明美のブログ「12年通った本屋の入口に、閉店のお知らせが貼られた日」から来てくださった方へ
12年通った店の入口に、閉店のお知らせが貼られました。

パート 月8万5,000円

閉店 10月31日

12年通った本屋の入口に、閉店のお知らせが貼られた時、 私は、、、 目の前が真っ暗になりました。

10月のはじめ、シャッターを上げたら、
入口のガラスに、紙が1枚貼ってありました。

「閉店のお知らせ」
閉店は、10月31日。

12年、毎朝あけてきた扉です。
その紙の前で、鍵を持ったまま、動けませんでした。

お昼前、レジの横で、店長が言いました。
「長いあいだ、本当にありがとう」

その言葉は、まっすぐ受け取りました。

でも、受け取ったあとに、頭に浮かんだのは、11月の家賃の引き落とし日でした。
パートは月8万5,000円。その8万5,000円は、11月から入りません。

これは、私の恥ずかしい告白です。

店長の「長いあいだ、本当にありがとう」は、12年分の、本当の気持ちです。
聞いて、嬉しいと思わなければいけない言葉です。

なのに私は、その言葉を聞いて、「ありがとうで、家賃が払えるの」と思ってしまいました。
声には出していません。
でも、心の中の何かが、店長の言葉に向かって、ちくりと棘を出していました。

12年、お客さんの顔を覚えて、本にカバーをかけてきました。
好きな本も、ありました。
全部、大切だったはずなんです。

でも、何よりもショックだったのは、店長の「ありがとう」を聞いて、家賃が払えるの、と思った自分がいたことでした。

こんにちは、明美です。
これまでの文章を読んでいただき、ありがとうございました。

ブログに書いてきたことは、紛れもない私の実体験です。
そして、私のまわりの仲間にも、実際に起きていることです。

月8万5,000円のパートが11月から入らなくなって、家賃の引き落とし日だけが残ったことはありますか?

働いてきた場所の閉店、大切な毎日のもしも……。

こんなことを書いたら不謹慎かもしれません。
でも、実際に自分の身に起きたからこそ、敢えて言わせてください。

まだ先かもしれない。まだ先だろう。
自分が働いているお店がなくなるなんて、もっともっとあとの話だろう。

そんなふうに思っていないでしょうか。

もし、そう思っていたら。あなたの未来は、もしかしたら予想よりも暗いものかもしれません。

なぜなら、この世界は、私たちが無防備なままリスクに直面するようにできているからです。

少なくとも、私は、自分の身を呪いました。
自分の浅はかさを呪いました。

だって、考えてみてください。

パートなら、どこにでもある。
どこかで、働き続けられる。
ありがとうと言ってもらえた人は、11月も、なんとか動いていける。
手続きが先で、引き落としはあと。

そんな空気が、世の中に広がっていませんか?

これでなんとかなる。
パートの人間は、どこへ行っても働き口がある、と、私は思っていました。

でも、考えてみてください。

その「予定」が、もし崩れてしまったら……と。

私の身に起きたことは、まさにそれでした。

パートなら、どこにでもあると思っていたのは、運ではなく、ただの無知でした。

自分の弁護をするわけではないですが、念のために書かせてください。

私は、ぼんやりしていたわけではありません。

12年、毎朝、同じ扉をあけてきました。
家計簿の収入欄には、このパートのお給料を、毎月書いてきました。
食費も、光熱費も、このパートがあるから続けてきたんです。

そのパートが、お店と一緒に、10月31日で終わります。
11月からは、入りません。
入るお金は、この店一本でした。

それでも、崩れたんです。

なぜなら、「働く場所は、どこにでもある」という思い込みが、私にあったから。
お店がなくなる前の日まで、お店はどうにか続いてくれる。そう信じていたから。

だってそうでしょう?

