玄関のポストに、見覚えのある茶封筒。
自分の字の宛名です。
1通目、2通目と同じ封筒が、3通目も戻ってきました。
ポストの前で、しばらく立っていました。
中身は、分かりました。
それでも封を切って、自分の履歴書を取り出しました。
8月の最後、同僚に言ったんです。
「すぐ決まりますから、心配しないでね」
そう言って、笑顔で、席を片づけました。
その笑顔が、いちばん恥ずかしい。
これは、私の恥ずかしい告白です。
最後の日、課長が言ってくれました。
「浩子さんなら、どこでもやっていけるよ」
夫も言ってくれました。
「まだ若いんだから、すぐ見つかるよ」
どちらも、私を励ますための、あたたかい言葉です。
ありがたい、と思わなければいけない言葉です。
なのに、茶封筒が一通戻るたびに、その二つの言葉が、頭の中で棘になりました。
「どこでもやっていけるんじゃなかったの」と。
「すぐ見つかるんじゃなかったの」と。
声には出していません。
でも、心の中で、何かがずっと怒っていました。
そして、「心配しないでね」と笑って言った自分の見栄にも、腹が立っていました。
でも、何よりもショックだったのは、「どこでもやっていける」「すぐ見つかる」に、戻ってきた履歴書で腹を立てている自分がいたことでした。
こんにちは、浩子です。
これまでの文章を読んでいただき、ありがとうございました。
ブログに書いてきたことは、紛れもない私の実体験です。
そして、私のまわりの仲間にも、実際に起きていることです。
月給21万円の仕事が終わって、時給1,150円の求人ばかりが並び、履歴書が3通戻ってきたことはありますか?
契約の満了、戻ってくる履歴書、家計の半分を支えていた月給……。
こんなことを書いたら不謹慎かもしれません。
でも、実際に自分の身に起きたからこそ、敢えて言わせてください。
まだ先かもしれない。まだ先だろう。
自分の履歴書が戻ってくるなんて、もっとあとの、もっと別の人の話だろう。
そんなふうに思っていないでしょうか。
もし、そう思っていたら。あなたの未来は、もしかしたら予想よりも暗いものかもしれません。
なぜなら、この世界は、私たちが無防備なままリスクに直面するようにできているからです。
少なくとも、私は、自分の身を呪いました。
自分の浅はかさを呪いました。
だって、考えてみてください。
経験があれば、また仕事は見つかる。
事務を30年やってきたなら、どこへ行っても通用する。
探せば、暮らしはそのまま続いていく。
そんな空気が、世の中に広がっていませんか?
これでなんとかなる。
経験さえあれば、次もすぐ決まる、と、私は思っていました。
でも、考えてみてください。
この「予定」がもし崩れてしまったら……と。
私の身に起きたことは、まさにそれでした。
30年の経験があればどこでも通用すると思っていたのは、運ではなく、ただの無知でした。
自分の弁護をするわけではないですが、念のために書かせてください。
私は、ぼんやりしていたわけではありません。
事務は、30年以上やってきました。
5年の契約も、満了の8月まで勤め上げました。
月給は21万円で、夫が65歳で年金暮らしの今、私の月給は、家計の半分近くを支えていました。
経験がなくなったわけでは、ありません。
30年以上の事務の経験は、今も、私の中にあります。
それでも、崩れたんです。
なぜなら、「経験があれば、同じくらいの仕事が見つかる」という思い込みが、私にあったから。
経験の長さと、求人票に書かれる時給は、別の話だということを、私は知らなかったから。
だってそうでしょう?
9月、60代の事務の求人を探しました。
見つかったのは、週4日、1日5時間。時給は1,150円。
月にして、10万円ほどです。
21万円の月給と並べると、差は11万円。
1年で、132万円です。
紙の上では、半分以下になりました。
しかも、求人の話だけではないんです。
その求人と、ほかの2社。
履歴書を3通出して、3通とも、戻ってきました。
夫は、年金暮らしです。
私の月給が、家計の半分近くだったので、毎月、貯金を崩す計算になります。
その中で、課長に「どこでもやっていけるよ」と言われて、夫に「すぐ見つかるよ」と言われて、ポストには自分の字の茶封筒が戻ってきて……。
あなたは、笑っていられますか?
