4月の封筒を開いて、
3月の明細の隣に並べました。
3月は41万円。
4月は26万円。
差は、15万円です。
同じ会社、同じ机。
通う道も、顔ぶれも、お弁当も、同じ。
封筒の中の紙だけが、軽くなりました。
壁のカレンダーには、「子どもへ」の日が、今週に入っています。
毎月、子どもへ3万円を送る日です。
テーブルに置いた新しい明細を見て、夫が言いました。
「仕事は、何も変わらないんだけどな」
これは、私の恥ずかしい告白です。
夫のその言葉が、その日から、聞くたびに腹の立つ言葉になりました。
夫は、60歳まで勤め上げて、定年のあとも同じ席に座ってくれている人です。
ありがたい、と思わなければいけない人です。
なのに、「何も変わらない」と言われるたびに、「じゃあ、この15万円はどこへ行ったの」と思ってしまいました。
声には出していません。
でも、心の中で、何かがずっと怒っていました。
子どもへ送る3万円も、同じです。
毎月、同じ日に送ってきたお金です。
その日が近づくだけで、ため息が出るようになっていました。
でも、何よりもショックだったのは、夫の「何も変わらない」に、15万円の差で腹を立てている自分がいたことでした。
こんにちは、裕子です。
これまでの文章を読んでいただき、ありがとうございました。
ブログに書いてきたことは、紛れもない私の実体験です。
そして、私のまわりの仲間にも、実際に起きていることです。
夫の給与が3月の41万円から4月の26万円になって、子どもへの3万円を送る日が近づいたことはありますか?
夫の定年、再雇用、子どもへの仕送り……。
こんなことを書いたら不謹慎かもしれません。
でも、実際に自分の身に起きたからこそ、敢えて言わせてください。
まだ先かもしれない。まだ先だろう。
うちの暮らしが軽くなるのは、もっとあとだろう。
そんなふうに思っていないでしょうか。
もし、そう思っていたら。あなたの未来は、もしかしたら予想よりも暗いものかもしれません。
なぜなら、この世界は、私たちが無防備なままリスクに直面するようにできているからです。
少なくとも、私は、自分の身を呪いました。
自分の浅はかさを呪いました。
だって、考えてみてください。
定年のあとも、同じ会社で、同じ席で働ける。
席も仕事も同じなら、暮らしも変わらない。
年金が出るまでの数年は、夫のお給料と私のパートで、なんとかなる。
そんな空気が、世の中に広がっていませんか?
これでなんとかなる。
年金までは逃げ切れる、と、私は思っていました。
でも、考えてみてください。
この「予定」がもし崩れてしまったら……と。
私の身に起きたことは、まさにそれでした。
席が同じなら暮らしも同じだと思い込んでいたのは、運ではなく、ただの無知でした。
自分の弁護をするわけではないですが、念のために書かせてください。
私は、ぼんやりしていたわけではありません。
夫は、60歳まで勤め上げて、4月から同じ会社の同じ席で働いています。
私も、スーパーのパートで、月に7万円ほどを稼いでいます。
子どもへの3万円は、毎月、同じ日に欠かさず送ってきました。
夫の明細を毎月受け取って、家のお金を見ているのは私です。
数字から目をそらしていたつもりは、ありません。
それでも、崩れたんです。
なぜなら、「席が同じなら、お給料も同じ」という思い込みが、私にあったから。
会社も、机も、通う道も、お弁当まで同じなのに、封筒の中の紙だけが違うなんて、思ってもいませんでした。
だってそうでしょう?
お給料が少しずつ減っていくのなら、まだ心の準備ができます。
でも、うちは、4月の封筒を開いた、その瞬間でした。
41万円だった明細が、26万円と印字されて出てきたんです。
しかも、入ってくるお金が減ったからといって、出ていくお金は待ってくれません。
暮らしの出費の日付は、一つも減っていません。
子どもへ3万円を送る日も、今週に入っています。
入る額は、先に減る。
出る日付は、そのまま。
そのふたつが、同じ週に並びました。
その中で、夫に「仕事は、何も変わらないんだけどな」と言われて、子どもへ3万円を送る日が来て、私のパートは月に7万円ほどで……。
あなたは、笑っていられますか?