貼り紙が出るのは、もっとあとだと思っていました。
10月のはじめに貼られて、閉店は10月31日。
こんなに早いなんて、思ってもいませんでした。

しかも、閉店の日だけではないんです。

家賃の引き落とし日は、閉店とは関係なく、同じ月にやってきます。
11月の収入欄は、空いたまま。
書く数字が、ありません。

ハローワークの書類は、机の上に置いてあります。
記入は、まだです。
手続きが先で、引き落としはあと。そう思っていたのに、順番は反対でした。

家賃の引き落とし日は、ハローワークの書類を書き終える前に来ます。

その中で、店長に「長いあいだ、本当にありがとう」と言われて、12年あけてきた扉の前に立ち、11月の家賃の日がカレンダーに残っていて……。

あなたは、笑っていられますか?

本来なら、、本来なら、ですよ。

「長いあいだ、本当にありがとう」

12年働いた人が、最後にこう言ってもらえることは、喜ばしいことのはずです。

そして、

本来なら、、本来なら、ですよ。

お客さんの顔、好きな本、カバーをかけた手の感触を、大切に思って最後までレジに立つのも、当たり前のことだと。これも理解しています。

でも、私の中では、もう、それらは辛い出来事になってしまっていました。

少なくとも、笑って「こちらこそ、ありがとうございました」と言う余裕は、ありませんでした。

顔は、笑っていたと思います。
でも、心の中では泣いていました。
ありがとう、と受け取りながら、腹が立っていました。

「なんでアンタたちに。」って思っていました。
「私の12年は、貼り紙一枚で終わりなの」と思っちゃっていました。

でも、同時に。

「ごめんね。ごめんね。店長。こんな私で……許してね。」と泣いていました。

店長が、悪いわけではありません。
お店を閉じることは、きっと店長にとっても、つらい決断のはずです。

なぜだかわかりますか?

理由はシンプルに、月8万5,000円が、11月から入らなくなるからです。

働いていないわけじゃない。
12年、毎朝あけてきた。
最後には、店長が、ありがとうと言ってくれた。

でも、入るお金は、この店一本だけでした。
そして出ていくお金の日付は、お店と関係なく、11月にやってきます。

たったこれだけ。

これで、私は、感謝の言葉にさえ棘を出す、嫌な人になりました。

もちろん、何もしなかったわけではありません。
順番に、できることを全部やってみました。

「長いあいだ、本当にありがとう」を受け取っても、11月の欄は空いたままでした。

最初は、店長の言葉です。

「長いあいだ、本当にありがとう」と言われて、その言葉を、大切に受け取りました。
店長の気持ちは、本物でした。
それが分かるから、余計に、何も言えませんでした。

家計簿を開きました。
11月の収入欄は、空いたままです。
ありがとう、を書く欄は、ありません。

ハローワークの書類は、まだ机の上です。
記入は、まだです。
ありがとう、では、11月の家賃は払えません。

貼り紙の日付と、家賃の日付は、同じ月に並んでいます。
12年分のありがとうは、11月の欄には入りませんでした。

近所の求人を見ても、歩いて通えるパートは、どこにでもあるわけではありませんでした。

次は、自分の足で探すことです。

「パートなら、どこにでもある」
そう思って、近所の求人を見ました。

歩いて通えて、同じくらいの時間で働けるところは、見つかりませんでした。

求人票には、「12年、同じレジに立っていました」と書く欄がありません。
お客さんの顔も、好きな本も、紙の上の数字になりません。

12年のレジが、求人票の上では、何も書けない人のままでした。

それでも、探しました。
でも、「どこにでもある」は、歩ける範囲の中には、ありませんでした。

通う範囲を広げたら、増えたのは手取りではなく、行き帰りの時間と切符代でした。

最後は、探す範囲を広げることです。

歩いて通えないなら、もう少し遠くまで通えるところを探せばいい。
そう思って、範囲を広げました。

範囲を広げると、行き帰りの時間と、交通費が増えました。
増えるのは、出ていくほう。
手取りは、あまり変わりません。

切符代は、財布から出ていきます。
次のお給料は、まだ、ありません。

家賃の引き落とし日は、ハローワークの書類を書き終える前に来ます。
書類は、まだ机の上です。

店長の言葉に頼っても。
近所の求人を探しても。
遠くまで範囲を広げても。

三つとも、11月の収入欄を、埋めてはくれませんでした。

入ってくるお金がなくなる月に、出ていくお金だけが同じ日に来る、その構図の前で、私は地獄だと思いました。

「入ってくるお金 < 変わらずに出ていくお金」

この構図ができてしまったとき、あまりにも無力でした。

「入ってくるお金 < 変わらずに出ていくお金」

この構図は、本当に、地獄でした。

あなたは、収入の欄が空のまま、家賃や食費の欄だけがきちんと埋まっている家計簿を見たことがありますか?

