お昼の休憩室。
壁に、11月と12月のシフト表が貼ってありました。
お弁当を広げる前に、自分の名前を探しました。
私の欄にだけ、×が5つ。
10月に、時給が1,150円から1,210円に上がったばかりです。
明細を見た日は、自分から話して回りました。
「ねえ、聞いて、」「60円も上がったの」って。
はしゃいでいた顔が、いまは×の前で固まっています。
上がったから安心していた自分が、いちばん恥ずかしい。
これは、私の恥ずかしい告白です。
主任が、シフト表の前で、声をかけてくれました。
「130万円まで、って言ってたよね」
「このままだと超えちゃうから」
「年末、少し減らそうか」
主任は、決まりを覚えていてくれた人です。
気にかけてくれて、ありがたい、と思わなければいけない人です。
なのに私は、その優しい声を聞いて、「覚えていてくれなくてよかったのに」と思ってしまいました。
声には出していません。
でも、心の中で、何かがずっと怒っていました。
夫の会社の家族手当にも、腹が立ちました。
夫は、何も悪くないのに。
でも、何よりもショックだったのは、主任の「年末、少し減らそうか」に、×が5つ並んだシフト表で腹を立てている自分がいたことでした。
こんにちは、順子です。
これまでの文章を読んでいただき、ありがとうございました。
ブログに書いてきたことは、紛れもない私の実体験です。
そして、私のまわりの仲間にも、実際に起きていることです。
時給が1,150円から1,210円に上がった翌月、シフト表の自分の欄に×が5つ並んだことはありますか?
時給が上がる喜び、夫の家族手当、増えない手取り……。
こんなことを書いたら不謹慎かもしれません。
でも、実際に自分の身に起きたからこそ、敢えて言わせてください。
まだ先かもしれない。まだ先だろう。
働ける日が減るなんて、もっとあとの話だろう。
そんなふうに思っていないでしょうか。
もし、そう思っていたら。あなたの未来は、もしかしたら予想よりも暗いものかもしれません。
なぜなら、この世界は、私たちが無防備なままリスクに直面するようにできているからです。
少なくとも、私は、自分の身を呪いました。
自分の浅はかさを呪いました。
だって、考えてみてください。
時給が上がれば、暮らしは楽になる。
一生懸命働けば、その分、返ってくる。
働いた分は、そのまま家計に入る。
そんな空気が、世の中に広がっていませんか?
これでなんとかなる。
働けば働くほど、暮らしは良くなる、と、私は思っていました。
でも、考えてみてください。
この「予定」がもし崩れてしまったら……と。
私の身に起きたことは、まさにそれでした。
時給が上がれば楽になると思っていたのは、運ではなく、ただの無知でした。
自分の弁護をするわけではないですが、念のために書かせてください。
私は、ぼんやりしていたわけではありません。
家族手当は、妻のパートが1年130万円まで、という決まりです。
その130万円の線は、知っていました。
主任にも、前に、自分から話していました。「130万円まで、って言ってたよね」と、主任が覚えていてくれるくらいに。
お弁当の工場で、週4日、朝から5時間半。
夫は57歳で、定年まで、あと3年です。
数字から目をそらしていたつもりは、ありません。
それでも、崩れたんです。
なぜなら、「時給が上がれば、その分、楽になる」という思い込みが、私にあったから。
時給が高くなるほど、その130万円の線に、早く届いてしまう。それを、私は考えたことがなかったから。
だってそうでしょう?
時給が上がるのは、いいことのはずです。
上がった時給のまま、年末まで働くと、130万円を少し超えてしまう。
それが、5つの×の理由でした。
減るのは、1時間1,210円で、5時間半、5日分。
およそ3万3,000円です。
時給は、上がりました。
でも、明細の手取りは、先月より少なく印字されていました。
しかも、減ったのは手取りだけではありません。
出ていくお金の日付は、時給が上がっても、減りません。
夫は57歳で、定年まであと3年。
その3年のあいだ、ずっと、130万円の線が家に一本あります。
その中で、主任に「130万円まで、って言ってたよね」と言われて、シフト表の私の欄に×が5つ並んで、手取りは先月より少なくて……。
あなたは、笑っていられますか?