本来なら、、本来なら、ですよ。
「夫が、定年のあとも同じ席で必要とされて、働いてくれている」
「子どもへ、毎月3万円を送ってあげられる」
これらは、喜ばしいことのはずです。
そして、
本来なら、、本来なら、ですよ。
60歳まで勤め上げた夫に、「そのまま続けてくれて、ありがとう」と言うのも、当たり前のことだと。これも理解しています。
でも、私の中では、もう、これらは辛い出来事になってしまっていました。
少なくとも、笑って3万円を送る気持ちには、なれませんでした。
売り場で暮らしの話になったときは、「うちは同じ会社だから、変わらないって」と、笑って答えていました。
顔は、笑っていたと思います。
でも、心の中では泣いていました。
笑って答えながら、腹が立っていました。
「なんでアンタたちに。」って思っていました。
「私のパートの7万円は、いったい何のためにあるのよ」と思っちゃっていました。
でも、同時に。
「ごめんね。ごめんね。こんな妻で、こんな母親で……許してね。」と泣いていました。
3万円は、止めていません。
止めていないのに、送る日が近づくほど、腹が立ちます。
なぜだかわかりますか?
理由はシンプルに、入ってくるお金が、減ったからです。
働いていないわけじゃない。
夫は同じ席に座っているし、私も売り場に立っている。
でも、入る額だけが、15万円、先に減ったんです。
出ていく日付は、何も減っていません。
たったこれだけ。
これで、私は、夫の一言に腹を立てる、嫌な妻になりました。
もちろん、何もしなかったわけではありません。
順番に、できることを全部やってみました。
夫に聞けば何か分かると思ったのに、返ってくる言葉は何度聞いても同じでした。
最初は、夫です。
「この15万円、どうなっているの」と、夫に聞きました。
返ってきたのは、「仕事は、何も変わらないんだけどな」でした。
何度聞いても、同じでした。
同じ会社、同じ机、同じ顔ぶれ。
夫は嘘を言っているわけではないんです。席も、仕事も、本当に変わっていないから。
会社を責めたいわけでも、夫を責めたいわけでもありません。
でも、夫に聞いたあとも、明細の差は、15万円のままでした。
夫の言葉は、優しくも、冷たくもなく、ただ本当のことでした。
本当のことでは、15万円は埋まりません。
パートの月7万円で15万円を埋めようとして、電卓を持つ手が止まりました。
次は、自分の手です。
私のパートは、月に7万円ほどです。
電卓で、15万円の差から、その7万円を引こうとしました。
引こうとして、気がつきました。
7万円は、もう毎月の家計に入っているお金です。
それをもう一度、差から引くことは、できません。
もしパートがもう一つあって、同じ7万円を稼いだとしても、15万円の差には届きません。
私のパートの月7万円では、15万円の差に、届かないんです。
電卓を持つ手が、止まりました。
そこへ、夫が来ました。
「……見たのか」と、明細のことを言われました。
「見たわよ。毎月、私が受け取っているんだから」と、私は返しました。
それ以上は、お互いに何も言いませんでした。
子どもへ3万円を送る日は、今週です。
「同じ会社だから大丈夫」と書いてある文章を読んでも、15万円は戻ってきませんでした。
最後は、文章です。
定年のあとも同じ会社、と書いてある文章を探して、読みました。
書いてあるうちは、通帳を開かなくていい。そう感じる文面が、いちばん楽でした。
私も、一度は開いて、安心しました。
でも、読み進めていくと、同じ会社でも、通帳の行は別に動くことが分かってきました。
どの引き落としを先に見るかは、結局、自分で並べる仕事が残ります。
会社が続く、というのは、わが家の通帳が続く、ということではありません。
15万円は、その一文の下で、戻ってきません。
次の給料日も、26万円の前提です。
近い人に聞いても。
自分の手で足そうとしても。
文章に安心を探しても。
三つとも、15万円を明細に戻してはくれませんでした。
入ってくるお金が変わらずに出ていくお金より少ない、その構図の前で、私は地獄だと思いました。
「入ってくるお金 < 変わらずに出ていくお金」
この構図ができてしまったとき、あまりにも無力でした。
「入ってくるお金 < 変わらずに出ていくお金」
この構図は、本当に、地獄でした。
あなたは、想定よりも先に軽くなった給与明細を、テーブルに置いたまま立ちつくしたことがありますか?