12年、毎朝レジに立てていたころは、すごく安心していました。
月8万5,000円が入ってくるのを、あたりまえのように、家計簿に書いていました。

その「あたりまえ」を疑わなかった自分が、今思うと、ただの無知なバカに見えて仕方がないです。

なんでなんだよ。あの時、なんてバカだったんだ。

もう本当に恥ずかしくて、情けなくて。

少しだけ、ご自分に当てはめてみてください

・12年勤めた本屋が10月31日で閉店すると貼り紙で知り、店長に「長いあいだ、本当にありがとう」と言われたあとも、家賃の引き落とし日のほうが気になりました。
・月8万5,000円のパートが11月から入らなくなるのに、ハローワークの書類は机の上に置いたまま、記入にまだ手をつけられていません。
・歩いて通える範囲に同じ時間の求人が見つからず、通う範囲を広げても、増えるのは手取りではなく、行き帰りの時間と交通費だけでした。

ここまで読んで、もし一つでも重なったなら、そのあとの話も聞いてください。

片づけのあとに開いた件名は、今日から始めましょうという言葉ばかりでした。

そんな時、片づけのあとに、メールを開きました。

「今だけ」
「あなたも今日から」

消しても、また増えます。件数は、数えていません。

顔を出す話。
毎日続ける話。

うさんくさくて、本にカバーをかけてきた手には、合いませんでした。
読めない通知を消す日が続いて、やめかけました。

私が探したかったのは、どこにでもある話ではありません。
引き落としの日を、空欄の前に見ておけるものでした。

すぐに、自分の思考を打ち消そうとしました。

なぜなら、そういう話は若い人たちのものだし、顔を出して毎日続けるなんて大変そうだし、本屋のレジに立ってきた58歳の私には、向いていないと思ったからです。

こんな目に遭うために、12年、毎朝あけてきたんじゃない。

だってそうでしょう?

今さら顔を出して、今さら毎日続けて、なんてカッコ悪いし、
むしろ、そんなことをしなくていいように、真面目にレジに立って、ちゃんとやってきたんです。

今さら副業に手を出すなんて、12年の自分の否定にも感じました。

……でも、

11月の収入欄が空いたまま、
家賃の日を待っているだけなのか。

月8万5,000円は、11月から入りません。

12年、毎朝あけてきたことも。
お客さんの顔を覚えてきたことも。
食費も光熱費も、このパートで続けてきたことも。

自分が欲しいものなんて後回しにして、
ワガママも飲み込んで、
いい人・いい働き手・いい大人の道を選んできて、

その全ての努力が、貼り紙一枚で、11月の空欄と採点された。

この採点を、私は突きつけられたわけです。

なんだったんだ。私の12年は。
なんだったんだ。「パートなら、どこにでもある」と信じた私は。

そう考えたら、腹が立ちました。

申し訳ないですが、店長にも腹が立ちました。
ありがとう、では、11月の家賃は払えないんです。

世間にも腹が立ちました。
「パートなら、どこにでもある」なんて、誰が言ったんでしょう。歩ける範囲には、ありませんでした。

だってそうでしょう?

58歳で、12年勤めた店がなくなって、
入るお金がゼロになる月に、
ゼロから、裸一貫で次を探せ。みたいな試練を、突きつけてきているわけですよ。

それでいて、返ってくるのは、「長いあいだ、本当にありがとう」という言葉だけ。

私は、こんな目に遭うために、12年、毎朝あけてきたんじゃない。

このまま、11月の欄を空けたまま過ごして、行き詰まったら、私はきっと自分を責める。
そして店長の優しい言葉まで、恨んでしまう。

11月の収入欄は、空いたままです。
月8万5,000円は、入ってきません。

これで、ずっと、自分の自滅を待つのか。

そう思ったら、私は、やりきれない。
待ってられない。

なんだったら、暴れ散らかして周りに迷惑をかけてやる。

ダメな働き手だと笑えばいい。
ダメな大人だと笑えばいい。
58歳になって何やってんのと、嘲笑えばいい。

私は、もう誰かのために生きることはやめる。

私は、私のために生きる。

だって、私の人生なんだし。

なんか間違ってますか?

