これは、私の恥ずかしい告白です。
雨の日の階段で滑って、
右手首を骨折しました。
ギプスをはめたのは、先週です。
痛いのは、仕方ないんです。
不便なのも、仕方ない。
そこまでは、どこにでもある話でした。
恥ずかしいのは、そのあとです。
店長が電話で、
明るい声で言ってくれました。
ありがたい言葉です。
本当に、ありがたい。
なのに私は、電話を切ったあと、
冷蔵庫の前に立ったまま、
時給をかけていたんです。
1,100円。
1日5時間。
週4日で、6週間。
13万2,000円。
「お大事に」と言われたあと、
「いくら減るの?」と思いました。
私は、電卓を開きました。
夫も、毎日のように言ってくれます。
その言葉まで、私はまっすぐ受け取れませんでした。
「ゆっくり休んだ分は、誰が払うの」と、
心の中で思っていたんです。
世話になった人の優しい言葉が、
そのまま、苛立ちの種になっていました。
でも、何よりもショックだったのは、
「お大事に」のあとで、いくら減るの、と思った自分がいたことでした。
穴は、13万2,000円です。
こんにちは、典子です。
ここまでの文章を読んでいただき、ありがとうございました。
申し遅れました。
56歳です。
同じスーパーの品出しを、9年続けています。
夫の扶養の中で、働いています。
ブログの各種記事は、紛れもない私の実体験です。
そして、私の周りの仲間に起きたことでもあります。
扶養のまま休んで、13万2,000円の穴が残り、窓口の1万6,000円では届かなかったことはありますか?
家族のこと。大切な人のもしも・・・。
こんなことを書いたら、不謹慎かもしれません。
でも、実際に自分の身に起きたからこそ、
敢えて言わせてください。
まだ先かもしれない。
まだ先だろう。
手が止まるのは、もっとあと。
この週ではない。
そんなふうに、思っていませんか?
もし、そう思っているなら。
あなたの未来は、もしかしたら予想よりも暗いかもしれません。
なぜなら、この世界は、
私たちが無防備なままリスクに直面するようにできているからです。
少なくとも、私は、自分の身を呪いました。
自分の浅はかさを呪いました。
だって、考えてみてください。
夫の扶養に入って、
パートで食費と光熱費を足して、
へそくりは封筒に置いておく。
夫が定年まで働けば、あとは年金でなんとかなる。
そんな世間の正解が、広がっていませんか?
私が頭に置いていたのは、次の三つです。
・休めば、傷病手当のようなものが出る。
・治れば、シフト表に名前が戻る。
・夫の扶養があるから、保険の心配は少ない。
これでなんとかなる。
パートの私でも、ちゃんと守られていると、
思っていました。
でも、考えてみてください。
この「予定」が、もし崩れてしまったら・・・と。
私の身に起きたのは、
まさに、この予定が崩れたことでした。
扶養に入っていれば守られると信じたのは、運が悪かったからではなく、知らなかったからでした。
自分の弁護をするわけではないですが、
念のために書かせてください。
私は、ちゃんと準備をしていたつもりです。
同じスーパーで、9年。
パートのお給料は、月に9万4,000円ほど。
そのうち3万円を、食費と光熱費に入れていました。
へそくりも、封筒に5万円ほど、置いていました。
扶養の紙の中にいれば、
守られる側の人間だと、疑ったこともありませんでした。
それでも、崩れたんです。
傷病手当金が出るのは、
自分の健康保険に入っている人でした。
私は、夫の扶養です。
出ません。
出ないと知ったのは、骨折してからです。
そこが、私の無知でした。
だってそうでしょう?
