雅子のブログ「定年退職した翌年、去年の私の住民税が届いた話」から来てくださった方へ
収入が減った年に、去年の私の税金が届きました。

1枚 4万8,000円

残り 3枚

辞めたあとの6月に、納付書を4枚並べた時、 私は、、、 目の前が真っ暗になりました。

これは、私の恥ずかしい告白です。

38年、勤めた職場。
最後の日まで、お世話になった同僚たち。
そして、毎日、働いて支えてくれていた夫。

その夫が、納付書をなぞりながら、
「辞めたあとのほうが、お金のことを考えるなんてなあ」
と、ぽつりと言いました。

私は、「そうね」と笑いました。
そのまま、洗面所に入って、
水を出しっぱなしにしました。

夫のその一言が、
私には、ただの苛立ちに聞こえてしまったんです。
「そんなこと、私が一番わかっています」と。

でも、何よりショックだったのは、
38年、きちんと働いてきたはずの私の中に、
夫の言葉に腹を立てている自分がいたことでした。
残りは、3枚で14万4,000円です。

こんにちは、雅子です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

ブログに書いているのは、作り話ではありません。
私の身に起きたことです。
そして、同じ年代の友人たちにも、
よく似たことが起きています。

3月に60歳で信用金庫を定年して、
4月から、近所の図書館で、週3日のパートをしています。

1枚4万8,000円を貯金から払ったあと、残り3枚、14万4,000円が残ったことはありますか?

辞めたあとの、お金の話。
こんなことを書いたら、
不謹慎に聞こえるかもしれません。

でも、実際に私の身に起きたからこそ、
あえて、言わせてください。

まだ先でしょ。
請求なんて、もっとあとでしょ。

そんなふうに、思っていませんか?

もし、そう思っているなら。
あなたの未来は、もしかしたら、
予想よりも、ずっと暗いものかもしれません。

なぜなら、この世の中は、
私たちが無防備なまま、
お金の請求に出会うように
できているからです。

少なくとも私は、自分を呪いました。
自分の浅はかさを、呪いました。

だって、考えてみてください。

会社を辞めたら、
給料から引かれていた住民税もなくなる。
税金も一緒に、小さくなる。

夫の再雇用とパートで、
年金が始まるまでは、なんとか回る。

住民税は、毎月引かれるもの。
あとから請求が来るなんて、聞いたこともない。

そんな世界が、広がっていませんでしたか?

38年間、そう信じて、
疑ったことは、ただの一度もありませんでした。

でも、この「予定」が、
もし、崩れてしまったら……。

私の身に起きたのは、まさに、
その予定が崩れることでした。

辞めれば税金も小さくなると信じていたのは、運が悪かったのではなく、ただの無知でした。

言い訳に聞こえるかもしれませんが、
これだけは、言わせてください。

私は、準備をしていた側の人間です。

38年、毎月の給与明細は、
ちゃんと、見てきました。

「住民税は、去年の所得で決まる」
その言葉だって、
知識としては、知っていたんです。

最後の給料では、
5月までの住民税が、
まとめて引かれていました。

「これで全部終わったのね」と、
明細を見て、ほっとしたくらいです。

それでも、崩れたんです。

なぜなら、終わったのは、
辞めるまでの分だけだったから。

6月から先は、
去年の所得にかかった住民税を、
自分で納める番でした。

もっというと、
私は、こんなふうにも考えていました。

辞めたら、住民税も小さくなる。
パートの暮らしは、そのぶん楽になるくらいだ、と。

だってそうでしょう?

3月に辞めて、6月の半ば。
郵便受けに、薄い封筒が入っていました。
開けると、納付書が4枚。
玄関に立ったまま、封筒を持つ手が、動きませんでした。

去年の所得の分の請求が、
4枚まとめて来るなんて、
思ってもいませんでした。

納期限は、6月、8月、10月、翌年の1月。
1枚が、4万8,000円。
4枚で、年19万2,000円。

私のパートは、月6万円ほど。

1枚の4万8,000円は、
パート代の、だいたい8割です。

夫は再雇用で、週4日。
年金が始まるのは、来年です。

その全部が、
同じ年に、一度に重なりました。

あなたは、笑っていられますか?