本来なら、、本来なら、ですよ。
「時給が、1,150円から1,210円に上がった」
これは、喜ばしいことのはずです。
そして、
本来なら、、本来なら、ですよ。
主任が、決まりを覚えていて、私のシフトまで気にかけてくれるのも、ありがたいことだと。これも理解しています。
でも、私の中では、もう、それらは辛い出来事になってしまっていました。
少なくとも、午後に唐揚げを詰めながら、5日分の×を数えているあいだは、笑えませんでした。
夫には、笑って言いました。
「まあ、時給が上がっただけ、よかったよね」って。
顔は、笑っていたと思います。
でも、心の中では泣いていました。
60円上がった、と話しながら、腹が立っていました。
「なんでアンタたちに。」って思っていました。
「60円上げておいて、その先をふさぐなんて」と思っちゃっていました。
でも、同時に。
「ごめんね。ごめんね。主任も、あなたも、悪くないのに……こんな私で、許してね。」と泣いていました。
主任が悪いわけではありません。
夫が悪いわけでもありません。
なぜだかわかりますか?
理由はシンプルに、時給が上がったのに、その分、働ける日が減るからです。
働いていないわけじゃない。
朝から5時間半、週4日、お弁当を詰めてきた。
時給も、ちゃんと上がった。
でも、入る額は、増えるどころか、減った。
出ていくお金の日付は、何も減っていない。
たったこれだけ。
これで、私は、優しい主任の言葉にまで腹を立てる、嫌な人になりました。
もちろん、何もしなかったわけではありません。
順番に、できることを全部やってみました。
夫と電卓をたたいても、超えても抑えても、動かせる数字は私の手の中にありませんでした。
最初は、夫と電卓です。
夫と、電卓をたたきました。
130万円を超えた場合と、抑えた場合。
どちらも、計算しました。
でも、超えても、抑えても、動かせる数字は、私の手の中にありません。
決めているのは、夫の会社の決まりと、主任のシフト表です。
夫は、何も悪くありません。
夫の会社の決まりを、夫が変えられるわけでもありません。
電卓の数字は、きれいに出ました。
でも、きれいに出た数字は、どれを選んでも、3万3,000円が減る未来か、手取りが少ない未来かの、どちらかでした。
主任に「年末も、いつも通り入れませんか」と頼んでも、「決まりだから、ごめんね」と返ってきました。
次は、主任に頼むことです。
次の日、主任に聞きました。
「年末も、いつも通り入れませんか」
主任は、困った顔で、笑いました。
「そうしたいんだけどね」
「決まりだから、ごめんね」
私は、「そうですよね」としか、言えませんでした。
主任は、悪くありません。
一緒に働いてきた私のことを、気にかけてくれた人です。
その人にまで、無理を言えるわけがありません。
130万円の線は、主任の手の中にもありませんでした。
掛け持ちを考えても、130万円の線は家に一本で、工場のあとに別の職場へ行く余裕は私にありませんでした。
最後は、掛け持ちです。
もう一つ、別の職場でも働けば、足りない分は埋まるかもしれない。
そう思って、掛け持ちも考えました。
でも、どこで働いても、1年130万円の線は、家に一本です。
工場のあとに別の職場へ行くと、家のことが回らなくなります。
追いつくのは、お金ではなくて、私の毎日のほうでした。
しかも、時給が高い仕事ほど、同じ線に、早く届きます。
上がるほど、働ける時間が減ります。
夫と電卓をたたいても。
主任に頼んでも。
掛け持ちを考えても。
三つとも、×の5日を、シフト表から消してはくれませんでした。
入ってくるお金が減って、出ていくお金が変わらない、その構図の前で、私は地獄だと思いました。
「入ってくるお金 < 変わらずに出ていくお金」
この構図ができてしまったとき、あまりにも無力でした。
「入ってくるお金 < 変わらずに出ていくお金」
この構図は、本当に、地獄でした。
あなたは、時給が上がったはずの明細が、先月より少なく印字されているのを見たことがありますか?
