早苗のブログ「夫婦の老後とお金①エンディングノートを書いて知った、ひとりになったら月およそ14万円」から来てくださった方へ
夫の年金、私の年金、ふたりの貯金。

ふたり 月23万9,000円

ひとり 月14万円

ひとり分の数字を書いた時、 私は、、、 目の前が真っ暗になりました。

夫がテレビを見ている隣の部屋で、私は、エンディングノートの「お金」のページを開いていました。

「夫が先に亡くなったら」の欄に、年金事務所の数字を書きました。
ふたりの年金は、月23万9,000円。
ひとりになると、月およそ14万円。
毎月10万円ほど減って、1年で、およそ120万円です。

元気な夫がいなくなったあとの金額を、私は、ボールペンで書いていたんです。

これは、私の恥ずかしい告白です。

夫の茂は、すぐ隣の部屋にいます。
笑い声まで、聞こえています。

それなのに、私は、「ちゃんとした妻」の顔をして、
その人がいなくなった数字を、きれいな字で書き込んでいました。

ノートを閉じたあと、茂の隣に座って、言いました。
「あなた、長生きしてね。お願いだから」

その言葉を、私は、金額を書いたあとに、言ったんです。

茂は、笑って言いました。
「おう。俺は長生きするから、大丈夫だ」

その笑顔の意味を、愛情ではなく、ノートの計算で受け取っていました。

でも、何よりもショックだったのは、元気な夫の隣で、いなくなったあとの数字を書いていた自分がいたことでした。
毎月の差は、10万円です。

こんにちは、早苗です。
いつも読んでいただいて、ありがとうございます。

ブログに書いてきたのは、私の実体験です。同じ年ごろの仲間にも、起きていることです。

私は59歳で、歯科医院の受付に、週4日立っています。若いころは、会社員を5年しました。
夫の茂は65歳です。今年の3月に再雇用が終わって、年金が始まりました。
娘は34歳で、遠くに住んでいます。

ひとりになっても、電気代の基本料金は半分にならず、毎月の差が10万円のまま残ったことはありますか?

夫のこと、お金のこと。縁起でもないと思われそうですが、
本当に自分の身に起きたことなので、そのまま言わせてください。

きっかけは、7月でした。

同い年の道子さんの、ご主人が、急に亡くなりました。
道子さんは、言いました。
「年金がね、思っていたより少なくて」

それでも、私は、思っていました。

まだ先だろう。うちは、夫が元気だから、まだ先のことだろう。

そんなふうに、考えていませんか?

もし、そう思っているなら。あなたの暮らしは、予想より、ずっと暗いかもしれません。

なぜなら、この世界は、私たちが無防備なまま、ひとりの欄を書くことになるようにできているからです。

少なくとも私は、自分の浅はかさに、あとから、ぞっとしました。

だって、考えてみてください。

夫に何かあっても、遺族年金で暮らせる。
出ていくお金は、ひとりなら、半分くらいになる。
ノートを書いておけば、ちゃんとした妻でいられる。

そんな世界が、広がっていませんか?

私は、これで、なんとかなる、と思っていました。

でも、考えてみてください。

この「予定」が、もし崩れてしまったら……と。

私の身に起きたのは、まさに、そのことでした。

「遺族年金で暮らせる」と中身を見ずに言っていたのは、運ではなく、ただの無知でした

言い訳っぽく聞こえますよね。でも、聞いてください。

私は、準備は、していたんです。

夫の年金は、月16万3,000円。
私は、65歳から、月7万6,000円の見込みです。
若いころの会社員の5年も、ちゃんと、数えに入れていました。

ふたりなら、月23万9,000円。
その数字を見て、「これなら暮らしていける」と、安心していたんです。

エンディングノートも、書いていました。
道子さんの話を聞いたあとでも、「ひとり」の欄を書くまでに、2か月かかりましたが、ちゃんと向き合いました。

それでも、崩れました。

なぜなら、ひとりになったときの年金が、思っていたよりも、ずっと少なかったからです。

年金事務所の数字は、ひと月、およそ14万円。
ふたりなら23万9,000円。差は、毎月10万円です。

1年で、120万円。
私が15年暮らすとして、1,800万円です。
15年と仮定した計算ですが、何年になるかは、誰にも、分かりません。

だって、そうでしょう?

