9月のお給料日。
財布を開けたら、カード入れに、紙が2枚。
婦人科の診察券と、9月の給与明細です。
数字は、5万7,000円。
週5日働いていた夏までは、9万5,000円ほどでした。
明細を見た夫が、言ってくれました。
「体のほうが大事だよ」
「お金は、なんとかなる」
私は、ほっとして、「そうよね、ありがとう」と答えました。
数字を見なかった自分が、いちばん恥ずかしい。
これは、私の恥ずかしい告白です。
夫の「体のほうが大事だよ」も、
園長先生の「無理しないで」も、
私のことを思ってくれた、あたたかい言葉です。
ありがたい、と思わなければいけない言葉です。
なのに私は、その言葉を聞いたあとで、「じゃあ、この差は誰が埋めてくれるの」と思ってしまいました。
声には出していません。
でも、心の中で、何かがずっと怒っていました。
優しい言葉に怒る自分が嫌で、自分の体にまで、腹が立っていました。
でも、何よりもショックだったのは、夫の「お金は、なんとかなる」を聞いて、9万5,000円と5万7,000円の差に腹を立てている自分がいたことでした。
こんにちは、晴美です。
これまでの文章を読んでいただき、ありがとうございました。
ブログに書いてきたことは、紛れもない私の実体験です。
そして、私のまわりの仲間にも、実際に起きていることです。
週5日の9万5,000円が、週3日の5万7,000円になって、診察券の隣にその明細があったことはありますか?
体のもしも、働く日数が減ること、夫の定年まであと2年……。
こんなことを書いたら不謹慎かもしれません。
でも、実際に自分の身に起きたからこそ、敢えて言わせてください。
まだ先かもしれない。まだ先だろう。
自分の体のせいでお給料が減るなんて、もっとあとの話だろう。
そんなふうに思っていないでしょうか。
もし、そう思っていたら。あなたの未来は、もしかしたら予想よりも暗いものかもしれません。
なぜなら、この世界は、私たちが無防備なままリスクに直面するようにできているからです。
少なくとも、私は、自分の身を呪いました。
自分の浅はかさを呪いました。
だって、考えてみてください。
働く日数は、自分で決められる。
体に合わせれば、暮らしもちょうどよくなる。
夫のお給料があるから、なんとかなる。
そんな空気が、世の中に広がっていませんか?
これでなんとかなる。
体を一番にしても、お金は後からついてくる、と、私は思っていました。
でも、考えてみてください。
この「予定」がもし崩れてしまったら……と。
私の身に起きたことは、まさにそれでした。
働く日数を自分で決めれば暮らしもちょうどよくなると思っていたのは、運ではなく、ただの無知でした。
自分の弁護をするわけではないですが、念のために書かせてください。
私は、ぼんやりしていたわけではありません。
夏まで、保育園の給食室で、週5日、1日4時間、時給1,100円で働いていました。
この夏、仕込みの最中に目の前が回って、その場にしゃがみこみました。
そのあと、婦人科にも行きました。診察券は、その証拠です。
園長先生にも、ちゃんと相談しました。
日にちを減らして、続けられる形にしました。
仕事を辞めたのではなく、週3日にして、続けることを選んだんです。
夫は58歳で、定年まで、あと2年です。
それでも、崩れたんです。
なぜなら、「日にちを減らしても、体のほうが大事だから、お金はあとで考えればいい」という思い込みが、私にあったから。
お給料が、そのままの割合で減ることを、私は、実際の数字で見ていなかったから。
だってそうでしょう?
体のほうが大事なのは、本当のことです。
でも、体を守るために日にちを減らしたら、その分、お給料も減ります。
週5日は、月9万5,000円ほど。
週3日の9月は、5万7,000円。
差は、3万8,000円です。
1年にすると、45万6,000円。
夫の定年までの2年で、91万2,000円。
これは、ノートの計算です。
払った額では、ありません。
しかも、お金だけではないんです。
元気になる日は、私には決められません。
夫の定年は、あと2年で、きちんと来ます。
体のことと、お給料のことと、夫の定年が、同じ時期に並んでいました。
その中で、園長先生に「無理しないで」と言われて、夫に「体のほうが大事だよ」と言われて、財布の中には診察券と5万7,000円の明細が入っていて……。
あなたは、笑っていられますか?