本来なら、、本来なら、ですよ。

38年勤めて、60歳で定年を迎える。
これは、おめでとうと、
笑って言い合っていい節目のはずです。

そして、

本来なら、、本来なら、ですよ。

おばの「まだ若いんだから、働けるじゃない」という言葉は、
励ましです。
ありがたく受け取るのが、
いい大人だということも、ちゃんと理解しています。

でも、私の中では、
それらは、笑って受けとめられない出来事に、
なってしまっていました。

少なくとも、笑って「ありがとう」とは、
言えませんでした。

顔は、笑っていたかもしれません。
でも、心の中では、泣いていました。
腹が立っていました。

「なんでアンタたちに。」
おばにも、元同僚にも、市役所にも、思いました。

「私の38年を、知ってるの?」
そんなふうに、思っちゃっていました。

でも、同時に。

「ごめんね。ごめんね。こんな妻で。許してね。」
と、洗面所の水の音の中で、
夫に向かって、泣いていました。

どうしてだと思いますか?

答えは、お金です。

貯めていなかったわけではありません。
ただ、請求が来る速度が、
私の予定より、ずっと早かった。

それだけのことなんです。

これで、私は、残り14万4,000円を前にした自分になりました。

元同僚とおばに話したら、「びっくり」と「若いんだから」が返ってきて、19万2,000円は軽くなりませんでした。

まず、近い人に話しました。

元同僚は、言いました。
「私も普通徴収で、びっくりしたのよ」

おばは、言いました。
「去年働いていたんだから、そりゃそうでしょう」
そして、続けて、
「まだ若いんだから、働けるじゃない」

びっくりを分け合っても、
19万2,000円は、
1円も軽くなりません。

60歳の「若い」は、
どこか遠いところから、
聞こえてくる声のようでした。

誰も悪くありません。
相手も、同じ請求を、
自分で納めている人たちだからです。

貯金から1枚払って、ノートの余白に書いた「貯金から」の続きは、ペンが止まりました。

次に、貯金から払いました。

最初の1枚、4万8,000円は、
出せる額ではありました。

ノートの余白に、
「貯金から」と書きました。

その続きに、
残りの3枚を、どうするのかを
書こうとして、ペンが止まりました。

この貯金は、病院や、
家の修理のための分でもあります。

出せば、その分だけ、
もしもの時のお金が減ります。

8月、10月、翌年の1月。
同じ額が、同じように待っています。
残りの3枚で、14万4,000円。

払った1枚が小さく見えるくらい、
カレンダーの残り3つの赤が、
大きく見えました。

市役所で「合計は同じです」と言われて、聞きたいことの半分も聞けずに、席を立ちました。

最後に、市役所の窓口へ行きました。

窓口の人は、とても丁寧でした。
「前年の所得で決まります」
「分けて納めても、合計は同じです」

その説明は、正しいんです。
正しくて、丁寧で、
だからこそ、何も言い返せませんでした。

私は、聞きたいことの
半分も、聞けないまま、
席を立ちました。

38年、数字の読める職場にいたのに。
窓口の前では、
ただの、おろおろした60歳でした。

近い人に話しても、
貯金から出しても、
窓口で聞いても、

入ってくるお金より、
出ていくお金のほうが、早い。

「入ってくるお金 < 請求が来る速度が速いお金」

この構図の前では、
私は、何もできませんでした。
あまりにも、無力でした。

少しだけ、ご自分に当てはめてみてください

・パートの月6万円に対して、1枚が4万8,000円の納付書を見て、玄関に立ったまま、まず8割がなくなる計算を頭の中でしていました。

・最後の給料で5月までの住民税が引かれたのを見て、「これで全部終わったのね」と、4枚が残っているとは知らずにほっとしていました。

・貯金から最初の1枚の4万8,000円を払ったあと、残りの3枚で14万4,000円になると、ノートの余白に書こうとして、ペンが止まりました。

4枚のうち1枚を払っても、カレンダーにはあと3つの納期限が待っている、あまりにも地獄の毎日でした。

「入ってくるお金 < 請求が来る速度が速いお金」

この構図は、あまりにも地獄でした。

あなたは、思ったより早く減っていく通帳を、
見たことがありますか?

貯金の通帳の隣に、ノートを置きました。
払った1枚、4万8,000円の下に、
残りの3枚で、14万4,000円。

通帳の数字を見るたびに、
ノートの14万4,000円が、
頭の中で、先に引かれていきました。

38年、毎月の明細を見て、
「私は、ちゃんとしている」と思っていた頃が、
今思うと、ただの、無知な人に見えて仕方がありません。

どうして。
38年も明細を見てきて、
6月から請求が来ることを、
一度も、自分の暮らしに当てはめなかったの。

もう、本当に恥ずかしくて、情けなくて。

そんな時、私に転機が来ました。

図書館の帰り道、
「パート 収入 足りない」と、
携帯に打ち込んだんです。

出てきた言葉の中に、「副業」がありました。

でも、私は、その言葉を、すぐに押し返しました。

だって、副業なんて、
若い人たちのものでしょう。
本を並べる仕事の私に、
向いているはずがない。
そう思ったからです。

38年、まじめに勤めた先に、こんな薄い封筒が待っているなんて思わなかった。

だってそうでしょう?