私は、12年、お店のために毎朝扉をあけて、誰かの本にカバーをかけて、自分のための人生を、生きていませんでした。

それを認めることにしました。

自分のために、もっと稼ぎたいと、言わなかった。
自分のために、先に手続きを進めることも、しなかった。

それを認めることにしました。

そして、11月の欄が空いたままの、今。

私は、再スタートを切る。

他でもない、私自身のために。

そう決めました。

空いた11月の欄を見ないでいるのをやめて、私は副業の話を閉じるのをやめました

笑っちゃいますよね。

私は、絶対に副業をしない人間だと思っていたのに。

私は副業を、胡散臭いなと、ずっと敬遠していました。
若い人がするものだと思っていました。
パートの私は、レジに立ち続けるだけで、人生を逃げ切るんだと思っていました。
私は、堅実な人間だと思っていました。

でも、その気持ちを全部捨てました。

なぜなら、お金が、足りなかったから。

11月の家賃を守るために。
12年あけてきた、自分の手を守るために。
自分の心を守るために。

情けないですが、「パートなら、どこにでもある」としか考えていなかった、アホなおばさんでした。

お金は大事だと分かっていたくせに、増やすことから目をそらしていました。

一番、自分を叱りたいくらい反省したのは、お金を「増やす」ことから、逃げていたことです。

〇:お金を貯金する
〇:慎ましい生活をする
〇:先を見据えてお金を残す

これらが、堅実な・賢い生き方だと思っていました。

でも、今だからわかります。

これは、ただの飼い殺しにされる生き方でした。

これは、この文章を読んでいるほとんどの人に、当てはまるはずです。

なぜなら、月8万5,000円が毎月入っているあいだは、「増やす」なんて、一度も考えなかったから。

それでも、お店の閉店という、自分ではコントロールできないことで、

「入ってくるお金 < 変わらずに出ていくお金」

この状態が作られてしまったら、、、

賢く・堅実に生きてきたはずの暮らしは、

12年続くと思っていた暮らしは、閉店のお知らせと、空いた11月の欄の前で、崩れました。

本当に、アホなおばさんです。

昔の自分を呪って呪って、呪って。
悔しくて悔しくて、、
何度泣いたかわかりません。

もっと早く、お金を増やすことを考えていたらよかった。
賢く生きる。この言葉を、もっと見直すべきでした。

こんな言葉を、ずっとずっとずっと、考えていました。

なぜなら、もう私は58歳だからです。

しかも、知識だってありません。

今さらスタートするの?
若い人たち相手に?

そう考えたら、本当に怖かった。

でも、私は、進む方を選びました。

正直、あなたが何歳だろうと、もしここまで読んでいるなら、

「進め」と言いたいです。

なぜなら、あなたの人生で一番若い瞬間は、いまだから。

そして、あなたの暮らしを支えるのは、

国でも、お店でも、

誰かの優しい言葉でもなく、

「あなた自身」しかいないから。

これを見つめることから、私は逃げていた。

その事実を、受け入れることにしました。

物販、当然無理です。

むしろ、何を売ったらいいのか。そんなことすら想像がつきませんでした。

転売、当然無理です。

まず在庫を抱えるお金もないし、在庫を置くスペースもありません。

アフィリエイト、当然無理です。

まずSNSやブログで、記事を大量に用意したり投稿を大量に用意する時点で無理です。

SNSの運用代行なども当然無理です。

そもそも最新のSNSの動向を追い続けないといけない時点で無理でした。

FXやトレード、当然無理です。

グラフの上がり下がりとかを読む、ローソク足がとか、そんなことの全てに吐き気を感じました。

YouTubeがいいだとか、TikTokがいいだとか、

そんな話も大量に聞きました。

当然無理です。そもそも、これらは若い人との勝負な訳で、私にはできる気がしませんでした。

そして、最新のAIも無理でした。

AIって聞いたら楽な話に聞こえるじゃないですか。

でも、すでにAIが楽な時代は終わっていて、ClaudeコードだのCodexだの、よくわからない構造体がたくさんあって、

これを管理できる頭が必要で、かつ、API(使った分だけ、お金がかかる)仕組みの中での話でした。

知識もないのに、いきなり使った分だけお金がかかる。。これって怖くないですか?