骨折したら、休む。
休んだら、手当が出る。
治ったら、また働く。
一つずつ、順番に片づくと思っていました。
入るお金がゼロになる横で、
出るお金だけが動くなんて。
しかも、一度に重なるなんて。
整形外科の窓口で、6週間に1万6,000円。
働けなかった分が、13万2,000円。
合わせて、14万8,000円です。
食費の欄にも、6週間で4万円ちょっとの穴が開きました。
夫は59歳です。
来年は定年で、再雇用になると聞いています。
お給料は、下がる、とも。
その夫が、毎日のように言ってくれるんです。
「ゆっくり休んで」と。
店長は、「治ったらまた来てね」。
夫は、「ゆっくり休んで」。
これらの言葉は、喜ばしいはずのものです。
本来なら、、本来なら、ですよ。
働けない私を、気づかってくれる職場と、家族。
その優しさに、「ありがとうございます」と笑って答える。
それが、いい人だということも、ちゃんと理解しています。
そして、
本来なら、、本来なら、ですよ。
でも、私の中では、もうその優しさまで、辛いものになってしまっていました。
少なくとも、心から笑って「ありがとうございます」と言えませんでした。
夫には、「大丈夫」と言いました。
顔は、笑っていたと思います。
でも、心の中では泣いていました。腹が立っていました。
「なんでアンタたちに。」って思っていました。
「私の13万2,000円、誰が埋めてくれるの?」と思っちゃっていました。
でも、同時に。
「ごめんね。ごめんね。こんな私で。。。許してね。」と、
夫に向かって、泣いていました。
なぜだかわかりますか?
理由はシンプルに、お金がなかったからです。
お金を貯めてなかったわけじゃない。
封筒に5万円、ありました。
9年、毎月、家にも入れていました。
でも、お金が減る速度のほうが、予定よりずっと早かったんです。
たったこれだけ。
これで、私は悪人になりました。
「うちも扶養だから、同じだよ」と笑った同僚の隣で、私の穴は一円も埋まりませんでした。
まず、近い人に聞いてもらおうとしました。
休憩室で、同僚に話したんです。
同僚は、笑って言いました。
同じなら、同じ穴の人が、もう一人いるだけです。
13万2,000円を、代わりに出してくれる人は、いません。
店長にも、復帰のことを聞きました。
返事は、「復帰は、また相談させてください」。
そのあとに、「体を大事にね」と言われました。
どちらも、優しい声でした。
優しい声のまま、シフト表に私の名前は戻りませんでした。
夫に頼れたら、と思いました。
でも、夫は59歳で、来年からお給料が下がります。
止まった穴を、夫の分で埋め続けることは、できません。
特売のチラシを3枚並べても、止まった1週間の穴には届きませんでした。
次は、自分で削ろうとしました。
特売のチラシを、3枚並べた日もあります。
米2kgが298円安い。
卵が10円安い。
安いものを、一つずつ足してみました。
足しても、1週間で2,000円に届きません。
止まった週の穴は、2万2,000円です。
節約は、悪いことではありません。
でも、2,000円では、2万2,000円の穴は埋まりませんでした。
役場でも夫の会社でも「まずは治すことが先」「当社からは」と言われて、扶養の私は誰の担当でもありませんでした。
最後は、制度に聞きました。
役場の窓口では、こう言われました。
夫の会社の総務からも、返事が来ました。
どちらも丁寧で、どちらも間違ったことは言っていません。
言っていないのに、私の13万2,000円は、誰の担当にもなりませんでした。
お金が予定より早く減っているとき、
頼みの制度も、窓口も、当てになりません。
だって、予定が狂っちゃっているんだから。
この構図ができてしまったとき、
私は、あまりにも無力でした。
13万2,000円の穴を、通帳から食費を回してしのぐ毎日は、あまりにも地獄でした。
この構図は、あまりにも地獄でした。
夫の給料日は、25日です。
私の10日の分が抜けた月は、通帳から食費を回しました。
夫には「大丈夫」と言いました。
本当は、大丈夫ではありません。
あなたは、想定よりも早く減っていく通帳を、見たことがありますか?