今さら勉強して、今さら一から始めるなんて、
カッコ悪いじゃないですか。

そんなことをしたくないから、
38年、天引きされるものは黙って引かれて、
貯金もして、
賢く、堅実にやってきたんです。

副業に手を出すなんて、
自分の38年を、
まるごと否定するみたいでした。

……でも、

この残り14万4,000円を、またノートの余白に書いたままにするのか。
14万4,000円は、残っています。

という言葉が、頭をよぎったんです。

38年、勤めあげたのに、無駄でした。
毎月の明細を、全部見てきたのに、無駄でした。

欲しいものも、わがままも後回しにして、
いい勤め人、いい妻の顔をしてきて、

その全部の努力が、
薄い封筒1通で、無駄だったと言われた。

この採点を、私は突きつけられたわけです。

なんだったの。私の38年は。
なんだったの。毎月きちんと見てきた明細は。

そう考えたら、腹が立ちました。

「まだ若いんだから」と言ったおばにも。
「びっくりしたのよ」と言った元同僚にも。
申し訳ないけれど、
「辞めたあとのほうが」と言った夫にも。

だって、そうでしょう?

おばも、元同僚も、夫も、
それぞれが、自分の請求の中にいて、
私の4枚には、手を貸してくれません。

払ったのは1枚、4万8,000円です。
残りは3枚、14万4,000円です。
年にすれば、19万2,000円です。

このまま、洗面所で水を出して、
ひとりで笑ってごまかして、
家計が自滅していくのを、見ているのか。

そう思ったら、私は、待てませんでした。

だめな勤め人だったと言われてもいい。
今さら何を始めるのと、言われてもいい。

私は、もう、
「黙って引かれる側」でいるのは、やめます。

私は、私のために生きる。

だって、私の人生です。

私は、60歳になるまで、
自分のための人生を、
生きていませんでした。

38年、お金の数字に囲まれて、
自分のお金の行き先だけは、
自分の目で、見たことがなかったんです。

それを、認めることにしました。

そして、4枚の納付書の前で、
裸一貫になった今。

私は、再スタートを切ります。

他でもない、私自身のために。

そう、決めました。

残り14万4,000円を、ノートの余白に書いたままにするのをやめました。

私は、そこから、
夢中で、副業のことを調べました。

おかしいでしょう。
副業なんて、
自分には一生関係がないと思っていたのに。

胡散臭い、と思っていました。
若い人がするものだ、と思っていました。
私は、まじめに勤めあげて、
このまま逃げ切るのだ、と思っていました。

その全部を、私は、捨てました。

なぜなら、お金がなかったからです。

夫を守るために。
貯金を守るために。
そして、洗面所で水を出していた、
自分の心を守るために。

情けないですが、38年働いて貯めたお金では、
足りなかったんです。

貯金と、天引きと、慎ましさが賢いと信じて、増やすことから目をそらしていました。

いちばん反省したのは、
お金を「増やす」ことから、
逃げていたことです。

〇:お金を貯金する
〇:慎ましい生活をする
〇:先を見据えてお金を残す

これらが、堅実な、賢い生き方だと
思っていました。

でも、今だからわかります。

これは、ただの、飼い殺しにされる生き方でした。

これは、この文章を読んでいる
ほとんどの方に、当てはまることのはずです。

なぜなら、私は、38年、毎月の明細を見て、
貯金もしてきたからです。

働けるうちは足りると思っていた暮らしは、残り14万4,000円の前で、崩れました。

昔の私を、呪って、呪って、呪って。

もっと早く、お金を増やすことを
考えていればよかった。
賢く生きる、という言葉を、
もっと見直すべきでした。

そんなことを、ずっと、ずっと、ずっと考えていました。

なぜなら、もう60歳で、
お金を増やす知識なんて、
何ひとつ持っていないからです。

今さら、はじめるの?
若い人を相手に?