ひとりになっても、遺族年金がある。
そう聞いたら、安心するじゃないですか。

私も、中身を見ないまま、「暮らせる」と、言っていました。

もっというと、こんな書き方をしたら夫に申し訳ないですが、
私は、夫がいなくなる日は、ずっと先で、
そのときは、いまの半分の暮らしで、済むと思っていました。

でも、道子さんのご主人は、急に亡くなりました。
夫の再雇用は、3月に終わりました。
娘は、遠くにいます。

全部が、同じ年に、重なりました。

本来なら、、本来なら、ですよ。

「夫に何かあっても、遺族年金がある」と聞くのは、安心できる話のはずです。

これは、喜ばしいことのはずです。

そして、

本来なら、、本来なら、ですよ。

茂が、「俺は長生きするから、大丈夫だ」と、笑って言ってくれる。
元気な夫が、そう言ってくれる。それは、ありがたいことのはずです。

これも、ちゃんと、分かっています。

でも、私の中では、もう、どちらも、辛い出来事になってしまっていました。

少なくとも、夫の前で、心から笑えませんでした。

顔は、笑っていたかもしれません。
でも、心の中では、泣いていました。腹が立っていました。

「なんでアンタたちに。」って、思っていました。
「長生きするから大丈夫だ」と笑う夫にも、「縁起でもない」と笑う姉にも。

「ひとりになる私のことを、ちゃんと考えたことあるの?」と、思っちゃっていました。

でも、同時に。

「ごめんね。ごめんね。元気なのに、いなくなった数字を書いて。許してね。」と、泣いていました。

なぜだか、わかりますか?

理由は、シンプルに、お金が足りなくなるからです。

準備をしていなかったわけじゃない。
年金の数字も、ノートも、ちゃんと、ありました。

でも、ひとりになったとき、減る額が、思っていたより、大きかったんです。

たったこれだけ。

これで、私は、元気な夫の隣で、いなくなった数字を書く妻になりました。

姉に「縁起でもない」と笑われ、娘には、3回消して、送れませんでした

最初に、近い人に、話しました。

娘に、LINEを打ちかけました。
「もしお父さんがいなくなったらさ」
そこまで書いて、3回、消しました。

姉には、話しました。
「ひとりになったらって、縁起でもない」
「考えないほうが幸せよ。なるようになるわよ」

姉は、笑っていました。
悪気は、ないんです。

でも、電話を切ったあとも、毎月10万円の差は、そのままでした。

道子さんは、お昼のお弁当の蓋を開けながら、言いました。
「ひとりになってもね、電気代の基本料金って、半分にならないのよ」

だって、そうでしょう?

ひとりになったら、半分で済む。
そう思いたかった私に、
道子さんの一言は、あまりにも、現実でした。

娘の画面には、何も、送れていません。
姉の「なるようになるわよ」は、私の10万円を、1円も、減らしてくれませんでした。

年金事務所は「試算は試算です」、相談で固定費を1万5,000円削っても、差は8万5,000円残りました

次に、聞きに行きました。

年金事務所では、言われました。
「こちらの試算は、あくまで試算です。暮らしの固定費は、別のお話になります」

ファイナンシャルプランナーの方にも、1時間、相談しました。
固定費の見直しで、月に、1万5,000円ほど。

毎月の差の10万円から、1万5,000円を引くと、8万5,000円です。
差は、8万5,000円、残ります。

どちらも、間違ったことは、言っていません。

でも、「別のお話」と言われた固定費のほうが、
私にとっては、いちばん大きな話でした。

ここで聞けば、答えがあると思って行ったんです。
なのに、聞けば聞くほど、予定が狂っていることだけが、はっきりしました。

貯金は崩して払えない額ではないのに、一度払えば終わり、ではありませんでした

最後は、貯金を、数えました。

崩して払えない額では、ありません。
でも、一度払えば、終わり、ではないんです。

固定資産税。修繕。車。光熱費の基本料金。
ひとりになっても、ほとんど同じだけ、かかる行ばかりでした。

毎月の8万5,000円は、貯金から、足していくことになります。
足すたびに、貯金が、減ります。
減った貯金から、また、次の月を、足します。

「入ってくるお金 < 当初よりも減る速度が速いお金」

この構図ができてしまったとき、
私は、あまりにも、無力でした。

少しだけ、ご自分に当てはめてみてください

・夫の年金が月16万3,000円で、自分の見込みが65歳から月7万6,000円なのに、夫が先に亡くなると、ひとりの年金は月およそ14万円で、毎月10万円ほど減ります。

・同い年の友人のご主人が急に亡くなって、「年金が思っていたより少なくて」と聞いてから、ひとりになったあとの金額を、エンディングノートに書いたことがあります。

・元気な夫の隣で、ひとりになったあとの数字を書いたあとに、「あなた、長生きしてね。お願いだから」と言ってしまったことがあります。

ノートに数字を書けば、ちゃんとした妻でいられると思った私が、いま見ると、ただの無知なバカでした

「入ってくるお金 < 当初よりも減る速度が速いお金」

この構図は、あまりにも地獄でした。

あなたは、ひとりになったあとの年金の数字を、見たことがありますか?