同じ会社に残れると聞いたとき、私は、すごくほっとしていました。
売り場で、「うちは同じ会社だから、変わらないって」と、得意げに笑って答えていました。
その言葉が、今思うと、ただの無知なバカに見えて仕方がないです。
なんでなんだよ。あの時、なんてバカだったんだ。
もう本当に恥ずかしくて、情けなくて。
少しだけ、ご自分に当てはめてみてください
・夫に「仕事は、何も変わらないんだけどな」と言われたあとで、3月は41万円、4月は26万円の給与明細を並べて、15万円の差を数えました。
・スーパーのパート月7万円では、15万円の差に届かないと電卓で確かめたのに、売り場では「うちは同じ会社だから、変わらないって」と笑って答えたことがあります。
・子どもへ毎月3万円を送る日が今週に入っているのに、夫は「仕事は、何も変わらないんだけどな」と言うだけで、私のパートは月7万円ほどです。
ここまで読んで、もし一つでも重なったなら、そのあとの話も聞いてください。
夕飯のあとに開いた受信箱は、若い人の成功を知らせる件名で埋まっていました。
そんな時、受信箱を開きました。
「無料」の文字につられて、登録していたものです。
知らない人の名前で、埋まっていました。件数は、数えていません。
顔を出す話。
毎日続ける話。
うさんくさくて、60歳の手には届きませんでした。
件名だけで指が閉じて、そのまま、やめかけました。
私が探したかったのは、会社の続きの話ではありません。
通帳の行を、明細の隣で見ておけるものでした。
すぐに、自分の思考を打ち消そうとしました。
なぜなら、そういう話は若い人たちのものだし、顔を出して毎日続けるなんて大変そうだし、スーパーのパートをしている60歳のおばさんの私には、向いていないと思ったからです。
こんな目に遭うために、夫と二人で、ここまで働いてきたんじゃない。
だってそうでしょう?
今さら顔を出して、今さら毎日続けて、なんてカッコ悪いし、
むしろ、そんなことをしなくていいように、同じ会社の同じ席で、堅実にやってきたんです。
今さら副業に手を出すなんて、これまでの自分の否定にも感じました。
……でも、
この15万円の差を、
来月の明細まで見ないでいるのか。
15万円は、戻っていません。
夫が、60歳まで勤め上げたことも。
私が、スーパーでパートを続けてきたことも。
子どもへの3万円を、毎月欠かさず送ってきたことも。
自分が欲しいものなんて後回しにして、
ワガママも飲み込んで、
いい妻・いい母・いい大人の道を選んできて、
その全ての努力が、封筒の中の紙一枚の差で、無駄だと言われた。
この採点を、私は突きつけられたわけです。
なんだったんだ。私の毎月は。
なんだったんだ。「同じ会社だから大丈夫」と信じた私は。
そう考えたら、腹が立ちました。
申し訳ないですが、夫にも腹が立ちました。
「何も変わらない」って、変わってるじゃない。変わった紙を、私が受け取ってるのに。
会社にも、子どもにも、腹が立ちました。
こんな時に限って、3万円の日だけは、ちゃんと今週に来るんだから。
だってそうでしょう?