そう考えたら、本当に怖かったです。

でも、私は、進む方を選びました。

あなたが何歳でも、ここまで読んでいるなら、
「進んで」と言いたいです。

あなたの人生で、いちばん若いのは、今日だから。

そして、あなたの人生を支えるのは、
国でも、市役所でも、
家族でも、夫でもなく、
「あなた自身」しかいないから。

お金を増やすことから、逃げていた。
その事実を、受け入れることにしました。

でも、受け入れても、そこからが大変でした。

なぜなら、副業には、
それ相応のハードルがあるからです。

物販、当然無理です。

むしろ、何を売ったらいいのか。そんなことすら想像がつきませんでした。

転売、当然無理です。

まず在庫を抱えるお金もないし、在庫を置くスペースもありません。

アフィリエイト、当然無理です。

まずSNSやブログで、記事を大量に用意したり投稿を大量に用意する時点で無理です。

SNSの運用代行なども当然無理です。

そもそも最新のSNSの動向を追い続けないといけない時点で無理でした。

FXやトレード、当然無理です。

グラフの上がり下がりとかを読む、ローソク足がとか、そんなことの全てに吐き気を感じました。

YouTubeがいいだとか、TikTokがいいだとか、

そんな話も大量に聞きました。

当然無理です。そもそも、これらは若い人との勝負な訳で、私にはできる気がしませんでした。

そして、最新のAIも無理でした。

AIって聞いたら楽な話に聞こえるじゃないですか。

でも、すでにAIが楽な時代は終わっていて、ClaudeコードだのCodexだの、よくわからない構造体がたくさんあって、

これを管理できる頭が必要で、かつ、API(使った分だけ、お金がかかる)仕組みの中での話でした。

知識もないのに、いきなり使った分だけお金がかかる。。これって怖くないですか?

その辺の若造から、何度も『使った分だけしかお金がかからないから大丈夫ですよ。』なんて言われたのですが、

実際、私の知人はその話を鵜呑みにした結果、10万以上の請求をされていました。

AI、怖い。

またしても、、、

またしても、光を奪われるのか。

せっかく「人生で初めて、私の人生を生きるんだ。」と決められたのに。

決心は、年齢によって潰されるのか。。。

そうがっかりしていました。

そんな中で、たった1人だけ

〇:競争なんてしなくていい

〇:顔出しもしなくていい

〇:在庫も抱えなくていい

〇:隙間時間でコツコツしたらいい

〇:才能も知識もいらない

〇:老若男女とわない

というスタイルで、運営している人を見つけました。

最初は、あまりにもウマイ話に見えてしまって、正直私は毛嫌いしていました。もっとも遠ざけていた人といっても過言ではないです。

ただ、先ほども書いたとおり、

巷の副業は、全て無理でした。

物販も転売も、

アフィリエイトも、

SNSの運用代行も、

FXやトレードも、

YouTubeもTikTokも、

全部「無理」です。

私にそんな能力なんてありません。

新しい能力を身につけず、お金を稼ぐ必要がありました。

これが、私がその人から学ぶことを決意した理由です。

あなたはどうでしょう。

・新しいことを学べますか?

・新しいAIを使って、最先端のことで、若い世代と戦えますか?

・トレードなどの複雑なグラフを見れますか?

・転売ヤーと揶揄されながら、仕入れ活動に奔走できますか?