本来なら、、本来なら、ですよ。
「浩子さんなら、どこでもやっていけるよ」
「まだ若いんだから、すぐ見つかるよ」
これらの言葉は、本来、嬉しい言葉のはずです。
そして、
本来なら、、本来なら、ですよ。
5年の契約を最後まで勤め上げて、笑顔で席を片づけられたことも、誇っていいことなんだと。これも理解しています。
でも、私の中では、もう、それらは辛い出来事になってしまっていました。
少なくとも、「ありがとうございます」と、素直に励ましを受け取れませんでした。
顔は、笑っていたと思います。8月の最後も、そうでした。
でも、心の中では泣いていました。
笑顔で席を片づけながら、腹が立っていました。
「なんでアンタたちに。」って思っていました。
「そんなに簡単に言うけど、私の履歴書は戻ってきているのに」と思っちゃっていました。
でも、同時に。
「ごめんね。ごめんね。心配をかけて、こんな私で……許してね。」と泣いていました。
課長も、夫も、悪くありません。
私を励まそうとしてくれた、それだけの人たちです。
なぜだかわかりますか?
理由はシンプルに、月給21万円が、求人の月10万円ほどに、半分以下になったからです。
働いていないわけじゃない。
事務を30年以上やってきた。
5年の契約を、最後まで勤め上げた。
でも、入るお金が、半分以下になる。
家計の半分近くを支えていた月給が、なくなった。
たったこれだけ。
これで、私は、励ましの言葉に棘を立てる、嫌な人になりました。
もちろん、何もしなかったわけではありません。
順番に、できることを全部やってみました。
経験の順番を並べ替えて書き直しても、3通の茶封筒は戻ってきました。
最初は、履歴書です。
1通目は、週4日、1日5時間、時給1,150円の求人でした。
2通目と3通目は、ほかの2社です。
経験を並べ替えて、書き直しました。
探し直して、別の会社にも出しました。
でも、3通とも、戻ってきました。
封筒は、自分の字の宛名のまま、ポストの中にありました。
事務の経験は、30年以上あります。
それなのに、紙の上では、時給1,150円という数字にしかなりませんでした。
30年の中身は、求人の上では、届きませんでした。
窓口は丁寧に求人を並べてくれましたが、どの求人にも同じような時給が並んでいました。
次は、窓口です。
窓口の人は、丁寧でした。
事務の求人を、いくつも並べてくれました。
どの求人にも、同じような時給が並んでいました。
うなずくしか、ありませんでした。
窓口の人が悪いのではありません。
60代の事務の時給が、そのあたりに並んでいる。ただ、それだけのことです。
並べてもらった求人のどれを選んでも、月給21万円には、届きませんでした。
夫に「まだ若いんだから、すぐ見つかるよ」と言われても、毎月貯金を崩す計算は変わりませんでした。
最後は、夫です。
「まだ若いんだから、すぐ見つかるよ」
夫は、そう言ってくれました。
でも、電卓で何度計算しても、毎月、貯金を崩す計算になります。
夫は、年金暮らしです。
私の月給が、家計の半分近くだったからです。
夫の励ましは、本当にありがたかったです。
でも、励ましで、11万円の差は埋まりません。
履歴書を書き直しても。
窓口で求人を並べてもらっても。
夫に励ましてもらっても。
三つとも、11万円の差を、埋めてはくれませんでした。
入ってくるお金が半分以下になっても、出ていくお金は変わらない、その構図の前で、私は地獄だと思いました。
「入ってくるお金 < 変わらずに出ていくお金」
この構図ができてしまったとき、あまりにも無力でした。
「入ってくるお金 < 変わらずに出ていくお金」
この構図は、本当に、地獄でした。
あなたは、自分の字で宛名を書いた茶封筒が、一通ずつポストに戻ってくるのを見たことがありますか?