時給が上がったとき、私は、すごくはしゃいでいました。
職場で「ねえ、聞いて、」「60円も上がったの」と、自分から話して回りました。
その自分が、今思うと、ただの無知なバカに見えて仕方がないです。
なんでなんだよ。あの時、なんてバカだったんだ。
もう本当に恥ずかしくて、情けなくて。
少しだけ、ご自分に当てはめてみてください
・10月に時給が1,150円から1,210円に60円上がった明細を見て、職場で「ねえ、聞いて、60円も上がったの」と、自分から話して回りました。
・主任に「130万円まで、って言ってたよね」と言われたあと、休憩室のシフト表の私の欄にだけ、11月と12月の×が5つ並んでいました。
・夫の家族手当は、妻のパートが1年130万円までと決まっているので、およそ3万3,000円が減るとわかっても、夫には笑って「よかったよね」と言いました。
ここまで読んで、もし一つでも重なったなら、そのあとの話も聞いてください。
工場に行く前に開いた件名は、今すぐと限定という言葉ばかりでした。
そんな時、「パート 時給 収入 増やす」と検索しました。
受信箱は、知らない名前で、ぎっしりです。件数は、数えていません。
顔を出す話。
毎日発信する話。
若い人に負けない話。
うさんくさくて、件名が叫んでいました。
「今すぐ」「限定」
消すだけで5分が終わって、やめかけました。
停止を押しても、別の名前から、また来ます。
私が探したかったのは、時給を上げる話ではありません。
130万円の線を、自分の側で見ておけるものでした。
すぐに、自分の思考を打ち消そうとしました。
なぜなら、そういう話は若い人たちのものだし、顔を出して毎日発信するなんて大変そうだし、お弁当の工場でパートをしている55歳のおばさんの私には、向いていないと思ったからです。
こんな目に遭うために、週4日、朝から5時間半、働いてきたんじゃない。
だってそうでしょう?
今さら顔を出して、今さら毎日発信して、なんてカッコ悪いし、
むしろ、そんなことをしなくていいように、一生懸命、パートで働いてきたんです。
今さら副業に手を出すなんて、これまでの自分の否定にも感じました。
……でも、
この×が5つを、
来月のシフト表まで見ているだけなのか。
およそ3万3,000円は、減ったままです。
時給は1,210円に上がっています。
週4日、朝から5時間半、通い続けてきたことも。
時給が上がるまで、一生懸命働いてきたことも。
130万円の線を、ちゃんと知っていたことも。
自分が欲しいものなんて後回しにして、
ワガママも飲み込んで、
いい妻・いい働き手・いい大人の道を選んできて、
その全ての努力が、5つの×の前で、無駄だと言われた。
この採点を、私は突きつけられたわけです。
なんだったんだ。私の毎日は。
なんだったんだ。「時給が上がれば大丈夫」と信じた私は。
そう考えたら、腹が立ちました。
申し訳ないですが、主任にも腹が立ちました。
「決まりだから、ごめんね」って、ごめんねで、3万3,000円は戻らないんです。
夫の会社の決まりにも、腹が立ちました。
130万円までって、誰が決めたんでしょう。私は、決めてません。
だってそうでしょう?
55歳で、時給も上がって、一生懸命働いているのに、
手取りは先月より少なくなって、
ここから、また一から暮らしを組み直せ。みたいな試練を、突きつけてきているわけですよ。
それでいて、返ってくるのは、「決まりだから、ごめんね」という言葉だけ。
私は、こんな目に遭うために、お弁当を詰めてきたんじゃない。
このまま、130万円の線の内側で暮らし続けて、行き詰まったら、私はきっと誰かを恨む。
優しい主任の言葉まで、恨んでしまう。
シフト表の私の欄には、×が5つです。
時給は60円上がって、手取りはおよそ3万3,000円減りました。
これで、ずっと、自分の自滅を待つのか。
そう思ったら、私は、やりきれない。
待ってられない。
なんだったら、暴れ散らかして周りに迷惑をかけてやる。
ダメな妻だと笑えばいい。
ダメな働き手だと笑えばいい。
55歳になって何やってんのと、嘲笑えばいい。
私は、もう誰かのために生きることはやめる。
私は、私のために生きる。
だって、私の人生なんだし。
なんか間違ってますか?