本来なら、、本来なら、ですよ。
「無理しないで」
「体のほうが大事だよ」
これらの言葉は、本来、嬉しい言葉のはずです。
そして、
本来なら、、本来なら、ですよ。
週3日になっても、給食室で働けて、「おいしかった」と、お皿が返ってくることも、ありがたいことだと。これも理解しています。
でも、私の中では、もう、それらは辛い出来事になってしまっていました。
少なくとも、明細の5万7,000円を見ながら、素直にありがとうと言える気持ちには、なれませんでした。
夫には、「そうよね、ありがとう」と、ほっとした顔で答えました。
顔は、笑っていたと思います。
でも、心の中では泣いていました。
そうよね、と答えながら、腹が立っていました。
「なんでアンタたちに。」って思っていました。
「優しいことだけ言って、差の3万8,000円は、どこへ行ったと思ってるの」と思っちゃっていました。
でも、同時に。
「ごめんね。ごめんね。こんな体で、こんな私で……許してね。」と泣いていました。
園長先生が、悪いわけではありません。
夫が、悪いわけでもありません。
なぜだかわかりますか?
理由はシンプルに、週5日が週3日になって、月3万8,000円が入らなくなったからです。
働いていないわけじゃない。
週3日の給食室は、今も好きです。
辞めたいわけでは、ありません。
でも、入るお金が、月3万8,000円、減った。
そして、生活費は、減っていない。
たったこれだけ。
これで、私は、優しい言葉にまで怒る、嫌な人になりました。
もちろん、何もしなかったわけではありません。
順番に、できることを全部やってみました。
元気になったらまた週5日に戻せばいいと考えても、元気になる日は私には決められませんでした。
最初は、「元気になったら、また週5日に戻せばいい」という考えです。
そう考えて、少し安心しました。
でも、元気になる日は、私には決められません。
決められない日を、家計の計算には入れられません。
もし入れて、その日が来なかったら、そのあいだの3万8,000円は、どこにも残りません。
週3日の9月の明細は、5万7,000円です。
その数字が、今の私の毎月でした。
元気になったら戻す、という計画は、気持ちの中では安心です。
でも、家計の中では、まだ何も入っていませんでした。
園長先生に日にちを増やしてほしいとは言えず、1日の時間を延ばしても減らした意味が薄れるだけでした。
次は、園長先生に頼むことです。
園長先生に、日にちを増やして、とは、言えませんでした。
「無理しないで」と言ってくださった人です。
その人に、「やっぱり増やしてください」とは、どうしても言えませんでした。
では、1日の時間を延ばしたら。
そう考えましたが、1日の時間を延ばすと、日にちを減らした意味が、薄れてしまいます。
お金のために体を崩すと、体も、お金も、どちらも守れません。
園長先生は、悪くありません。
体を守るために日にちを減らす、と決めたのは、私自身です。
その決めたことを、お金のためにひっくり返すことは、私にはできませんでした。
夫の「お金は、なんとかなる」を頼りにノートに書き出しても、私の分はその中に入っていませんでした。
最後は、夫の「お金は、なんとかなる」です。
ノートに書きました。
毎月の生活費。
減った3万8,000円。
夫の定年までの2年。
その夫のお給料も、あと2年で区切りです。
「なんとか」の中に、私の分は入っていませんでした。
中身は、夫のお給料と、貯金のことでした。
夫を責める気持ちは、ありません。
「お金は、なんとかなる」は、夫が私を安心させたくて言ってくれた言葉です。
足りない分は、貯金から出す、とノートに書きました。
貯金から出すことは、まだしていません。
財布は、閉じたままです。
日にちを戻す計画を立てても。
園長先生に頼もうとしても。
夫の「なんとか」を頼っても。
三つとも、3万8,000円を、財布には戻してくれませんでした。
入ってくるお金が減って、生活費が変わらない、その構図の前で、私は地獄だと思いました。
「入ってくるお金 < 変わらずに出ていくお金」
この構図ができてしまったとき、あまりにも無力でした。
「入ってくるお金 < 変わらずに出ていくお金」
この構図は、本当に、地獄でした。
あなたは、診察券の隣に入れた給与明細の数字が、先月より少ないのを見て、財布を閉じたことがありますか?