その辺の若造から、何度も『使った分だけしかお金がかからないから大丈夫ですよ。』なんて言われたのですが、

実際、私の知人はその話を鵜呑みにした結果、10万以上の請求をされていました。

AI、怖い。

またしても、、、

またしても、光を奪われるのか。

せっかく「人生で初めて、私の人生を生きるんだ。」と決められたのに。

決心は、年齢によって潰されるのか。。。

そうがっかりしていました。

そんな中で、たった1人だけ

〇:競争なんてしなくていい

〇:顔出しもしなくていい

〇:在庫も抱えなくていい

〇:隙間時間でコツコツしたらいい

〇:才能も知識もいらない

〇:老若男女とわない

というスタイルで、運営している人を見つけました。

最初は、あまりにもウマイ話に見えてしまって、正直私は毛嫌いしていました。もっとも遠ざけていた人といっても過言ではないです。

ただ、先ほども書いたとおり、

巷の副業は、全て無理でした。

物販も転売も、

アフィリエイトも、

SNSの運用代行も、

FXやトレードも、

YouTubeもTikTokも、

全部「無理」です。

私にそんな能力なんてありません。

新しい能力を身につけず、お金を稼ぐ必要がありました。

これが、私がその人から学ぶことを決意した理由です。

あなたはどうでしょう。

・新しいことを学べますか?

・新しいAIを使って、最先端のことで、若い世代と戦えますか?

・トレードなどの複雑なグラフを見れますか?

・転売ヤーと揶揄されながら、仕入れ活動に奔走できますか?