封筒に5万円あるから、
「これで、もしもの時も安心」って、思っていたんです。
今思うと、あの時の自分が、ただの無知なバカに見えて仕方がありません。
「扶養だから大丈夫」って、何を根拠に思っていたんだろう。
もう本当に恥ずかしくて、情けなくて。
少しだけ、ご自分に当てはめてみてください
・店長の「治ったらまた来てね」の電話を切ったあと、冷蔵庫の前で時給1,100円に6週間分をかけて、13万2,000円を先に出していました。
・夫に「大丈夫」と言ったけれど、本当は、へそくりの封筒の5万円では13万2,000円の穴に届かないと、わかっていました。
・夫の扶養に入っているから休んでも手当が出ると思っていたのに、傷病手当金は自分の健康保険に入っている人だけだと、骨折してから知りました。
そんな時、私に転機が訪れました。
休憩の10分に、ギプスの右手をテーブルに置いたまま、
スマホで「扶養 休んだら」と打ったんです。
未読は、あっという間に100を超えました。
「今日だけ」
「残り数名」
「あなたの年齢なら」
顔を出す話や、毎日続ける話。
副業の案内ばかりでした。
夫に言われました。
穴の金額は、説明できませんでした。
「ごめん」とだけ、言いました。
そして私は、すぐに、自分の思考を打ち消そうとしました。
なぜなら、どのメールも、若い人に負けない、という向きだったからです。
顔を出して、毎日続けて。
品出しの休憩10分で、件名だけで疲れてしまう56歳の私には、向いていないと思いました。
登録して、疲れて、解除して。
何件か開いて、やめかけました。
13万2,000円の穴は、窓口の1万6,000円では埋まりませんでした。
今さら勉強して、今さら努力して。
56歳の品出しのパートが、若い人の世界に混ざるなんて、みっともない。
そう思っていたんです。
私が選んできたのは、そっちじゃありません。
夫の扶養の中におさまって、へそくりは封筒に置いて、目立たず、堅実に。
それが、私なりの賢さでした。
だから、副業に手を出すのは、
9年のがまんを、自分の手で否定することに思えました。
・・・でも、
この13万2,000円の穴を、冷蔵庫の前の電卓のままにしているだけなのか。
穴は、埋まっていません。
という言葉が、頭をよぎったんです。
扶養の中でおとなしく働いた9年も、
毎月の3万円も、
封筒の5万円も、
みんな意味がなかったと言われたようでした。
欲しいものを我慢して、
わがままを飲み込んで、
いい妻・いいパートさんでいようとして、
その結果が、この採点です。
なんだったんだ。私の9年は。
なんだったんだ。「扶養なら大丈夫」と信じてきたことは。
腹が立ちました。
申し訳ないですが、店長にも、同僚にも、役場にも、夫の会社にも。
「ゆっくり休んで」と言ってくれる夫にさえ、八つ当たりしたくなる自分がいました。
だって、夫は59歳で、来年からお給料が下がる。
私は56歳で、右手にギプス。
自分で稼ぎ口を探せ、と言われているのと同じなんです。
それなのに、誰も手は貸してくれません。
返ってくるのは、「体を大事にね」だけ。
私は、こんな目に遭うために、9年、扶養の中でがまんしてきたんじゃない。
私は、、、私は、、
このまま扶養の紙の中で穴が増えるのを待つだけなら、私は、きっと周りを呪う。
夫にまで、当たってしまう。
残っている穴は、13万2,000円です。
止まった1週間は2万2,000円で、特売では届きませんでした。
これで、ずっと自分の自滅を待つのか。
そう思ったら、私は死にきれない。
待ってられないんです。
ダメな妻だと笑えばいい。
ダメなパートだと笑えばいい。
56歳で何やってんのと、嘲笑えばいい。
私は、もう誰かのために生きることはやめる。
私は、私のために生きる。
だって、私の人生なんだから。
なんか間違ってますか?