9月の明細を見るまで、私は、すごくほっとしていました。
園長先生に「日にちを減らして続けてくれたら助かるわ」と言われて、お給料は、あとで、と思っていました。
その自分が、今思うと、ただの無知なバカに見えて仕方がないです。
なんでなんだよ。あの時、なんてバカだったんだ。
もう本当に恥ずかしくて、情けなくて。
少しだけ、ご自分に当てはめてみてください
・夏に仕込みの最中に目の前が回ってしゃがみこみ、9月から週5日を週3日にして、給与明細の数字が5万7,000円になりました。
・夫に「体のほうが大事だよ」「お金は、なんとかなる」と言われて、週5日の9万5,000円との差を見ないまま、ほっとして「そうよね、ありがとう」と答えました。
・差の3万8,000円を、1年で45万6,000円、夫の定年までのあと2年で91万2,000円と、ノートに書いて計算しました。
ここまで読んで、もし一つでも重なったなら、そのあとの話も聞いてください。
献立を考える時間に割り込んできた件名は、今すぐ頑張りましょうという言葉ばかりでした。
そんな時、「体調 働き方 収入」と検索しました。
受信箱は、知らない名前で、いっぱいです。件数は、数えていません。
顔を出す話。
毎日続ける話。
うさんくさくて、「頑張りましょう」を見るたびに、責められている気がしました。
消しても、また届きます。
そのまま、やめかけました。
私が探したかったのは、日にちを戻す話ではありません。
週3日のままの差を、自分の側で見ておけるものでした。
すぐに、自分の思考を打ち消そうとしました。
なぜなら、そういう話は若い人たちのものだし、顔を出して毎日続けるなんて大変そうだし、体のことで日にちを減らした56歳のおばさんの私には、向いていないと思ったからです。
こんな目に遭うために、週5日、給食室で働いてきたんじゃない。
だってそうでしょう?
今さら顔を出して、今さら毎日続けて、なんてカッコ悪いし、
むしろ、そんなことをしなくていいように、体に気をつけて、夫のお給料と自分のパートで、堅実にやってきたんです。
今さら副業に手を出すなんて、これまでの自分の否定にも感じました。
……でも、
この5万7,000円の明細を、
診察券の隣に入れたままにするのか。
週5日との差、3万8,000円は、戻っていません。
夏まで、週5日、給食室で働いてきたことも。
体の異変を放っておかずに、診察を受けたことも。
園長先生に相談して、日にちを減らして、続ける道を選んだことも。
自分が欲しいものなんて後回しにして、
ワガママも飲み込んで、
いい妻・いい働き手・いい大人の道を選んできて、
その全ての努力が、診察券の隣の明細で、無駄だと言われた。
この採点を、私は突きつけられたわけです。
なんだったんだ。私の毎日は。
なんだったんだ。「体のほうが大事だから大丈夫」と信じた私は。
そう考えたら、腹が立ちました。
申し訳ないですが、夫にも腹が立ちました。
「お金は、なんとかなる」って、なんとか、なっていないじゃない。
園長先生にも、腹が立ちました。
「無理しないで」って、無理しないと、月3万8,000円は入ってこないんです。
だってそうでしょう?
56歳で、体は思うように動かなくて、
お給料は減って、夫の定年まであと2年で、
ここから、また一から暮らしを組み直せ。みたいな試練を、突きつけてきているわけですよ。
それでいて、返ってくるのは、「無理しないで」「お金は、なんとかなる」という言葉だけ。
私は、こんな目に遭うために、給食室で、仕込みをしてきたんじゃない。
このまま、貯金から出す日を待ち続けて、行き詰まったら、私はきっと誰かを恨む。
やさしい言葉まで、恨んでしまう。
財布の中は、婦人科の診察券と、5万7,000円の明細です。
週5日のころは、9万5,000円ほどでした。
これで、ずっと、自分の自滅を待つのか。
そう思ったら、私は、やりきれない。
待ってられない。
なんだったら、暴れ散らかして周りに迷惑をかけてやる。
ダメな妻だと笑えばいい。
ダメな働き手だと笑えばいい。
56歳になって何やってんのと、嘲笑えばいい。
私は、もう誰かのために生きることはやめる。
私は、私のために生きる。
だって、私の人生なんだし。
なんか間違ってますか?