私は、130万円の線の内側で、夫の会社の決まりに合わせて、自分のための人生を、生きていませんでした。
それを認めることにしました。
自分のために、もっと稼ぎたいと、言わなかった。
自分のために、線の外側を、見ようとしなかった。
それを認めることにしました。
そして、×が5つ並んだ、今。
私は、再スタートを切る。
他でもない、私自身のために。
そう決めました。
×が5つのシフト表を見ないでいるのをやめて、私は副業の話を閉じるのをやめました
笑っちゃいますよね。
私は、絶対に副業をしない人間だと思っていたのに。
私は副業を、胡散臭いなとずっと敬遠していました。
若い人がするものだと思っていました。
パートの時給が上がっていけば、人生を逃げ切るんだと思っていました。
私は、堅実な人間だと思っていました。
でも、その気持ちを全部捨てました。
なぜなら、お金が、足りなかったから。
夫を守るために。
手取りを守るために。
自分の心を守るために。
情けないですが、「時給が上がれば大丈夫」としか考えていなかった、アホなおばさんでした。
お金は大事だと分かっていたくせに、増やすことから目をそらしていました。
一番、自分を叱りたいくらい反省したのは、お金を「増やす」ことから、逃げていたことです。
〇:お金を貯金する
〇:慎ましい生活をする
〇:先を見据えてお金を残す
これらが、堅実な・賢い生き方だと思っていました。
でも、今だからわかります。
これは、ただの飼い殺しにされる生き方でした。
これは、この文章を読んでいるほとんどの人に、当てはまるはずです。
なぜなら、時給が上がるあいだは、「増やす」なんて、一度も考えなかったから。
それでも、夫の会社の決まりという、自分ではコントロールできないことで、
「入ってくるお金 < 変わらずに出ていくお金」
この状態が作られてしまったら、、、
賢く・堅実に生きてきたはずの暮らしは、
時給が上がれば安心、と思っていた暮らしは、×が5つと、およそ3万3,000円の減りの前で、崩れました。
本当に、アホなおばさんです。
昔の自分を呪って呪って、呪って。
悔しくて悔しくて、、
何度泣いたかわかりません。
もっと早く、お金を増やすことを考えていたらよかった。
賢く生きる。この言葉を、もっと見直すべきでした。
こんな言葉を、ずっとずっとずっと、考えていました。
なぜなら、もう私は55歳だからです。
しかも、知識だってありません。
今さらスタートするの?
若い人たち相手に?
そう考えたら、本当に怖かった。
でも、私は、進む方を選びました。
正直、あなたが何歳だろうと、もしここまで読んでいるなら、
「進め」と言いたいです。
なぜなら、あなたの人生で一番若い瞬間は、いまだから。
そして、あなたの暮らしを支えるのは、
国でも、職場でも、
夫の会社の決まりでもなく、
「あなた自身」しかいないから。
これを見つめることから、私は逃げていた。
その事実を、受け入れることにしました。
物販、当然無理です。
むしろ、何を売ったらいいのか。そんなことすら想像がつきませんでした。
転売、当然無理です。
まず在庫を抱えるお金もないし、在庫を置くスペースもありません。
アフィリエイト、当然無理です。
まずSNSやブログで、記事を大量に用意したり投稿を大量に用意する時点で無理です。
SNSの運用代行なども当然無理です。
そもそも最新のSNSの動向を追い続けないといけない時点で無理でした。
FXやトレード、当然無理です。
グラフの上がり下がりとかを読む、ローソク足がとか、そんなことの全てに吐き気を感じました。
YouTubeがいいだとか、TikTokがいいだとか、
そんな話も大量に聞きました。
当然無理です。そもそも、これらは若い人との勝負な訳で、私にはできる気がしませんでした。
そして、最新のAIも無理でした。
AIって聞いたら楽な話に聞こえるじゃないですか。
でも、すでにAIが楽な時代は終わっていて、ClaudeコードだのCodexだの、よくわからない構造体がたくさんあって、
これを管理できる頭が必要で、かつ、API(使った分だけ、お金がかかる)仕組みの中での話でした。
知識もないのに、いきなり使った分だけお金がかかる。。これって怖くないですか?