月給21万円をもらっていたころは、すごく安心していました。
課長の「どこでもやっていけるよ」を信じて、同僚に「すぐ決まりますから、心配しないでね」と、笑顔で言いました。
その自分が、今思うと、ただの無知なバカに見えて仕方がないです。
なんでなんだよ。あの時、なんてバカだったんだ。
もう本当に恥ずかしくて、情けなくて。
少しだけ、ご自分に当てはめてみてください
・5年の契約が8月で満了になる日、同僚に「すぐ決まりますから、心配しないでね」と笑顔で言って、自分の席を片づけたことがあります。
・月給21万円だった事務の仕事の代わりに、時給1,150円で週4日、1日5時間、月に10万円ほどの求人しか見つからず、11万円の差を数えました。
・自分の字で宛名を書いた履歴書の茶封筒が、1通目も2通目も3通目も、玄関のポストに戻ってきたのを、順番に手に取りました。
ここまで読んで、もし一つでも重なったなら、そのあとの話も聞いてください。
台所で開いた件名は、顔を出して勝負する話ばかりでした。
そんな時、台所で、「60代 収入 増やす」と検索しました。
受信箱は、知らない名前で、埋まりました。件数は、数えていません。
顔を出す話。
毎日更新する話。
若い人に混ざる話。
うさんくさくて、件名だけで閉じる日が増えました。
停止しても、別の名前から、また届きます。
そのまま、やめかけました。
私が探したかったのは、経験が通る話ではありません。
月10万円との差を、自分の側で見ておけるものでした。
すぐに、自分の思考を打ち消そうとしました。
なぜなら、そういう話は若い人たちのものだし、顔を出して毎日更新するなんて大変そうだし、62歳の事務のおばさんの私には、向いていないと思ったからです。
こんな目に遭うために、30年以上、事務をしてきたんじゃない。
だってそうでしょう?
今さら顔を出して、今さら若い人に混ざって、なんてカッコ悪いし、
むしろ、そんなことをしなくていいように、経験を積んで、堅実にやってきたんです。
今さら副業に手を出すなんて、30年の自分の否定にも感じました。
……でも、
戻ってきた茶封筒を、3通とも、
また引き出しにしまうだけなのか。
月給21万円は、もう入ってきません。
求人に並んでいたのは、時給1,150円、月10万円ほどです。
事務を30年以上やってきたことも。
5年の契約を、最後まで勤め上げたことも。
家計の半分近くを、毎月の月給で支えてきたことも。
自分が欲しいものなんて後回しにして、
ワガママも飲み込んで、
いい社員・いい妻・いい大人の道を選んできて、
その全ての努力が、戻ってきた茶封筒3通の前で、無駄だと言われた。
この採点を、私は突きつけられたわけです。
なんだったんだ。私の30年は。
なんだったんだ。「経験があれば大丈夫」と信じた私は。
そう考えたら、腹が立ちました。
申し訳ないですが、課長にも腹が立ちました。
「どこでもやっていけるよ」って、やっていけてないじゃない。
夫にも腹が立ちました。
「すぐ見つかるよ」って、3通戻ってきているのに。
だってそうでしょう?
62歳で、5年の契約が終わって、
月給は半分以下の求人しかなくて、
ここから、また裸一貫で次を探せ。みたいな試練を、突きつけてきているわけですよ。
それでいて、返ってくるのは、「どこでもやっていけるよ」「すぐ見つかるよ」という言葉だけ。
私は、こんな目に遭うために、30年以上、事務を続けてきたんじゃない。
このまま、毎月貯金を崩し続けて、行き詰まったら、私はきっと誰かを恨む。
励ましてくれた夫の言葉まで、恨んでしまう。
ポストに戻ってきたのは、自分の字の茶封筒が3通です。
月給21万円と、月10万円ほどの求人の差は、埋まりません。
これで、ずっと、自分の自滅を待つのか。
そう思ったら、私は、やりきれない。
待ってられない。
なんだったら、暴れ散らかして周りに迷惑をかけてやる。
ダメな妻だと笑えばいい。
ダメな働き手だと笑えばいい。
62歳になって何やってんのと、嘲笑えばいい。
私は、もう誰かのために生きることはやめる。
私は、私のために生きる。
だって、私の人生なんだし。
なんか間違ってますか?