私は、夫の定年に合わせて、周りの「無理しないで」に合わせて、自分のための人生を、生きていませんでした。
それを認めることにしました。
自分のために、もっと稼ぎたいと、言わなかった。
自分のために、差の3万8,000円を、はっきり見ようとしなかった。
それを認めることにしました。
そして、診察券の隣に5万7,000円の明細が入っている、今。
私は、再スタートを切る。
他でもない、私自身のために。
そう決めました。
5万7,000円の明細を診察券の隣にしまったままにするのをやめて、私は副業の話を閉じるのをやめました
笑っちゃいますよね。
私は、絶対に副業をしない人間だと思っていたのに。
私は副業を、胡散臭いなとずっと敬遠していました。
若い人がするものだと思っていました。
体に合わせて働けば、人生を逃げ切るんだと思っていました。
私は、堅実な人間だと思っていました。
でも、その気持ちを全部捨てました。
なぜなら、お金が、足りなかったから。
夫を守るために。
週3日の給食室の毎日を守るために。
自分の心を守るために。
情けないですが、「体のほうが大事だから大丈夫」としか考えていなかった、アホなおばさんでした。
お金は大事だと分かっていたくせに、増やすことから目をそらしていました。
一番、自分を叱りたいくらい反省したのは、お金を「増やす」ことから、逃げていたことです。
〇:お金を貯金する
〇:慎ましい生活をする
〇:先を見据えてお金を残す
これらが、堅実な・賢い生き方だと思っていました。
でも、今だからわかります。
これは、ただの飼い殺しにされる生き方でした。
これは、この文章を読んでいるほとんどの人に、当てはまるはずです。
なぜなら、週5日で月9万5,000円が入っているあいだは、「増やす」なんて、一度も考えなかったから。
それでも、体調という、自分ではコントロールできないことで、
「入ってくるお金 < 変わらずに出ていくお金」
この状態が作られてしまったら、、、
賢く・堅実に生きてきたはずの暮らしは、
週5日の9万5,000円が続くと思っていた暮らしは、5万7,000円の明細の前で、崩れました。
本当に、アホなおばさんです。
昔の自分を呪って呪って、呪って。
悔しくて悔しくて、、
何度泣いたかわかりません。
もっと早く、お金を増やすことを考えていたらよかった。
賢く生きる。この言葉を、もっと見直すべきでした。
こんな言葉を、ずっとずっとずっと、考えていました。
なぜなら、もう私は56歳だからです。
しかも、知識だってありません。
今さらスタートするの?
若い人たち相手に?
そう考えたら、本当に怖かった。
でも、私は、進む方を選びました。
正直、あなたが何歳だろうと、もしここまで読んでいるなら、
「進め」と言いたいです。
なぜなら、あなたの人生で一番若い瞬間は、いまだから。
そして、あなたの暮らしを支えるのは、
国でも、園でも、
夫のやさしい言葉でもなく、
「あなた自身」しかいないから。
これを見つめることから、私は逃げていた。
その事実を、受け入れることにしました。
物販、当然無理です。
むしろ、何を売ったらいいのか。そんなことすら想像がつきませんでした。
転売、当然無理です。
まず在庫を抱えるお金もないし、在庫を置くスペースもありません。
アフィリエイト、当然無理です。
まずSNSやブログで、記事を大量に用意したり投稿を大量に用意する時点で無理です。
SNSの運用代行なども当然無理です。
そもそも最新のSNSの動向を追い続けないといけない時点で無理でした。
FXやトレード、当然無理です。
グラフの上がり下がりとかを読む、ローソク足がとか、そんなことの全てに吐き気を感じました。
YouTubeがいいだとか、TikTokがいいだとか、
そんな話も大量に聞きました。
当然無理です。そもそも、これらは若い人との勝負な訳で、私にはできる気がしませんでした。
そして、最新のAIも無理でした。
AIって聞いたら楽な話に聞こえるじゃないですか。
でも、すでにAIが楽な時代は終わっていて、ClaudeコードだのCodexだの、よくわからない構造体がたくさんあって、
これを管理できる頭が必要で、かつ、API(使った分だけ、お金がかかる)仕組みの中での話でした。
知識もないのに、いきなり使った分だけお金がかかる。。これって怖くないですか?