その辺の若造から、何度も『使った分だけしかお金がかからないから大丈夫ですよ。』なんて言われたのですが、
実際、私の知人はその話を鵜呑みにした結果、10万以上の請求をされていました。
AI、怖い。
またしても、、、
またしても、光を奪われるのか。
せっかく「人生で初めて、私の人生を生きるんだ。」と決められたのに。
決心は、年齢によって潰されるのか。。。
そうがっかりしていました。
そんな中で、たった1人だけ
〇:競争なんてしなくていい
〇:顔出しもしなくていい
〇:在庫も抱えなくていい
〇:隙間時間でコツコツしたらいい
〇:才能も知識もいらない
〇:老若男女とわない
というスタイルで、運営している人を見つけました。
最初は、あまりにもウマイ話に見えてしまって、正直私は毛嫌いしていました。もっとも遠ざけていた人といっても過言ではないです。
ただ、先ほども書いたとおり、
巷の副業は、全て無理でした。
物販も転売も、
アフィリエイトも、
SNSの運用代行も、
FXやトレードも、
YouTubeもTikTokも、
全部「無理」です。
私にそんな能力なんてありません。
新しい能力を身につけず、お金を稼ぐ必要がありました。
これが、私がその人から学ぶことを決意した理由です。
あなたはどうでしょう。
・新しいことを学べますか?
・新しいAIを使って、最先端のことで、若い世代と戦えますか?
・トレードなどの複雑なグラフを見れますか?
・転売ヤーと揶揄されながら、仕入れ活動に奔走できますか?
もし、これらが無理なら、あなたは私と同じです。
競わず・新しい能力をつけず・過去の積み上げたもので、なんとか食っていく必要がある。
そんな立場の人です。
その立場の人にとって、私が学んだ人は最適です。
なぜなら、こんなことを言っていたからです。
(1)努力は1度でいい
(2)元手不要、在庫抱えなくていい
(3)才能不要、実績不要、年齢も問わない
と。
さらにこんな事も言ってました。
毎日の労働は、川(会社)に、カバンというバケツを持って水を汲みにいく作業だ。と。
でも、バケツだからこそ手を止めたら終わりだし、バケツを取り上げられたら終わりである。
これがクビという現象であり、毎日の出社が必然とされているわけだが、
もし、ここで水路を作れたらどうだろう。
水路を作ったら、水道を作ったら、蛇口を撚れば水が出る。そんな構造が完成する。
もし、あなたがバケツ・一生労働型でいいならそれもいい。
ただ、水道を作ったら、水路を作ったら、あなたは一生の苦悩から解放される。と。
さて。ここであなたに問います。
今、あなたは、どんな気持ちでこの文章を読んでいるでしょう。
少なくない人が、心にガードをして読んでいるはずです。
昔の私も同じでした。
ただ、自分が同じだったからこそ、あえて言わせてください。
「あなたは、バカですか?」と。
なぜなら、私は、飼い殺しにされてきた自分の人生を後悔しているからです。
私は、挑戦をしないことを堅実だと思っていました、
息を潜めて、手のひらに乗る幸せを、必死に握りしめて、
1粒たりとも、幸せの砂をこぼさない生き方をすること。
これが、いい大人になることだと思っていました。
これが、賢く生きるってことだと思っていました。
でも、私は、そんな「賢く生きる」というイメージに、人生を潰されかけかけました。
というか、潰されました。
今だから思います。
「お金が大事だとわかってるくせにお金に直視するのを避けてる自分」を殺してよかったと。
なぜなら、働いている段じゃないからです。
55歳で、お弁当の工場に、週4日、朝から5時間半、通っています。
10月に時給が1,150円から1,210円になりました。翌月のシフトは、自分の欄だけ×が5つです。
主任は「このままだと超えちゃうから、年末、少し減らそうか」と言いました。およそ3万3,000円は、減ったままです。
となった時、私は「時間を使わず、お金を得る」ことを絶対に習得すべきでした。
ってことを書いているのに、
「心をガードして、斜に構えている」とするなら。
それは、ね。
バカですよ。
理由?理由はあります。ちゃんとあります。
日本海溝より深い理由があります。
なぜなら、人生は短いからです。
考えてみてください。
あなたの大切な人との時間、刻一刻と減っています。
あなたの人生も、毎日終わりに向かって進んでいます。
本当に、大事にすべきことは、ここでは?
