これは、私の恥ずかしい告白です。
夫は、来年、60歳になります。
毎日、働いて、
私と暮らしを支えてくれた人です。
その夫が、ねんきん定期便を見ながら、
「なんとかなるって」
と、いつもの調子で言いました。
世話になっているのは、こっちなのに。
その「なんとかなる」が、
電卓の前の私には、無責任な呪文みたいに聞こえて、
腹が立ったんです。
でも、何よりショックだったのは、
夫のいちばん優しい言葉に、
夫の「なんとかなるって」に、いらだっている自分がいたことでした。
差は、毎月5万3,000円です。
こんにちは、真由美です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
ブログの話は、全部、
うちで本当にあったことです。
そして、同じ年ごろの仲間の家でも、
わりとよく聞く話です。
57歳です。
ホームセンターのレジに、立っています。
見込額の月22万7,000円と、家計簿の28万円の差が、毎月5万3,000円のまま残ったことはありますか?
夫の年金と、老後のお金の話。
こんなことを書いたら、
不謹慎に聞こえるかもしれません。
でも、実際に私の家で起きたからこそ、
あえて、言わせてください。
まだ先でしょ。
老後なんて、もっとあとでしょ。
そんなふうに、思っていませんか?
もし、そう思っているなら。
あなたの未来は、もしかしたら、
思っているよりも、ずっと暗いものかもしれません。
なぜなら、この世の中は、
私たちが、無防備なまま、
お金の現実にぶつかるように
できているからです。
少なくとも私は、自分を呪いました。
足し算を、今までしなかった、
浅はかな自分を、呪いました。
だって、考えてみてください。
夫の年金があれば、老後は大丈夫。
ハガキの見込額は、
ほぼ、そのままもらえる。
足し算なんてしなくても、
なんとなく、足りる。
そんな世界が、広がっていませんか?
誕生月のハガキを、
私は、将来のお守りみたいに読んでいました。
「あくまで見込みです」と
書いてあるのに、
心の中では、保証書みたいでした。
これで、老後は逃げ切れると、
私は、思っていました。
でも、この「予定」が、
もし、崩れてしまったら……。
私の身に起きたのは、まさに、
その予定が崩れることでした。
夫の年金があればなんとかなると信じていたのは、運が悪かったのではなく、ただの無知でした。
えらそうに聞こえたら、ごめんなさい。
でも、本当なんです。
私は、準備をしていたつもりでした。
家計簿は、つけていました。
支出は、月に28万円ほど。
食費も、光熱費も、保険も足した、
今の暮らしの実額です。
誕生月のハガキも、
毎年、ちゃんと開いて、
夫の分も、見せてもらっていました。
それでも、崩れたんです。
なぜなら、足し算を、
したことがなかったから。
はじめて、夫の分と私の分を、
電卓で足しました。
夫が、年に189万6,000円。
私が、年に82万8,000円。
合わせて、272万4,000円。
12で割ると、
月に22万7,000円。
家計簿の28万円との差は、
毎月5万3,000円。
1年で、63万6,000円。
「夫の年金があれば、なんとかなるでしょ」
その言葉が、
電卓の前で、倒れました。
夫には内緒ですが、
私は、こう思っていたんです。
夫の年金が、家計の柱。
私の分は、そのおまけ。
削る行は、家計簿の中に、まだあるはず。
だってそうでしょう?
家計簿の28万円は、
もう、ずいぶん削ったあとの数字で、
削れる行は、
あまり残っていません。
しかも、夫は来年60歳です。
その先、再雇用になって、
給料が下がるなら、
この差は、もっと広がるかもしれません。
差は、毎月、確実に開いて、
その全部が、レジに立つ私の稼ぎにも、
よりかかってくる。
あなたは、笑っていられますか?
本来なら、、本来なら、ですよ。
夫が、来年、60歳になる。
これは、「ここまで、お疲れさま」と、
笑ってお祝いしていい節目のはずです。
そして、
本来なら、、本来なら、ですよ。
「なんとかなるって」と言ってくれる夫に、
「そうだね」と笑って返すのが、
いい妻だということも、
ちゃんと、理解しています。
でも、私の中では、
それらは、笑って受けとめられない
出来事になってしまっていました。
少なくとも、翌日、レジで、
「ありがとうございました」と笑ったその間に、
毎月5万3,000円が、
割り込んできました。
お釣りを渡す手が、
一瞬、止まりました。
顔は、笑っていたかもしれません。
でも、心の中では、泣いていました。
腹が立っていました。
「なんでアンタたちに。」
夫にも、ハガキにも、思っていました。
「私が毎日レジに立っていること、わかってるの?」
そんなふうに、思っちゃっていました。
でも、同時に。
「ごめんね。ごめんね。こんな妻で。許してね。」
と、お釣りを数えながら、泣いていました。
どうしてか、わかります?