56年。
私は、扶養の紙の中に自分を置いたまま、
自分のための人生を、ちゃんと生きていませんでした。
それを、認めることにしました。
自分のために、決めたことがなかった。
自分の名前で、働き方を選んだことがなかった。
それも、認めます。
13万2,000円の穴が残った今です。
ここから、再スタートを切ります。
他でもない、私自身のために。
そう決めました。
13万2,000円の穴を、電卓に残したままにするのをやめました。
そこから、本気で副業を見るようになりました。
笑っちゃいますよね。
絶対に副業なんてしない人間だと、思っていたのに。
胡散臭いな、と、ずっと敬遠していました。
若い人がするものだと、思っていました。
私は、扶養の中で逃げ切るんだと、思っていました。
堅実な人間だと、思っていました。
その気持ちは、全部、捨てました。
理由は、ひとつです。
お金が、なかったからです。
夫を守るために。
自分の心を守るために。
情けないですが、へそくりの5万円では、足りなかったんです。
お金が大事だと知っていたのに、増やすことから目をそらして、封筒に入れて安心していました。
いちばん反省しているのは、
お金を「増やす」ことから、逃げていたことです。
〇:お金を貯金する
〇:慎ましい生活をする
〇:先を見据えてお金を残す
そう思って、選んできました。
でも、今ならわかります。
これは、ただの飼い殺しにされる生き方でした。
そして、これは、この文章を読んでいるほとんどの人に、当てはまると思います。
私は、封筒に5万円を置いて、毎月3万円を家に入れて、9年きちんと働いてきました。
それでも、骨折という、自分ではコントロールできないことと、
扶養という、自分では動かせない決まりと、
夫の再雇用という、自分の手の届かない事情が重なって、
扶養で足りると思っていた暮らしは、13万2,000円の穴の前で、崩れました。
呪って呪って、昔の自分を呪って。
悔しくて、何度泣いたかわかりません。
もっと早く、お金を増やすことを考えていればよかった。
「賢く生きる」という言葉を、もっと疑えばよかった。
ずっとずっとずっと、そればかり考えていました。
でも、私は56歳です。
副業の知識も、ありません。
今さら、若い人たちの中で、スタートするの?
そう考えたら、本当に怖かった。
それでも、私は、進む方を選びました。
あなたが何歳でも、もしここまで読んでくれているなら、
私は「進んで」と言いたいです。
だって、あなたの人生で一番若い瞬間は、いま、だから。
そして、あなたの暮らしを支えるのは、
国でも、会社でも、扶養の紙でもなくて、
「あなた自身」しかいないから。
それを見つめることから、私は、逃げていました。
その事実を、受け入れることにしました。
物販、当然無理です。
むしろ、何を売ったらいいのか。そんなことすら想像がつきませんでした。
転売、当然無理です。
まず在庫を抱えるお金もないし、在庫を置くスペースもありません。
アフィリエイト、当然無理です。
まずSNSやブログで、記事を大量に用意したり投稿を大量に用意する時点で無理です。
SNSの運用代行なども当然無理です。
そもそも最新のSNSの動向を追い続けないといけない時点で無理でした。
FXやトレード、当然無理です。
グラフの上がり下がりとかを読む、ローソク足がとか、そんなことの全てに吐き気を感じました。
YouTubeがいいだとか、TikTokがいいだとか、
そんな話も大量に聞きました。
当然無理です。そもそも、これらは若い人との勝負な訳で、私にはできる気がしませんでした。
そして、最新のAIも無理でした。
AIって聞いたら楽な話に聞こえるじゃないですか。
でも、すでにAIが楽な時代は終わっていて、ClaudeコードだのCodexだの、よくわからない構造体がたくさんあって、
これを管理できる頭が必要で、かつ、API(使った分だけ、お金がかかる)仕組みの中での話でした。
知識もないのに、いきなり使った分だけお金がかかる。。これって怖くないですか?