お金が全てではない。
そんなこと当然知っています。
でも、だから稼ぐんですよ。
なぜなら、お金がないことで、
「残りあとわずかな、あなたと・大事な人との人生」を潰すからです。
棒に振るってしまうからです。
お金がないから、治療費を削ります。
お金がないから、介護代を削ります。
お金がないから、施設に入れて上げられないです。
・・・ね。
お金が全てではない。って言ってるあなた。
あなたは、その言葉の裏で「大事な人へのベストな選択肢」を捨ててるんです。
これって、悲しくない?
そう考えた時、私は、人生を変えたい。
こんな人生リセットしたい。
そう強く思いました。
ちなみに、私が学ぶことを決意した人のメールはこれです。
毎月、リアルでの作業会もしていらっしゃいます。
ネットの虚像・虚構ではなく、生身で会える・嘘偽りのない人です。
きっかけをくれた人のメールを、
同じように読むことができます。
この文章を書いた理由
いま私は、自分の苦しかった過去を踏まえて、もう2度と昔の私のような人を出さないための活動をしています。
私は、過去の私を強く恥じています。
後悔しています。
主任の「年末、少し減らそうか」を聞いたとき、「覚えていてくれなくてよかったのに」と思っていたことを、恥じています。
時給は60円上がって、1,210円です。×は5つのまま。およそ3万3,000円は、減ったままです。
夫には笑って「よかったよね」と言ったあとも、シフト表の×は残っています。
だから、×を消さないまま、主任の前で言える自分でいたい。そう思っています。
この、当たり前のことを当たり前にできない社会です。
だったらせめて、私が手を伸ばせる人には伸ばしたい。
自分が辛かったからこそ、これをちゃんと叫びたい。そう思っています。
ほとんどの場合、あなたは昔の私と同じように
「バケツ型」の人生のはずです。
一度でいいから、本気で「もし、水路的な」お金が入ったら。と心の底から強く思ってみてください。
もし、雇われず・国に、会社に、他人に頼らず、
3万でも、5万でも10万でも入っていたら。と。
決して、私は大金持ちになりたいとは思わないです。
でも、、、
もし、朝起きたら、10万、20万とか入っていたら。と。
もし、そんな奇跡が毎月、毎日、続いたら・・と。
こっちの人生は、心の底から欲しいと思います。
なぜなら、そんな毎日が続いたら、
大切な人との時間を、
大切な人の「もしも」を、
この手で、大事にすることができるからです。
頑張って就職をして、子育てをして、ようやく自由が。
そんな時に、また新たなお世話問題が。
そんなことでまた人生を費やす。こんなバカなことがあっていいのでしょうか。
バカなことって書いたら言葉が悪いですが、でも、そうでしょう?
だって私たちの人生は、私たちのものなんだから。
私たちは、家族の世話のために生まれたんじゃなくて、私たちの人生を生きるために生まれてきてるんです。
これも、きっかけをくれた人の受け売りなんですけどね。笑
でも、そうだと思うんです。
私たちの人生を、私たちの手に取り戻す。
この当たり前の幸せを手放さないために。
その気持ちで、きっかけをくれた人との運営に力を注いでいます。
この文章が、少しでも多くの人の希望になったら嬉しいです。
順子
もう一度だけ。
きっかけをくれた人のメールは、
こちらから読めます。