結局、お金なんです。
貯めてこなかったわけじゃないんですよ。
ただ、出ていく速度が、
私の予定より、ずっと早かった。
たったこれだけ。
これで、私は、毎月5万3,000円の差を前にした自分になりました。
仲間に聞いたら、「うちも、食費が先に超えるよ」と返ってきて、5万3,000円の話はできませんでした。
まず、仲間に聞きました。
仲間は、言いました。
「うちも、食費が先に超えるよ」
同じ側にいる人だから、
共感はしてくれます。
でも、私が聞きたかったのは、
食費の話では、ありませんでした。
毎月5万3,000円の差が、
あることを、
その場では、言えませんでした。
仲間も、同じハガキを、
引き出しに入れているのかもしれません。
そう思ったら、
それ以上、聞けませんでした。
週の食費を削っても、毎月の5万3,000円は、一円も埋まりませんでした。
次に、食費を見直しました。
うちの週の食費の予算は、
1万8,000円です。
翌日の会計は、2万1,400円でした。
超えたのは、3,400円。
3,400円を、
次の週で、取り戻そうとしました。
でも、3,400円は、
毎月の5万3,000円とは、
別の話でした。
食費の3,400円を、
ぴったり同じにしたところで、
毎月5万3,000円は、
そのまま、残ります。
削れる行は、
家計簿の上では、
あまり残っていないんです。
貯金から出すと決めて、通帳を食卓で開いたら、毎月5万3,000円が、そのまま並びました。
最後に、貯金から出すことを考えました。
しばらくは、出せます。
出せるから、よけいに、
怖くなりました。
通帳を、食卓で開いて、
余白に、出す分だけ、書きました。
毎月、5万3,000円。
出した月の分だけ、
通帳は、減ります。
次の月も、5万3,000円。
その次の月も、5万3,000円。
夫の再雇用の額は、まだ空欄です。
差が、この額よりも広がるのかどうかは、
私にも、わかりません。
仲間に聞いても、
食費を削っても、
貯金から出しても、
入ってくるお金より、
出ていくお金のほうが、早い。
この構図になった時、
私は、もうお手上げでした。
あまりにも、無力でした。
少しだけ、ご自分に当てはめてみてください
・夫の年金が年189万6,000円、私の年金が年82万8,000円で、合わせて月22万7,000円なのに、家計簿の支出28万円と比べて、毎月5万3,000円足りませんでした。
・週の食費の予算1万8,000円を、会計の2万1,400円で3,400円超えたとき、その3,400円と毎月の5万3,000円は、別の話だと気づきました。
・「夫の年金があれば、なんとかなるでしょ」と思っていたのに、夫と私の分を電卓で足した月22万7,000円を見て、その考えが倒れました。
通帳に出した月の分だけ減って、次の月も同じ5万3,000円が待っている、あまりにも地獄の毎日でした。
この構図は、あまりにも地獄でした。
あなたは、思ったより早く減っていく通帳を、
見たことがありますか?
通帳に出した分を、余白に書くたびに、
5万3,000円が、
頭の中の、次の月に、そのまま積まれていきました。
1年で、63万6,000円。
誕生月のハガキを、
お守りみたいに読んでいた頃の私が、
今思うと、ただの、お気楽な人に見えて仕方がありません。
もう!
毎年、ハガキを開いていたのに、
なんで、一度も足さなかったのよ。
本当に、恥ずかしくて、情けなくて。
そんな時、私に転機が来ました。
レジのあと、
「老後 収入 足りない」と、
検索を重ねたんです。
画面に出てきた言葉の中に、「副業」がありました。
でも、私は、すぐに、画面を閉じました。
だって、副業なんて、
若い人たちのものだし、
ホームセンターのレジに立つだけの私に、
できるわけがない。
そう思ったからです。
家計簿をつけて、食費を削って、夫を頼ってきた私への答えが、この電卓の数字だなんて。
だってそうでしょう?