もし、これらが無理なら、あなたは私と同じです。

競わず・新しい能力をつけず・過去の積み上げたもので、なんとか食っていく必要がある。

そんな立場の人です。

その立場の人にとって、私が学んだ人は最適です。

なぜなら、こんなことを言っていたからです。

(1)努力は1度でいい

(2)元手不要、在庫抱えなくていい

(3)才能不要、実績不要、年齢も問わない

と。

さらにこんな事も言ってました。

毎日の労働は、川(会社)に、カバンというバケツを持って水を汲みにいく作業だ。と。

でも、バケツだからこそ手を止めたら終わりだし、バケツを取り上げられたら終わりである。

これがクビという現象であり、毎日の出社が必然とされているわけだが、

もし、ここで水路を作れたらどうだろう。

水路を作ったら、水道を作ったら、蛇口を撚れば水が出る。そんな構造が完成する。

もし、あなたがバケツ・一生労働型でいいならそれもいい。

ただ、水道を作ったら、水路を作ったら、あなたは一生の苦悩から解放される。と。

さて。ここであなたに問います。

今、あなたは、どんな気持ちでこの文章を読んでいるでしょう。

少なくない人が、心にガードをして読んでいるはずです。

昔の私も同じでした。

ただ、自分が同じだったからこそ、あえて言わせてください。

「あなたは、バカですか?」と。

なぜなら、私は、飼い殺しにされてきた自分の人生を後悔しているからです。

私は、挑戦をしないことを堅実だと思っていました、

息を潜めて、手のひらに乗る幸せを、必死に握りしめて、

1粒たりとも、幸せの砂をこぼさない生き方をすること。

これが、いい大人になることだと思っていました。

これが、賢く生きるってことだと思っていました。

でも、私は、そんな「賢く生きる」というイメージに、人生を潰されかけかけました。

というか、潰されました。

今だから思います。

「お金が大事だとわかってるくせにお金に直視するのを避けてる自分」を殺してよかったと。

なぜなら、働いている段じゃないからです。

61歳で、4月から近所の図書館のパートに、週3日出ています。月6万円ほどです。

退職した翌年、去年の給料で決まった住民税の納付書が4枚届きました。1枚は4万8,000円で、パート代のだいたい8割です。

貯金から1枚は払いました。残り3枚は14万4,000円のままです。夫は再雇用で、週4日です。

となった時、私は「時間を使わず、お金を得る」ことを絶対に習得すべきでした。

ってことを書いているのに、

「心をガードして、斜に構えている」とするなら。

それは、ね。

バカですよ。

理由?理由はあります。ちゃんとあります。

日本海溝より深い理由があります。

なぜなら、人生は短いからです。

考えてみてください。

あなたの大切な人との時間、刻一刻と減っています。

あなたの人生も、毎日終わりに向かって進んでいます。

本当に、大事にすべきことは、ここでは?

お金が全てではない。

そんなこと当然知っています。

でも、だから稼ぐんですよ。

なぜなら、お金がないことで、

「残りあとわずかな、あなたと・大事な人との人生」を潰すからです。

棒に振るってしまうからです。

お金がないから、治療費を削ります。

お金がないから、介護代を削ります。

お金がないから、施設に入れて上げられないです。

・・・ね。

お金が全てではない。って言ってるあなた。

あなたは、その言葉の裏で「大事な人へのベストな選択肢」を捨ててるんです。

これって、悲しくない?

そう考えた時、私は、人生を変えたい。

こんな人生リセットしたい。

そう強く思いました。

ちなみに、私が学ぶことを決意した人のメールはこれです。

毎月、リアルでの作業会もしていらっしゃいます。

ネットの虚像・虚構ではなく、生身で会える・嘘偽りのない人です。

きっかけをくれた人のメールを、
同じように読むことができます。

この文章を書いた理由

いま私は、自分の苦しかった過去を踏まえて、もう2度と昔の私のような人を出さないための活動をしています。

私は、過去の私を強く恥じています。

後悔しています。

夫が「辞めたあとのほうが、お金のことを考えるなんてなあ」と納付書をなぞったとき、「そうね」と笑いながら、先に8割の計算をしていたことを、恥じています。

4枚で年19万2,000円。払った1枚の下に、残り3枚で14万4,000円が残っています。

ノートの余白に「貯金から」と書いたあと、ペンは止まったままです。

だから、残りの3枚を伏せないまま、夫の前で言える妻でいたい。そう思っています。

この、当たり前のことを当たり前にできない社会です。

だったらせめて、私が手を伸ばせる人には伸ばしたい。

自分が辛かったからこそ、これをちゃんと叫びたい。そう思っています。

ほとんどの場合、あなたは昔の私と同じように

「バケツ型」の人生のはずです。

一度でいいから、本気で「もし、水路的な」お金が入ったら。と心の底から強く思ってみてください。

もし、雇われず・国に、会社に、他人に頼らず、

「彼らからお金をもらうことなく、」

3万でも、5万でも10万でも入っていたら。と。

決して、私は大金持ちになりたいとは思わないです。

でも、、、

もし、朝起きたら、10万、20万とか入っていたら。と。

もし、そんな奇跡が毎月、毎日、続いたら・・と。

こっちの人生は、心の底から欲しいと思います。

なぜなら、そんな毎日が続いたら、

大切な人との時間を、

大切な人の「もしも」を、

この手で、大事にすることができるからです。

頑張って就職をして、子育てをして、ようやく自由が。

そんな時に、また新たなお世話問題が。

そんなことでまた人生を費やす。こんなバカなことがあっていいのでしょうか。

バカなことって書いたら言葉が悪いですが、でも、そうでしょう?

だって私たちの人生は、私たちのものなんだから。

私たちは、家族の世話のために生まれたんじゃなくて、私たちの人生を生きるために生まれてきてるんです。

これも、きっかけをくれた人の受け売りなんですけどね。笑

でも、そうだと思うんです。

私たちの人生を、私たちの手に取り戻す。

この当たり前の幸せを手放さないために。

その気持ちで、きっかけをくれた人との運営に力を注いでいます。

この文章が、少しでも多くの人の希望になったら嬉しいです。

雅子

もう一度だけ。
きっかけをくれた人のメールは、
こちらから読めます。