もし、これらが無理なら、あなたは私と同じです。

競わず・新しい能力をつけず・過去の積み上げたもので、なんとか食っていく必要がある。

そんな立場の人です。

その立場の人にとって、私が学んだ人は最適です。

なぜなら、こんなことを言っていたからです。

(1)努力は1度でいい

(2)元手不要、在庫抱えなくていい

(3)才能不要、実績不要、年齢も問わない

と。

さらにこんな事も言ってました。

毎日の労働は、川(会社)に、カバンというバケツを持って水を汲みにいく作業だ。と。

でも、バケツだからこそ手を止めたら終わりだし、バケツを取り上げられたら終わりである。

これがクビという現象であり、毎日の出社が必然とされているわけだが、

もし、ここで水路を作れたらどうだろう。

水路を作ったら、水道を作ったら、蛇口を撚れば水が出る。そんな構造が完成する。

もし、あなたがバケツ・一生労働型でいいならそれもいい。

ただ、水道を作ったら、水路を作ったら、あなたは一生の苦悩から解放される。と。

さて。ここであなたに問います。

今、あなたは、どんな気持ちでこの文章を読んでいるでしょう。

少なくない人が、心にガードをして読んでいるはずです。

昔の私も同じでした。

ただ、自分が同じだったからこそ、あえて言わせてください。

「あなたは、バカですか?」と。

なぜなら、私は、飼い殺しにされてきた自分の人生を後悔しているからです。

私は、挑戦をしないことを堅実だと思っていました、

息を潜めて、手のひらに乗る幸せを、必死に握りしめて、

1粒たりとも、幸せの砂をこぼさない生き方をすること。

これが、いい大人になることだと思っていました。

これが、賢く生きるってことだと思っていました。

でも、私は、そんな「賢く生きる」というイメージに、人生を潰されかけかけました。

というか、潰されました。

今だから思います。

「お金が大事だとわかってるくせにお金に直視するのを避けてる自分」を殺してよかったと。

なぜなら、働いている段じゃないからです。

58歳で、12年、本屋のレジに立ってきました。

お店は10月31日で終わります。パートは月8万5,000円。その8万5,000円は、11月から入りません。

店長は「長いあいだ、本当にありがとう」と言ってくれました。11月の収入欄は、空いたままです。

となった時、私は「時間を使わず、お金を得る」ことを絶対に習得すべきでした。

ってことを書いているのに、

「心をガードして、斜に構えている」とするなら。

それは、ね。

バカですよ。

理由?理由はあります。ちゃんとあります。

日本海溝より深い理由があります。

なぜなら、人生は短いからです。

考えてみてください。

あなたの大切な人との時間、刻一刻と減っています。

あなたの人生も、毎日終わりに向かって進んでいます。

本当に、大事にすべきことは、ここでは?

お金が全てではない。

そんなこと当然知っています。

でも、だから稼ぐんですよ。

なぜなら、お金がないことで、

「残りあとわずかな、あなたと・大事な人との人生」を潰すからです。

棒に振るってしまうからです。

お金がないから、治療費を削ります。

お金がないから、介護代を削ります。

お金がないから、施設に入れて上げられないです。

・・・ね。

お金が全てではない。って言ってるあなた。

あなたは、その言葉の裏で「大事な人へのベストな選択肢」を捨ててるんです。

これって、悲しくない?

そう考えた時、私は、人生を変えたい。

こんな人生リセットしたい。

そう強く思いました。

ちなみに、私が学ぶことを決意した人のメールはこれです。

毎月、リアルでの作業会もしていらっしゃいます。

ネットの虚像・虚構ではなく、生身で会える・嘘偽りのない人です。

きっかけをくれた人のメールを、
同じように読むことができます。

この文章を書いた理由

いま私は、自分の苦しかった過去を踏まえて、もう2度と昔の私のような人を出さないための活動をしています。

私は、過去の私を強く恥じています。

後悔しています。

店長の「長いあいだ、本当にありがとう」を聞いたとき、先に11月の家賃の日を数えていたことを、恥じています。

12年あけてきた扉は、10月31日で終わります。月8万5,000円は、11月から入りません。

求人票には、12年同じレジに立っていた、と書く欄がありません。

だから、空いた11月の欄を隠さないまま、次の扉の前で言える自分でいたい。そう思っています。

この、当たり前のことを当たり前にできない社会です。

だったらせめて、私が手を伸ばせる人には伸ばしたい。

自分が辛かったからこそ、これをちゃんと叫びたい。そう思っています。

ほとんどの場合、あなたは昔の私と同じように

「バケツ型」の人生のはずです。

一度でいいから、本気で「もし、水路的な」お金が入ったら。と心の底から強く思ってみてください。

もし、雇われず・国に、会社に、他人に頼らず、

「彼らからお金をもらうことなく、」

3万でも、5万でも10万でも入っていたら。と。

決して、私は大金持ちになりたいとは思わないです。

でも、、、

もし、朝起きたら、10万、20万とか入っていたら。と。

もし、そんな奇跡が毎月、毎日、続いたら・・と。

こっちの人生は、心の底から欲しいと思います。

なぜなら、そんな毎日が続いたら、

大切な人との時間を、

大切な人の「もしも」を、

この手で、大事にすることができるからです。

頑張って就職をして、子育てをして、ようやく自由が。

そんな時に、また新たなお世話問題が。

そんなことでまた人生を費やす。こんなバカなことがあっていいのでしょうか。

バカなことって書いたら言葉が悪いですが、でも、そうでしょう?

だって私たちの人生は、私たちのものなんだから。

私たちは、家族の世話のために生まれたんじゃなくて、私たちの人生を生きるために生まれてきてるんです。

これも、きっかけをくれた人の受け売りなんですけどね。笑

でも、そうだと思うんです。

私たちの人生を、私たちの手に取り戻す。

この当たり前の幸せを手放さないために。

その気持ちで、きっかけをくれた人との運営に力を注いでいます。

この文章が、少しでも多くの人の希望になったら嬉しいです。

明美

もう一度だけ。
きっかけをくれた人のメールは、
こちらから読めます。