その辺の若造から、何度も『使った分だけしかお金がかからないから大丈夫ですよ。』なんて言われたのですが、
実際、私の知人はその話を鵜呑みにした結果、10万以上の請求をされていました。
AI、怖い。
またしても、、、
またしても、光を奪われるのか。
せっかく「人生で初めて、私の人生を生きるんだ。」と決められたのに。
決心は、年齢によって潰されるのか。。。
そうがっかりしていました。
そんな中で、たった1人だけ
〇:競争なんてしなくていい
〇:顔出しもしなくていい
〇:在庫も抱えなくていい
〇:隙間時間でコツコツしたらいい
〇:才能も知識もいらない
〇:老若男女とわない
というスタイルで、運営している人を見つけました。
最初は、あまりにもウマイ話に見えてしまって、正直私は毛嫌いしていました。もっとも遠ざけていた人といっても過言ではないです。
ただ、先ほども書いたとおり、
巷の副業は、全て無理でした。
物販も転売も、
アフィリエイトも、
SNSの運用代行も、
FXやトレードも、
YouTubeもTikTokも、
全部「無理」です。
私にそんな能力なんてありません。
新しい能力を身につけず、お金を稼ぐ必要がありました。
これが、私がその人から学ぶことを決意した理由です。
あなたはどうでしょう。
・新しいことを学べますか?
・新しいAIを使って、最先端のことで、若い世代と戦えますか?
・トレードなどの複雑なグラフを見れますか?
・転売ヤーと揶揄されながら、仕入れ活動に奔走できますか?
もし、これらが無理なら、あなたは私と同じです。
競わず・新しい能力をつけず・過去の積み上げたもので、なんとか食っていく必要がある。
そんな立場の人です。
その立場の人にとって、私が学んだ人は最適です。
なぜなら、こんなことを言っていたからです。
(1)努力は1度でいい
(2)元手不要、在庫抱えなくていい
(3)才能不要、実績不要、年齢も問わない
と。
さらにこんな事も言ってました。
毎日の労働は、川(会社)に、カバンというバケツを持って水を汲みにいく作業だ。と。
でも、バケツだからこそ手を止めたら終わりだし、バケツを取り上げられたら終わりである。
これがクビという現象であり、毎日の出社が必然とされているわけだが、
もし、ここで水路を作れたらどうだろう。
水路を作ったら、水道を作ったら、蛇口を撚れば水が出る。そんな構造が完成する。
もし、あなたがバケツ・一生労働型でいいならそれもいい。
ただ、水道を作ったら、水路を作ったら、あなたは一生の苦悩から解放される。と。
さて。ここであなたに問います。
今、あなたは、どんな気持ちでこの文章を読んでいるでしょう。
少なくない人が、心にガードをして読んでいるはずです。
昔の私も同じでした。
ただ、自分が同じだったからこそ、あえて言わせてください。
「あなたは、バカですか?」と。
なぜなら、私は、飼い殺しにされてきた自分の人生を後悔しているからです。
私は、挑戦をしないことを堅実だと思っていました、
息を潜めて、手のひらに乗る幸せを、必死に握りしめて、
1粒たりとも、幸せの砂をこぼさない生き方をすること。
これが、いい大人になることだと思っていました。
これが、賢く生きるってことだと思っていました。
でも、私は、そんな「賢く生きる」というイメージに、人生を潰されかけかけました。
というか、潰されました。
今だから思います。
「お金が大事だとわかってるくせにお金に直視するのを避けてる自分」を殺してよかったと。
なぜなら、働いている段じゃないからです。
56歳で、保育園の給食室に立っています。夏まで週5日、9月から週3日です。
夏までは9万5,000円ほど。いまの明細は5万7,000円。差は3万8,000円のままです。
夫は「体のほうが大事だよ。お金は、なんとかなる」と言いました。園長先生は「無理しないで」と言いました。
となった時、私は「時間を使わず、お金を得る」ことを絶対に習得すべきでした。
ってことを書いているのに、
「心をガードして、斜に構えている」とするなら。
それは、ね。
バカですよ。
理由?理由はあります。ちゃんとあります。
日本海溝より深い理由があります。
なぜなら、人生は短いからです。
考えてみてください。
あなたの大切な人との時間、刻一刻と減っています。
あなたの人生も、毎日終わりに向かって進んでいます。
本当に、大事にすべきことは、ここでは?