60歳の夫と、60歳の私で、15万円分軽くなった暮らしを、ここからまた組み立て直せ。みたいな試練を、突きつけてきているわけですよ。
それでいて、返ってくるのは、「仕事は、何も変わらないんだけどな」という一言だけ。
私は、こんな目に遭うために、大人になってからずっと、我慢してきたんじゃない。
このまま、26万円の前提で暮らし続けて、私が行き詰まったら、私はきっと夫を恨む。
絶対に、子どもの前でため息をつく。
封筒の中は、3月が41万円、4月が26万円です。
差の15万円は、戻っていません。
これで、ずっと、自分の自滅を待つのか。
そう思ったら、私は、やりきれない。
待ってられない。
なんだったら、暴れ散らかして周りに迷惑をかけてやる。
ダメな妻だと笑えばいい。
ダメな母だと笑えばいい。
60歳になって何やってんのと、嘲笑えばいい。
私は、もう誰かのために生きることはやめる。
私は、私のために生きる。
だって、私の人生なんだし。
なんか間違ってますか?
私は、大人になってから今まで、自分のための人生を、生きていませんでした。
それを認めることにしました。
自分のために、欲しいと言わなかった。
自分のために、先に使わなかった。
それを認めることにしました。
そして、4月の明細が26万円のまま残った、今。
私は、再スタートを切る。
他でもない、私自身のために。
そう決めました。
15万円の差を来月まで見ないでいるのをやめて、私は副業の話を閉じるのをやめました
笑っちゃいますよね。
私は、絶対に副業をしない人間だと思っていたのに。
私は副業を、胡散臭いなと、ずっと敬遠していました。
若い人がするものだと思っていました。
同じ会社の同じ席で、人生を逃げ切るんだと思っていました。
私は、堅実な人間だと思っていました。
でも、その気持ちを全部捨てました。
なぜなら、お金が、足りなかったから。
夫を守るために。
子どもを守るために。
自分の心を守るために。
情けないですが、「同じ会社だから大丈夫」としか考えていなかった、アホなおばさんでした。
お金は大事だと分かっていたくせに、増やすことから目をそらしていました。
一番、自分を殴りたいくらい反省したのは、お金を「増やす」ことから、逃げていたことです。
〇:お金を貯金する
〇:慎ましい生活をする
〇:先を見据えてお金を残す
これらが、堅実な・賢い生き方だと思っていました。
でも、今だからわかります。
これは、ただの飼い殺しにされる生き方でした。
これは、この文章を読んでいるほとんどの人に、当てはまるはずです。
なぜなら、41万円が毎月入っているあいだは、「増やす」なんて、一度も考えなかったから。
それでも、自分たちでは決められない理由で、夫の給料が下がって、
「入ってくるお金 < 変わらずに出ていくお金」
この状態が作られてしまったら、、、
賢く・堅実に生きてきたはずの暮らしは、
41万円が続くと思っていた暮らしは、4月の26万円の明細の前で、崩れました。
本当に、アホなおばさんです。
昔の自分を呪って呪って、呪って。
悔しくて悔しくて、、
何度泣いたかわかりません。
もっと早く、お金を増やすことを考えていたらよかった。
賢く生きる。この言葉を、もっと見直すべきでした。
こんな言葉を、ずっとずっとずっと、考えていました。
なぜなら、もう私は60歳だからです。
しかも、知識だってありません。
今さらスタートするの?
若い人たち相手に?
そう考えたら、本当に怖かった。
でも、私は、進む方を選びました。
正直、あなたが何歳だろうと、もしここまで読んでいるなら、
「進め」と言いたいです。
なぜなら、あなたの人生で一番若い瞬間は、いまだから。
そして、あなたの暮らしを支えるのは、
国でも、会社でもなく、
夫でも、子どもでもなく、
「あなた自身」しかいないから。
これを見つめることから、私は逃げていた。
その事実を、受け入れることにしました。
物販、当然無理です。
むしろ、何を売ったらいいのか。そんなことすら想像がつきませんでした。
転売、当然無理です。
まず在庫を抱えるお金もないし、在庫を置くスペースもありません。
アフィリエイト、当然無理です。
まずSNSやブログで、記事を大量に用意したり投稿を大量に用意する時点で無理です。
SNSの運用代行なども当然無理です。
そもそも最新のSNSの動向を追い続けないといけない時点で無理でした。
FXやトレード、当然無理です。
グラフの上がり下がりとかを読む、ローソク足がとか、そんなことの全てに吐き気を感じました。
YouTubeがいいだとか、TikTokがいいだとか、
そんな話も大量に聞きました。
当然無理です。そもそも、これらは若い人との勝負な訳で、私にはできる気がしませんでした。
そして、最新のAIも無理でした。
AIって聞いたら楽な話に聞こえるじゃないですか。
でも、すでにAIが楽な時代は終わっていて、ClaudeコードだのCodexだの、よくわからない構造体がたくさんあって、
これを管理できる頭が必要で、かつ、API(使った分だけ、お金がかかる)仕組みの中での話でした。
知識もないのに、いきなり使った分だけお金がかかる。。これって怖くないですか?