私は、30年以上、会社のために事務をして、家計の半分を支えて、自分のための人生を、生きていませんでした。
それを認めることにしました。
自分のために、自分の値段を、言わなかった。
自分のために、履歴書の外の自分を、出さなかった。
それを認めることにしました。
そして、茶封筒が3通戻ってきた、今。
私は、再スタートを切る。
他でもない、私自身のために。
そう決めました。
戻ってきた3通を引き出しにしまうのをやめて、私は副業の話を閉じるのをやめました
笑っちゃいますよね。
私は、絶対に副業をしない人間だと思っていたのに。
私は副業を、胡散臭いなとずっと敬遠していました。
若い人がするものだと思っていました。
事務の経験があれば、人生を逃げ切るんだと思っていました。
私は、堅実な人間だと思っていました。
でも、その気持ちを全部捨てました。
なぜなら、お金が、足りなかったから。
夫を守るために。
家計の半分を守るために。
自分の心を守るために。
情けないですが、「経験があれば大丈夫」としか考えていなかった、アホなおばさんでした。
お金は大事だと分かっていたくせに、増やすことから目をそらしていました。
一番、自分を叱りたいくらい反省したのは、お金を「増やす」ことから、逃げていたことです。
〇:お金を貯金する
〇:慎ましい生活をする
〇:先を見据えてお金を残す
これらが、堅実な・賢い生き方だと思っていました。
でも、今だからわかります。
これは、ただの飼い殺しにされる生き方でした。
これは、この文章を読んでいるほとんどの人に、当てはまるはずです。
なぜなら、月給21万円が毎月入っているあいだは、「増やす」なんて、一度も考えなかったから。
それでも、契約満了という、自分ではコントロールできないことで、
「入ってくるお金 < 変わらずに出ていくお金」
この状態が作られてしまったら、、、
賢く・堅実に生きてきたはずの暮らしは、
月給21万円が続くと思っていた暮らしは、戻ってきた3通と、月10万円ほどの求人の前で、崩れました。
本当に、アホなおばさんです。
昔の自分を呪って呪って、呪って。
悔しくて悔しくて、、
何度泣いたかわかりません。
もっと早く、お金を増やすことを考えていたらよかった。
賢く生きる。この言葉を、もっと見直すべきでした。
こんな言葉を、ずっとずっとずっと、考えていました。
なぜなら、もう私は62歳だからです。
しかも、知識だってありません。
今さらスタートするの?
若い人たち相手に?
そう考えたら、本当に怖かった。
でも、私は、進む方を選びました。
正直、あなたが何歳だろうと、もしここまで読んでいるなら、
「進め」と言いたいです。
なぜなら、あなたの人生で一番若い瞬間は、いまだから。
そして、あなたの暮らしを支えるのは、
国でも、会社でも、
夫の励ましでもなく、
「あなた自身」しかいないから。
これを見つめることから、私は逃げていた。
その事実を、受け入れることにしました。
物販、当然無理です。
むしろ、何を売ったらいいのか。そんなことすら想像がつきませんでした。
転売、当然無理です。
まず在庫を抱えるお金もないし、在庫を置くスペースもありません。
アフィリエイト、当然無理です。
まずSNSやブログで、記事を大量に用意したり投稿を大量に用意する時点で無理です。
SNSの運用代行なども当然無理です。
そもそも最新のSNSの動向を追い続けないといけない時点で無理でした。
FXやトレード、当然無理です。
グラフの上がり下がりとかを読む、ローソク足がとか、そんなことの全てに吐き気を感じました。
YouTubeがいいだとか、TikTokがいいだとか、
そんな話も大量に聞きました。
当然無理です。そもそも、これらは若い人との勝負な訳で、私にはできる気がしませんでした。
そして、最新のAIも無理でした。
AIって聞いたら楽な話に聞こえるじゃないですか。
でも、すでにAIが楽な時代は終わっていて、ClaudeコードだのCodexだの、よくわからない構造体がたくさんあって、
これを管理できる頭が必要で、かつ、API(使った分だけ、お金がかかる)仕組みの中での話でした。
知識もないのに、いきなり使った分だけお金がかかる。。これって怖くないですか?