お金が全てではない。
そんなこと当然知っています。
でも、だから稼ぐんですよ。
なぜなら、お金がないことで、
「残りあとわずかな、あなたと・大事な人との人生」を潰すからです。
棒に振るってしまうからです。
お金がないから、治療費を削ります。
お金がないから、介護代を削ります。
お金がないから、施設に入れて上げられないです。
・・・ね。
お金が全てではない。って言ってるあなた。
あなたは、その言葉の裏で「大事な人へのベストな選択肢」を捨ててるんです。
これって、悲しくない?
そう考えた時、私は、人生を変えたい。
こんな人生リセットしたい。
そう強く思いました。
ちなみに、私が学ぶことを決意した人のメールはこれです。
毎月、リアルでの作業会もしていらっしゃいます。
ネットの虚像・虚構ではなく、生身で会える・嘘偽りのない人です。
きっかけをくれた人のメールを、
同じように読むことができます。
この文章を書いた理由
いま私は、自分の苦しかった過去を踏まえて、もう2度と昔の私のような人を出さないための活動をしています。
私は、過去の私を強く恥じています。
後悔しています。
夫の「お金は、なんとかなる」を聞いたとき、「この差は誰が埋めてくれるの」と思っていたことを、恥じています。
週5日の9万5,000円と、週3日の5万7,000円。差の3万8,000円は、財布に戻っていません。
「そうよね、ありがとう」と答えたあとも、明細は5万7,000円のままです。
だから、明細をしまったままにしないで、夫の前で言える妻でいたい。そう思っています。
この、当たり前のことを当たり前にできない社会です。
だったらせめて、私が手を伸ばせる人には伸ばしたい。
自分が辛かったからこそ、これをちゃんと叫びたい。そう思っています。
ほとんどの場合、あなたは昔の私と同じように
「バケツ型」の人生のはずです。
一度でいいから、本気で「もし、水路的な」お金が入ったら。と心の底から強く思ってみてください。
もし、雇われず・国に、会社に、他人に頼らず、
3万でも、5万でも10万でも入っていたら。と。
決して、私は大金持ちになりたいとは思わないです。
でも、、、
もし、朝起きたら、10万、20万とか入っていたら。と。
もし、そんな奇跡が毎月、毎日、続いたら・・と。
こっちの人生は、心の底から欲しいと思います。
なぜなら、そんな毎日が続いたら、
大切な人との時間を、
大切な人の「もしも」を、
この手で、大事にすることができるからです。
頑張って就職をして、子育てをして、ようやく自由が。
そんな時に、また新たなお世話問題が。
そんなことでまた人生を費やす。こんなバカなことがあっていいのでしょうか。
バカなことって書いたら言葉が悪いですが、でも、そうでしょう?
だって私たちの人生は、私たちのものなんだから。
私たちは、家族の世話のために生まれたんじゃなくて、私たちの人生を生きるために生まれてきてるんです。
これも、きっかけをくれた人の受け売りなんですけどね。笑
でも、そうだと思うんです。
私たちの人生を、私たちの手に取り戻す。
この当たり前の幸せを手放さないために。
その気持ちで、きっかけをくれた人との運営に力を注いでいます。
この文章が、少しでも多くの人の希望になったら嬉しいです。
晴美
もう一度だけ。
きっかけをくれた人のメールは、
こちらから読めます。