その辺の若造から、何度も『使った分だけしかお金がかからないから大丈夫ですよ。』なんて言われたのですが、
実際、私の知人はその話を鵜呑みにした結果、10万以上の請求をされていました。
AI、怖い。
またしても、、、
またしても、光を奪われるのか。
せっかく「人生で初めて、私の人生を生きるんだ。」と決められたのに。
決心は、年齢によって潰されるのか。。。
そうがっかりしていました。
そんな中で、たった1人だけ
〇:競争なんてしなくていい
〇:顔出しもしなくていい
〇:在庫も抱えなくていい
〇:隙間時間でコツコツしたらいい
〇:才能も知識もいらない
〇:老若男女とわない
というスタイルで、運営している人を見つけました。
最初は、あまりにもウマイ話に見えてしまって、正直私は毛嫌いしていました。もっとも遠ざけていた人といっても過言ではないです。
ただ、先ほども書いたとおり、
巷の副業は、全て無理でした。
物販も転売も、
アフィリエイトも、
SNSの運用代行も、
FXやトレードも、
YouTubeもTikTokも、
全部「無理」です。
私にそんな能力なんてありません。
新しい能力を身につけず、お金を稼ぐ必要がありました。
これが、私がその人から学ぶことを決意した理由です。
あなたはどうでしょう。
・新しいことを学べますか?
・新しいAIを使って、最先端のことで、若い世代と戦えますか?
・トレードなどの複雑なグラフを見れますか?
・転売ヤーと揶揄されながら、仕入れ活動に奔走できますか?
もし、これらが無理なら、あなたは私と同じです。
競わず・新しい能力をつけず・過去の積み上げたもので、なんとか食っていく必要がある。
そんな立場の人です。
その立場の人にとって、私が学んだ人は最適です。
なぜなら、こんなことを言っていたからです。
(1)努力は1度でいい
(2)元手不要、在庫抱えなくていい
(3)才能不要、実績不要、年齢も問わない
と。
さらにこんな事も言ってました。
毎日の労働は、川(会社)に、カバンというバケツを持って水を汲みにいく作業だ。と。
でも、バケツだからこそ手を止めたら終わりだし、バケツを取り上げられたら終わりである。
これがクビという現象であり、毎日の出社が必然とされているわけだが、
もし、ここで水路を作れたらどうだろう。
水路を作ったら、水道を作ったら、蛇口を撚れば水が出る。そんな構造が完成する。
もし、あなたがバケツ・一生労働型でいいならそれもいい。
ただ、水道を作ったら、水路を作ったら、あなたは一生の苦悩から解放される。と。
さて。ここであなたに問います。
今、あなたは、どんな気持ちでこの文章を読んでいるでしょう。
少なくない人が、心にガードをして読んでいるはずです。
昔の私も同じでした。
ただ、自分が同じだったからこそ、あえて言わせてください。
「あなたは、バカですか?」と。
なぜなら、私は、飼い殺しにされてきた自分の人生を後悔しているからです。
私は、挑戦をしないことを堅実だと思っていました、
息を潜めて、手のひらに乗る幸せを、必死に握りしめて、
1粒たりとも、幸せの砂をこぼさない生き方をすること。
これが、いい大人になることだと思っていました。
これが、賢く生きるってことだと思っていました。
でも、私は、そんな「賢く生きる」というイメージに、人生を潰されかけかけました。
というか、潰されました。
今だから思います。
「お金が大事だとわかってるくせにお金に直視するのを避けてる自分」を殺してよかったと。
なぜなら、働いている段じゃないからです。
56歳で、同じスーパーの品出しを9年続けています。夫の扶養の中です。
夫は59歳で、来年は定年して再雇用になり、お給料は下がると聞いています。
右手首を折って6週間、シフトから名前が消えた分の13万2,000円は、品出しに戻っても、休んだ週には戻りません。
となった時、私は「時間を使わず、お金を得る」ことを絶対に習得すべきでした。
ってことを書いているのに、
「心をガードして、斜に構えている」とするなら。
それは、ね。
バカですよ。
理由?理由はあります。ちゃんとあります。
日本海溝より深い理由があります。
なぜなら、人生は短いからです。
考えてみてください。
あなたの大切な人との時間、刻一刻と減っています。
あなたの人生も、毎日終わりに向かって進んでいます。
本当に、大事にすべきことは、ここでは?