今さら勉強して、今さらがんばるなんて、
カッコ悪いじゃないですか。
そんなことをしたくないから、
家計簿をつけて、食費を削って、
我慢するところは、ぐっと我慢して、
賢く、堅実にやってきたんですよ。
副業に手を出すなんて、
自分のこれまでの努力を、
全部、なかったことにするみたいでした。
……でも、
この毎月5万3,000円を、また家計簿に書いたままにするのか。
5万3,000円は、埋まっていません。
という言葉が、頭をよぎったんです。
家計簿を、毎月つけてきたのに、無駄でした。
ハガキを、毎年開いてきたのに、無駄でした。
欲しいものも、わがままも後回しにして、
いい妻、いい大人の道を選んできて、
その全部の努力が、
電卓の足し算ひとつで、無駄だったと言われた。
この採点を、私は突きつけられたわけです。
なんだったの。私の57年は。
なんだったの。毎月つけてきた家計簿は。
そう考えたら、腹が立ちました。
「なんとかなるって」と言った夫にも、
申し訳ないけれど、腹が立ちました。
「うちも、食費が先に超えるよ」と言った仲間にも、
腹が立ちました。
だって、そうでしょう?
夫も、仲間も、
電卓で足し算をしていません。
私だけが、食卓で通帳を開いて、
余白に、5万3,000円を書いている。
残っている差は、毎月5万3,000円です。
年にすれば、63万6,000円です。
このまま、自分たちの老後が自滅していくのを、
黙って見ているのか。
そう思ったら、私は、待っていられませんでした。
だめな妻だと、言われてもいい。
今さら何を、と笑われてもいい。
私は、もう、
夫の「なんとかなる」に、
うなずいているだけの人は、やめます。
私は、私のために生きる。
だって、私の人生です。
私は、57年間、
自分のための人生を、
生きていませんでした。
自分の老後の数字を、
自分の手で足したことが、
一度もなかったんです。
それを、認めることにしました。
そして、食卓の通帳の前で、
裸一貫になった今。
私は、再スタートを切ります。
他でもない、私自身のために。
そう、決めました。
毎月5万3,000円の差を、家計簿に書いたままにするのをやめました。
私は、そこから、
レジの休憩のたびに、
副業のことを調べました。
自分でも、笑っちゃいます。
副業なんて、
絶対にやらないと決めていたのに。
胡散臭い、と思っていました。
若い人がやるものだ、と思っていました。
夫の年金で、このまま逃げ切れる、と思っていました。
その全部を、私は、捨てました。
なぜなら、お金がなかったからです。
夫を守るために。
これからの暮らしを守るために。
そして、お釣りを数えながら泣いていた、
自分の心を守るために。
情けないですが、夫の年金と私の稼ぎでは、
足りなかったんです。
見込額と、家計簿と、慎ましさが賢いと信じて、増やすことから目をそらしていました。
いちばん悔しかったのは、
お金を「増やす」ことから、
逃げていたことです。
〇:お金を貯金する
〇:慎ましい生活をする
〇:先を見据えてお金を残す
これらが、堅実な、賢い生き方だと
思っていました。
でも、今だからわかります。
これは、ただの、飼い殺しにされる生き方でした。
これは、この文章を読んでいる
ほとんどの方に、当てはまることのはずです。
なぜなら、私は、家計簿をつけて、
食費の予算まで決めていたからです。
見込額で足りると思っていた老後は、毎月5万3,000円の差の前で、崩れました。
昔の私を、呪って、呪って、呪って。
もっと早く、お金を増やすことを
考えていればよかった。
賢く生きる、という言葉を、
もっと見直すべきでした。
そんなことを、ずっと、ずっと、ずっと考えていました。
なぜなら、私は、もう57歳で、
お金を増やす知識なんて、
何ひとつ、持っていないからです。
今さら、はじめるの?
若い人を相手に?