その辺の若造から、何度も『使った分だけしかお金がかからないから大丈夫ですよ。』なんて言われたのですが、
実際、私の知人はその話を鵜呑みにした結果、10万以上の請求をされていました。
AI、怖い。
またしても、、、
またしても、光を奪われるのか。
せっかく「人生で初めて、私の人生を生きるんだ。」と決められたのに。
決心は、年齢によって潰されるのか。。。
そうがっかりしていました。
そんな中で、たった1人だけ
〇:競争なんてしなくていい
〇:顔出しもしなくていい
〇:在庫も抱えなくていい
〇:隙間時間でコツコツしたらいい
〇:才能も知識もいらない
〇:老若男女とわない
というスタイルで、運営している人を見つけました。
最初は、あまりにもウマイ話に見えてしまって、正直私は毛嫌いしていました。もっとも遠ざけていた人といっても過言ではないです。
ただ、先ほども書いたとおり、
巷の副業は、全て無理でした。
物販も転売も、
アフィリエイトも、
SNSの運用代行も、
FXやトレードも、
YouTubeもTikTokも、
全部「無理」です。
私にそんな能力なんてありません。
新しい能力を身につけず、お金を稼ぐ必要がありました。
これが、私がその人から学ぶことを決意した理由です。
あなたはどうでしょう。
・新しいことを学べますか?
・新しいAIを使って、最先端のことで、若い世代と戦えますか?
・トレードなどの複雑なグラフを見れますか?
・転売ヤーと揶揄されながら、仕入れ活動に奔走できますか?
もし、これらが無理なら、あなたは私と同じです。
競わず・新しい能力をつけず・過去の積み上げたもので、なんとか食っていく必要がある。
そんな立場の人です。
その立場の人にとって、私が学んだ人は最適です。
なぜなら、こんなことを言っていたからです。
(1)努力は1度でいい
(2)元手不要、在庫抱えなくていい
(3)才能不要、実績不要、年齢も問わない
と。
さらにこんな事も言ってました。
毎日の労働は、川(会社)に、カバンというバケツを持って水を汲みにいく作業だ。と。
でも、バケツだからこそ手を止めたら終わりだし、バケツを取り上げられたら終わりである。
これがクビという現象であり、毎日の出社が必然とされているわけだが、
もし、ここで水路を作れたらどうだろう。
水路を作ったら、水道を作ったら、蛇口を撚れば水が出る。そんな構造が完成する。
もし、あなたがバケツ・一生労働型でいいならそれもいい。
ただ、水道を作ったら、水路を作ったら、あなたは一生の苦悩から解放される。と。
さて。ここであなたに問います。
今、あなたは、どんな気持ちでこの文章を読んでいるでしょう。
少なくない人が、心にガードをして読んでいるはずです。
昔の私も同じでした。
ただ、自分が同じだったからこそ、あえて言わせてください。
「あなたは、バカですか?」と。
なぜなら、私は、飼い殺しにされてきた自分の人生を後悔しているからです。
私は、挑戦をしないことを堅実だと思っていました、
息を潜めて、手のひらに乗る幸せを、必死に握りしめて、
1粒たりとも、幸せの砂をこぼさない生き方をすること。
これが、いい大人になることだと思っていました。
これが、賢く生きるってことだと思っていました。
でも、私は、そんな「賢く生きる」というイメージに、人生を潰されかけかけました。
というか、潰されました。
今だから思います。
「お金が大事だとわかってるくせにお金に直視するのを避けてる自分」を殺してよかったと。
なぜなら、働いている段じゃないからです。
62歳です。事務は30年以上。5年の契約は、8月で満了しました。月給は21万円でした。
9月に並んだ求人は、週4日、1日5時間、時給1,150円。21万円と並べると、差は11万円です。
履歴書は3通出して、3通とも戻ってきました。夫は「まだ若いんだから、すぐ見つかるよ」と言いました。
となった時、私は「時間を使わず、お金を得る」ことを絶対に習得すべきでした。
ってことを書いているのに、
「心をガードして、斜に構えている」とするなら。
それは、ね。
バカですよ。
理由?理由はあります。ちゃんとあります。
日本海溝より深い理由があります。
なぜなら、人生は短いからです。
考えてみてください。
あなたの大切な人との時間、刻一刻と減っています。
あなたの人生も、毎日終わりに向かって進んでいます。
本当に、大事にすべきことは、ここでは?