お金が全てではない。
そんなこと当然知っています。
でも、だから稼ぐんですよ。
なぜなら、お金がないことで、
「残りあとわずかな、あなたと・大事な人との人生」を潰すからです。
棒に振るってしまうからです。
お金がないから、治療費を削ります。
お金がないから、介護代を削ります。
お金がないから、施設に入れて上げられないです。
・・・ね。
お金が全てではない。って言ってるあなた。
あなたは、その言葉の裏で「大事な人へのベストな選択肢」を捨ててるんです。
これって、悲しくない?
そう考えた時、私は、人生を変えたい。
こんな人生リセットしたい。
そう強く思いました。
ちなみに、私が学ぶことを決意した人のメールはこれです。
毎月、リアルでの作業会もしていらっしゃいます。
ネットの虚像・虚構ではなく、生身で会える・嘘偽りのない人です。
きっかけをくれた人のメールを、
同じように読むことができます。
この文章を書いた理由
いま私は、自分の苦しかった過去を踏まえて、もう2度と昔の私のような人を出さないための活動をしています。
私は、過去の私を強く恥じています。
後悔しています。
同僚に「うちも扶養だから、同じだよ」と言われたあと、封筒の5万円を、休んだ分の代わりだと思っていました。
右手首の骨折で6週間、シフトに名前がありませんでした。夫の扶養なので、傷病手当金は出ません。働けなかった分は13万2,000円です。
整形外科の窓口は、6週間で1万6,000円。封筒の5万円から出せました。13万2,000円には届きません。
それなのに、治れば明細も戻る、と思ったままにしていました。
だから、明細の前で胸を張れる自分でいたい。そう思っています。
この、当たり前のことを当たり前にできない社会です。
だったらせめて、私が手を伸ばせる人には伸ばしたい。
自分が辛かったからこそ、これをちゃんと叫びたい。そう思っています。
ほとんどの場合、あなたは昔の私と同じように
「バケツ型」の人生のはずです。
一度でいいから、本気で「もし、水路的な」お金が入ったら。と心の底から強く思ってみてください。
もし、雇われず・国に、会社に、他人に頼らず、
3万でも、5万でも10万でも入っていたら。と。
決して、私は大金持ちになりたいとは思わないです。
でも、、、
もし、朝起きたら、10万、20万とか入っていたら。と。
もし、そんな奇跡が毎月、毎日、続いたら・・と。
こっちの人生は、心の底から欲しいと思います。
なぜなら、そんな毎日が続いたら、
大切な人との時間を、
大切な人の「もしも」を、
この手で、大事にすることができるからです。
頑張って就職をして、子育てをして、ようやく自由が。
そんな時に、また新たなお世話問題が。
そんなことでまた人生を費やす。こんなバカなことがあっていいのでしょうか。
バカなことって書いたら言葉が悪いですが、でも、そうでしょう?
だって私たちの人生は、私たちのものなんだから。
私たちは、家族の世話のために生まれたんじゃなくて、私たちの人生を生きるために生まれてきてるんです。
これも、きっかけをくれた人の受け売りなんですけどね。笑
でも、そうだと思うんです。
私たちの人生を、私たちの手に取り戻す。
この当たり前の幸せを手放さないために。
その気持ちで、きっかけをくれた人との運営に力を注いでいます。
この文章が、少しでも多くの人の希望になったら嬉しいです。
典子
もう一度だけ。
きっかけをくれた人のメールは、
こちらから読めます。