたがバケツ・一生労働型でいいならそれもいい。

ただ、水道を作ったら、水路を作ったら、あなたは一生の苦悩から解放される。と。

さて。ここであなたに問います。

今、あなたは、どんな気持ちでこの文章を読んでいるでしょう。

少なくない人が、心にガードをして読んでいるはずです。

昔の私も同じでした。

ただ、自分が同じだったからこそ、あえて言わせてください。

「あなたは、バカですか?」と。

なぜなら、私は、飼い殺しにされてきた自分の人生を後悔しているからです。

私は、挑戦をしないことを堅実だと思っていました、

息を潜めて、手のひらに乗る幸せを、必死に握りしめて、

1粒たりとも、幸せの砂をこぼさない生き方をすること。

これが、いい大人になることだと思っていました。

これが、賢く生きるってことだと思っていました。

でも、私は、そんな「賢く生きる」というイメージに、人生を潰されかけかけました。

というか、潰されました。

今だから思います。

「お金が大事だとわかってるくせにお金に直視するのを避けてる自分」を殺してよかったと。

なぜなら、働いている段じゃないからです。

59歳で、美容室の受付を8年続けています。パートは月7万円ほどです。

娘の式の見積は、総額338万円。出してあげたいのは100万円。通帳は62万円。届かないのは、38万円です。

娘は「お母さん、無理しなくていいからね」と言いました。夫は「老後の分には、手をつけたくないなあ」と言いました。38万円は、通帳から出ていません。

となった時、私は「時間を使わず、お金を得る」ことを絶対に習得すべきでした。

ってことを書いているのに、

「心をガードして、斜に構えている」とするなら。

それは、ね。

バカですよ。

理由?理由はあります。ちゃんとあります。

日本海溝より深い理由があります。

なぜなら、人生は短いからです。

考えてみてください。

あなたの大切な人との時間、刻一刻と減っています。

あなたの人生も、毎日終わりに向かって進んでいます。

本当に、大事にすべきことは、ここでは?

お金が全てではない。

そんなこと当然知っています。

でも、だから稼ぐんですよ。

なぜなら、お金がないことで、

「残りあとわずかな、あなたと・大事な人との人生」を潰すからです。

棒に振るってしまうからです。

お金がないから、治療費を削ります。

お金がないから、介護代を削ります。

お金がないから、施設に入れて上げられないです。

・・・ね。

お金が全てではない。って言ってるあなた。

あなたは、その言葉の裏で「大事な人へのベストな選択肢」を捨ててるんです。

これって、悲しくない?

そう考えた時、私は、人生を変えたい。

こんな人生リセットしたい。

そう強く思いました。

ちなみに、私が学ぶことを決意した人のメールはこれです。

毎月、リアルでの作業会もしていらっしゃいます。

ネットの虚像・虚構ではなく、生身で会える・嘘偽りのない人です。

きっかけをくれた人のメールを、
同じように読むことができます。

この文章を書いた理由

いま私は、自分の苦しかった過去を踏まえて、もう2度と昔の私のような人を出さないための活動をしています。

私は、過去の私を強く恥じています。

後悔しています。

娘の「お母さん、無理しなくていいからね」を聞いたとき、「あなたに言われたくない」と思っていたことを、恥じています。

通帳の62万円と、出したい100万円。届かない38万円は、通帳から出ていません。

「似合うわね」と答えたあとも、見積の総額は338万円のままです。

だから、通帳を棚に戻したままにしないで、娘の前で言える母でいたい。そう思っています。

この、当たり前のことを当たり前にできない社会です。

だったらせめて、私が手を伸ばせる人には伸ばしたい。

自分が辛かったからこそ、これをちゃんと叫びたい。そう思っています。

ほとんどの場合、あなたは昔の私と同じように

「バケツ型」の人生のはずです。

一度でいいから、本気で「もし、水路的な」お金が入ったら。と心の底から強く思ってみてください。

もし、雇われず・国に、会社に、他人に頼らず、

「彼らからお金をもらうことなく、」

3万でも、5万でも10万でも入っていたら。と。

決して、私は大金持ちになりたいとは思わないです。

でも、、、

もし、朝起きたら、10万、20万とか入っていたら。と。

もし、そんな奇跡が毎月、毎日、続いたら・・と。

こっちの人生は、心の底から欲しいと思います。

なぜなら、そんな毎日が続いたら、

大切な人との時間を、

大切な人の「もしも」を、

この手で、大事にすることができるからです。

頑張って就職をして、子育てをして、ようやく自由が。

そんな時に、また新たなお世話問題が。

そんなことでまた人生を費やす。こんなバカなことがあっていいのでしょうか。

バカなことって書いたら言葉が悪いですが、でも、そうでしょう?

だって私たちの人生は、私たちのものなんだから。

私たちは、家族の世話のために生まれたんじゃなくて、私たちの人生を生きるために生まれてきてるんです。

これも、きっかけをくれた人の受け売りなんですけどね。笑

でも、そうだと思うんです。

私たちの人生を、私たちの手に取り戻す。

この当たり前の幸せを手放さないために。

その気持ちで、きっかけをくれた人との運営に力を注いでいます。

この文章が、少しでも多くの人の希望になったら嬉しいです。

千恵子

もう一度だけ。
きっかけをくれた人のメールは、
こちらから読めます。