その辺の若造から、何度も『使った分だけしかお金がかからないから大丈夫ですよ。』なんて言われたのですが、
実際、私の知人はその話を鵜呑みにした結果、10万以上の請求をされていました。
AI、怖い。
またしても、、、
またしても、光を奪われるのか。
せっかく「人生で初めて、私の人生を生きるんだ。」と決められたのに。
決心は、年齢によって潰されるのか。。。
そうがっかりしていました。
そんな中で、たった1人だけ
〇:競争なんてしなくていい
〇:顔出しもしなくていい
〇:在庫も抱えなくていい
〇:隙間時間でコツコツしたらいい
〇:才能も知識もいらない
〇:老若男女とわない
というスタイルで、運営している人を見つけました。
最初は、あまりにもウマイ話に見えてしまって、正直私は毛嫌いしていました。もっとも遠ざけていた人といっても過言ではないです。
ただ、先ほども書いたとおり、
巷の副業は、全て無理でした。
物販も転売も、
アフィリエイトも、
SNSの運用代行も、
FXやトレードも、
YouTubeもTikTokも、
全部「無理」です。
私にそんな能力なんてありません。
新しい能力を身につけず、お金を稼ぐ必要がありました。
これが、私がその人から学ぶことを決意した理由です。
あなたはどうでしょう。
・新しいことを学べますか?
・新しいAIを使って、最先端のことで、若い世代と戦えますか?
・トレードなどの複雑なグラフを見れますか?
・転売ヤーと揶揄されながら、仕入れ活動に奔走できますか?
もし、これらが無理なら、あなたは私と同じです。
競わず・新しい能力をつけず・過去の積み上げたもので、なんとか食っていく必要がある。
そんな立場の人です。
その立場の人にとって、私が学んだ人は最適です。
なぜなら、こんなことを言っていたからです。
(1)努力は1度でいい
(2)元手不要、在庫抱えなくていい
(3)才能不要、実績不要、年齢も問わない
と。
さらにこんな事も言ってました。
毎日の労働は、川(会社)に、カバンというバケツを持って水を汲みにいく作業だ。と。
でも、バケツだからこそ手を止めたら終わりだし、バケツを取り上げられたら終わりである。
これがクビという現象であり、毎日の出社が必然とされているわけだが、
もし、ここで水路を作れたらどうだろう。
水路を作ったら、水道を作ったら、蛇口を撚れば水が出る。そんな構造が完成する。
もし、あなたがバケツ・一生労働型でいいならそれもいい。
ただ、水道を作ったら、水路を作ったら、あなたは一生の苦悩から解放される。と。
さて。ここであなたに問います。
今、あなたは、どんな気持ちでこの文章を読んでいるでしょう。
少なくない人が、心にガードをして読んでいるはずです。
昔の私も同じでした。
ただ、自分が同じだったからこそ、あえて言わせてください。
「あなたは、バカですか?」と。
なぜなら、私は、飼い殺しにされてきた自分の人生を後悔しているからです。
私は、挑戦をしないことを堅実だと思っていました、
息を潜めて、手のひらに乗る幸せを、必死に握りしめて、
1粒たりとも、幸せの砂をこぼさない生き方をすること。
これが、いい大人になることだと思っていました。
これが、賢く生きるってことだと思っていました。
でも、私は、そんな「賢く生きる」というイメージに、人生を潰されかけかけました。
というか、潰されました。
今だから思います。
「お金が大事だとわかってるくせにお金に直視するのを避けてる自分」を殺してよかったと。
なぜなら、働いている段じゃないからです。
60歳です。夫は、60歳まで勤め上げて、4月から同じ会社の同じ席にいます。
私も、スーパーのパートで、月に7万円ほどです。
夫の給与は3月の41万円から、4月の26万円になりました。差は15万円のままです。
となった時、私は「時間を使わず、お金を得る」ことを絶対に習得すべきでした。
ってことを書いているのに、
「心をガードして、斜に構えている」とするなら。
それは、ね。
バカですよ。
理由?理由はあります。ちゃんとあります。
日本海溝より深い理由があります。
なぜなら、人生は短いからです。
考えてみてください。
あなたの大切な人との時間、刻一刻と減っています。
あなたの人生も、毎日終わりに向かって進んでいます。
本当に、大事にすべきことは、ここでは?