そう考えたら、本当に怖かったです。
でも、私は、進む方を選びました。
あなたが何歳でも、ここまで読んでいるなら、
「進んで」と言いたいです。
あなたの人生で、いちばん若いのは、今日だから。
そして、あなたの人生を支えるのは、
国でも、自治体でも、
家族でも、夫でもなく、
「あなた自身」しかいないから。
お金を増やすことから、逃げていた。
その事実を、受け入れることにしました。
でも、受け入れても、そこからが大変でした。
なぜなら、副業には、
それ相応のハードルがあるからです。
物販、当然無理です。
むしろ、何を売ったらいいのか。そんなことすら想像がつきませんでした。
転売、当然無理です。
まず在庫を抱えるお金もないし、在庫を置くスペースもありません。
アフィリエイト、当然無理です。
まずSNSやブログで、記事を大量に用意したり投稿を大量に用意する時点で無理です。
SNSの運用代行なども当然無理です。
そもそも最新のSNSの動向を追い続けないといけない時点で無理でした。
FXやトレード、当然無理です。
グラフの上がり下がりとかを読む、ローソク足がとか、そんなことの全てに吐き気を感じました。
YouTubeがいいだとか、TikTokがいいだとか、
そんな話も大量に聞きました。
当然無理です。そもそも、これらは若い人との勝負な訳で、私にはできる気がしませんでした。
そして、最新のAIも無理でした。
AIって聞いたら楽な話に聞こえるじゃないですか。
でも、すでにAIが楽な時代は終わっていて、ClaudeコードだのCodexだの、よくわからない構造体がたくさんあって、
これを管理できる頭が必要で、かつ、API(使った分だけ、お金がかかる)仕組みの中での話でした。
知識もないのに、いきなり使った分だけお金がかかる。。これって怖くないですか?
その辺の若造から、何度も『使った分だけしかお金がかからないから大丈夫ですよ。』なんて言われたのですが、
実際、私の知人はその話を鵜呑みにした結果、10万以上の請求をされていました。
AI、怖い。
またしても、、、
またしても、光を奪われるのか。
せっかく「人生で初めて、私の人生を生きるんだ。」と決められたのに。
決心は、年齢によって潰されるのか。。。
そうがっかりしていました。
そんな中で、たった1人だけ
〇:競争なんてしなくていい
〇:顔出しもしなくていい
〇:在庫も抱えなくていい
〇:隙間時間でコツコツしたらいい
〇:才能も知識もいらない
〇:老若男女とわない
というスタイルで、運営している人を見つけました。
最初は、あまりにもウマイ話に見えてしまって、正直私は毛嫌いしていました。もっとも遠ざけていた人といっても過言ではないです。
ただ、先ほども書いたとおり、
巷の副業は、全て無理でした。
物販も転売も、
アフィリエイトも、
SNSの運用代行も、
FXやトレードも、
YouTubeもTikTokも、
全部「無理」です。
私にそんな能力なんてありません。
新しい能力を身につけず、お金を稼ぐ必要がありました。
これが、私がその人から学ぶことを決意した理由です。
あなたはどうでしょう。
・新しいことを学べますか?
・新しいAIを使って、最先端のことで、若い世代と戦えますか?
・トレードなどの複雑なグラフを見れますか?
・転売ヤーと揶揄されながら、仕入れ活動に奔走できますか?
もし、これらが無理なら、あなたは私と同じです。
競わず・新しい能力をつけず・過去の積み上げたもので、なんとか食っていく必要がある。
そんな立場の人です。
その立場の人にとって、私が学んだ人は最適です。
なぜなら、こんなことを言っていたからです。
(1)努力は1度でいい
(2)元手不要、在庫抱えなくていい
(3)才能不要、実績不要、年齢も問わない
と。
さらにこんな事も言ってました。
毎日の労働は、川(会社)に、カバンというバケツを持って水を汲みにいく作業だ。と。
でも、バケツだからこそ手を止めたら終わりだし、バケツを取り上げられたら終わりである。
これがクビという現象であり、毎日の出社が必然とされているわけだが、
もし、ここで水路を作れたらどうだろう。
水路を作ったら、水道を作ったら、蛇口を撚れば水が出る。そんな構造が完成する。
もし、あなたがバケツ・一生労働型でいいならそれもいい。
ただ、水道を作ったら、水路を作ったら、あなたは一生の苦悩から解放される。と。
さて。ここであなたに問います。
今、あなたは、どんな気持ちでこの文章を読んでいるでしょう。
少なくない人が、心にガードをして読んでいるはずです。
昔の私も同じでした。
ただ、自分が同じだったからこそ、あえて言わせてください。
「あなたは、バカですか?」と。
なぜなら、私は、飼い殺しにされてきた自分の人生を後悔しているからです。
私は、挑戦をしないことを堅実だと思っていました、
息を潜めて、手のひらに乗る幸せを、必死に握りしめて、
1粒たりとも、幸せの砂をこぼさない生き方をすること。
これが、いい大人になることだと思っていました。
これが、賢く生きるってことだと思っていました。
でも、私は、そんな「賢く生きる」というイメージに、人生を潰されかけかけました。
というか、潰されました。
今だから思います。
「お金が大事だとわかってるくせにお金に直視するのを避けてる自分」を殺してよかったと。
なぜなら、働いている段じゃないからです。
57歳です。夫は、来年60歳になります。
ねんきん定期便を、はじめてふたり分足しました。夫が年189万6,000円、私が年82万8,000円。月にすると22万7,000円です。
家計簿は28万円ほどで、差は毎月5万3,000円です。週の食費は、予算1万8,000円が会計2万1,400円でした。
となった時、私は「時間を使わず、お金を得る」ことを絶対に習得すべきでした。
ってことを書いているのに、
「心をガードして、斜に構えている」とするなら。
それは、ね。
バカですよ。
理由?理由はあります。ちゃんとあります。
日本海溝より深い理由があります。
なぜなら、人生は短いからです。
考えてみてください。
あなたの大切な人との時間、刻一刻と減っています。
あなたの人生も、毎日終わりに向かって進んでいます。
本当に、大事にすべきことは、ここでは?