お金が全てではない。
そんなこと当然知っています。
でも、だから稼ぐんですよ。
なぜなら、お金がないことで、
「残りあとわずかな、あなたと・大事な人との人生」を潰すからです。
棒に振るってしまうからです。
お金がないから、治療費を削ります。
お金がないから、介護代を削ります。
お金がないから、施設に入れて上げられないです。
・・・ね。
お金が全てではない。って言ってるあなた。
あなたは、その言葉の裏で「大事な人へのベストな選択肢」を捨ててるんです。
これって、悲しくない?
そう考えた時、私は、人生を変えたい。
こんな人生リセットしたい。
そう強く思いました。
ちなみに、私が学ぶことを決意した人のメールはこれです。
毎月、リアルでの作業会もしていらっしゃいます。
ネットの虚像・虚構ではなく、生身で会える・嘘偽りのない人です。
きっかけをくれた人のメールを、
同じように読むことができます。
この文章を書いた理由
いま私は、自分の苦しかった過去を踏まえて、もう2度と昔の私のような人を出さないための活動をしています。
私は、過去の私を強く恥じています。
後悔しています。
同僚に「すぐ決まりますから、心配しないでね」と笑って席を片づけたあと、戻った3通を棚に置いたまま腹を立てていたことを、恥じています。
月給21万円の席は、8月で終わりました。時給1,150円の求人と並べた差は、11万円のままです。
夫の「まだ若いんだから、すぐ見つかるよ」のあとも、3通は戻ったままです。
だから、3通を棚から降ろさないまま、夫の前で言える妻でいたい。そう思っています。
この、当たり前のことを当たり前にできない社会です。
だったらせめて、私が手を伸ばせる人には伸ばしたい。
自分が辛かったからこそ、これをちゃんと叫びたい。そう思っています。
ほとんどの場合、あなたは昔の私と同じように
「バケツ型」の人生のはずです。
一度でいいから、本気で「もし、水路的な」お金が入ったら。と心の底から強く思ってみてください。
もし、雇われず・国に、会社に、他人に頼らず、
3万でも、5万でも10万でも入っていたら。と。
決して、私は大金持ちになりたいとは思わないです。
でも、、、
もし、朝起きたら、10万、20万とか入っていたら。と。
もし、そんな奇跡が毎月、毎日、続いたら・・と。
こっちの人生は、心の底から欲しいと思います。
なぜなら、そんな毎日が続いたら、
大切な人との時間を、
大切な人の「もしも」を、
この手で、大事にすることができるからです。
頑張って就職をして、子育てをして、ようやく自由が。
そんな時に、また新たなお世話問題が。
そんなことでまた人生を費やす。こんなバカなことがあっていいのでしょうか。
バカなことって書いたら言葉が悪いですが、でも、そうでしょう?
だって私たちの人生は、私たちのものなんだから。
私たちは、家族の世話のために生まれたんじゃなくて、私たちの人生を生きるために生まれてきてるんです。
これも、きっかけをくれた人の受け売りなんですけどね。笑
でも、そうだと思うんです。
私たちの人生を、私たちの手に取り戻す。
この当たり前の幸せを手放さないために。
その気持ちで、きっかけをくれた人との運営に力を注いでいます。
この文章が、少しでも多くの人の希望になったら嬉しいです。
浩子
もう一度だけ。
きっかけをくれた人のメールは、
こちらから読めます。