お金が全てではない。
そんなこと当然知っています。
でも、だから稼ぐんですよ。
なぜなら、お金がないことで、
「残りあとわずかな、あなたと・大事な人との人生」を潰すからです。
棒に振るってしまうからです。
お金がないから、治療費を削ります。
お金がないから、介護代を削ります。
お金がないから、施設に入れて上げられないです。
・・・ね。
お金が全てではない。って言ってるあなた。
あなたは、その言葉の裏で「大事な人へのベストな選択肢」を捨ててるんです。
これって、悲しくない?
そう考えた時、私は、人生を変えたい。
こんな人生リセットしたい。
そう強く思いました。
ちなみに、私が学ぶことを決意した人のメールはこれです。
毎月、リアルでの作業会もしていらっしゃいます。
ネットの虚像・虚構ではなく、生身で会える・嘘偽りのない人です。
きっかけをくれた人のメールを、
同じように読むことができます。
この文章を書いた理由
いま私は、自分の苦しかった過去を踏まえて、もう2度と昔の私のような人を出さないための活動をしています。
私は、過去の私を強く恥じています。
後悔しています。
夫が「仕事は、何も変わらないんだけどな」と言った明細の横で、「この15万円はどこへ行ったの」と思っていたことを、恥じています。
3月は41万円、4月は26万円。差の15万円は、同じ席のまま残っています。
子どもへ送る3万円の日は、その週に入ったままです。パートは月7万円ほどです。
だから、2枚の明細を並べたまま、夫の前で言える妻でいたい。そう思っています。
この、当たり前のことを当たり前にできない社会です。
だったらせめて、私が手を伸ばせる人には伸ばしたい。
自分が辛かったからこそ、これをちゃんと叫びたい。そう思っています。
ほとんどの場合、あなたは昔の私と同じように
「バケツ型」の人生のはずです。
一度でいいから、本気で「もし、水路的な」お金が入ったら。と心の底から強く思ってみてください。
もし、雇われず・国に、会社に、他人に頼らず、
3万でも、5万でも10万でも入っていたら。と。
決して、私は大金持ちになりたいとは思わないです。
でも、、、
もし、朝起きたら、10万、20万とか入っていたら。と。
もし、そんな奇跡が毎月、毎日、続いたら・・と。
こっちの人生は、心の底から欲しいと思います。
なぜなら、そんな毎日が続いたら、
大切な人との時間を、
大切な人の「もしも」を、
この手で、大事にすることができるからです。
頑張って就職をして、子育てをして、ようやく自由が。
そんな時に、また新たなお世話問題が。
そんなことでまた人生を費やす。こんなバカなことがあっていいのでしょうか。
バカなことって書いたら言葉が悪いですが、でも、そうでしょう?
だって私たちの人生は、私たちのものなんだから。
私たちは、家族の世話のために生まれたんじゃなくて、私たちの人生を生きるために生まれてきてるんです。
これも、きっかけをくれた人の受け売りなんですけどね。笑
でも、そうだと思うんです。
私たちの人生を、私たちの手に取り戻す。
この当たり前の幸せを手放さないために。
その気持ちで、きっかけをくれた人との運営に力を注いでいます。
この文章が、少しでも多くの人の希望になったら嬉しいです。
裕子
もう一度だけ。
きっかけをくれた人のメールは、
こちらから読めます。