お金が全てではない。
そんなこと当然知っています。
でも、だから稼ぐんですよ。
なぜなら、お金がないことで、
「残りあとわずかな、あなたと・大事な人との人生」を潰すからです。
棒に振るってしまうからです。
お金がないから、治療費を削ります。
お金がないから、介護代を削ります。
お金がないから、施設に入れて上げられないです。
・・・ね。
お金が全てではない。って言ってるあなた。
あなたは、その言葉の裏で「大事な人へのベストな選択肢」を捨ててるんです。
これって、悲しくない?
そう考えた時、私は、人生を変えたい。
こんな人生リセットしたい。
そう強く思いました。
ちなみに、私が学ぶことを決意した人のメールはこれです。
毎月、リアルでの作業会もしていらっしゃいます。
ネットの虚像・虚構ではなく、生身で会える・嘘偽りのない人です。
きっかけをくれた人のメールを、
同じように読むことができます。
この文章を書いた理由
いま私は、自分の苦しかった過去を踏まえて、もう2度と昔の私のような人を出さないための活動をしています。
私は、過去の私を強く恥じています。
後悔しています。
夫が「なんとかなるって」と言った定期便の横で、その言葉にいらだっていたことを、恥じています。
足した月22万7,000円と、家計簿の差は、毎月5万3,000円のままです。
仲間に「うちも、食費が先に超えるよ」と言われた週の3,400円と、毎月の5万3,000円は、別のままです。
だから、ハガキを2枚並べたまま、夫の前で言える妻でいたい。そう思っています。
この、当たり前のことを当たり前にできない社会です。
だったらせめて、私が手を伸ばせる人には伸ばしたい。
自分が辛かったからこそ、これをちゃんと叫びたい。そう思っています。
ほとんどの場合、あなたは昔の私と同じように
「バケツ型」の人生のはずです。
一度でいいから、本気で「もし、水路的な」お金が入ったら。と心の底から強く思ってみてください。
もし、雇われず・国に、会社に、他人に頼らず、
3万でも、5万でも10万でも入っていたら。と。
決して、私は大金持ちになりたいとは思わないです。
でも、、、
もし、朝起きたら、10万、20万とか入っていたら。と。
もし、そんな奇跡が毎月、毎日、続いたら・・と。
こっちの人生は、心の底から欲しいと思います。
なぜなら、そんな毎日が続いたら、
大切な人との時間を、
大切な人の「もしも」を、
この手で、大事にすることができるからです。
頑張って就職をして、子育てをして、ようやく自由が。
そんな時に、また新たなお世話問題が。
そんなことでまた人生を費やす。こんなバカなことがあっていいのでしょうか。
バカなことって書いたら言葉が悪いですが、でも、そうでしょう?
だって私たちの人生は、私たちのものなんだから。
私たちは、家族の世話のために生まれたんじゃなくて、私たちの人生を生きるために生まれてきてるんです。
これも、きっかけをくれた人の受け売りなんですけどね。笑
でも、そうだと思うんです。
私たちの人生を、私たちの手に取り戻す。
この当たり前の幸せを手放さないために。
その気持ちで、きっかけをくれた人との運営に力を注いでいます。
この文章が、少しでも多くの人の希望になったら嬉しいです。
真由美
もう一度だけ。
きっかけをくれた人のメールは、
こちらから読めます。