エンディングノートを書き始めたときは、少し、誇らしかったんです。
「夫に何かあっても、ちゃんとしてる妻」で、いられる気がして。

その自分が、いま思うと、ただの無知なバカに見えて、仕方がありません。

なんでなんだよ。あのとき、どうして、減る額のほうを、先に見なかったんだ。

翌朝、茂が、手を伸ばしてきました。
「ノート、ちょっと見せてよ」

私は、言いました。
「ただ書いてるだけだから」

そう言って、ノートを閉じて、台所へ持っていきました。

もう、恥ずかしいし、情けないしで。

そんなとき、受付の昼休みに、スマホで探し始めました。

夫が元気なうちに、私の名前で、入ってくるものを、持てないか。

若い人が使いこなすものは、私には、無理だと思っていました。
出てくるのは、毎日更新とか、顔を出すとか、人と競うとか。
うさんくさくて、気が重くなりました。
何件か開いて、やめかけました。

その中に、副業、という言葉がありました。

副業、か。

でも、すぐに、自分で打ち消しました。

だって、副業って、若い人のものじゃないですか。大変そうだし。
59歳で、週4の受付に立っている私には、無理だと思ったんです。

こんな数字を書くために、夫を支えて、ちゃんとした妻でいたんじゃない

だって、そうでしょう?

今さら勉強して、今さら頑張って、なんて、正直、かっこ悪いじゃないですか。
そんなことをしたくないから、年金の数字を見て、ノートを書いて、ちゃんとした妻でいようとしてきたんです。

副業に手を出すのは、これまでの自分を、自分で否定するみたいに感じました。

……でも、そのとき、頭の中に、こんな言葉が浮かびました。

この毎月10万円の差を、また来月の紙に書いているだけなのか。
差は、埋まっていません。

年金の数字を、ちゃんと調べたこと。
エンディングノートを、書いたこと。
固定費の見直しを、聞きに行ったこと。

その全部に、ひとりの欄の14万円で、「無駄でした」と点数をつけられたんです。

私のノートは、なんだったの。
ちゃんとした妻で、いい母で、いようとした私は、なんだったの。

そう思ったら、腹が立ちました。

茂にも、です。
「長生きするから、大丈夫だ」と笑った、あの一言に。
「縁起でもない」と笑った、姉にも。
「試算は試算です」と言った、年金事務所にも。

毎月の差は、10万円のままです。
固定費を1万5,000円削っても、8万5,000円が残りました。

ひとりの欄の数字を、ずっと、ノートに書いているだけ。
そんなの、待っていられません。

ダメな妻だと笑えばいいです。いい年して何やってるのと、笑えばいいです。

私は、もう、誰かのためのノートを書くだけの人生は、やめます。
私は、私のために生きます。私の人生ですから。

私は、これまで、夫のことと、娘のことと、仕事のことばかり考えて、
自分のための人生を、生きていませんでした。

自分のために笑っていた日。自分のためにお金を使った日。
どっちも、あんまり思い出せないんです。

それを、認めます。

ひとりの欄に、14万円と書いた、いま。
信じてきたことが、その数字の前で止まった、いま。

私は、また、はじめます。
他でもない、私自身のために。

そう、決めました。

毎月10万円の差を、紙に書いたままにするのをやめました

私は、副業を、ずっと、胡散臭いと思ってきました。

若い人のもの。
私は、遺族年金で、堅実に逃げ切る側。

その考えを、全部、手放しました。

お金が、足りなくなるからです。

夫を守りたい。娘を守りたい。それから、私の心も。

年金の数字だけでは足りなかった、アホな妻です。

数字をノートに書くことが備えだと思って、お金を増やすことには、触れませんでした

いちばん、自分を叱りたいのは、お金を「増やす」ことから、逃げていたことです。

〇:お金を貯金する
〇:慎ましい生活をする
〇:先を見据えてお金を残す

これらが、堅実な・賢い生き方だと思っていました。

でも、今だから、分かります。

これは、ただの飼い殺しにされる生き方でした。

そして、これは、この文章を読んでいる、ほとんどの方に、当てはまることのはずです。

ひとりの欄は14万円で、毎月の差10万円は残っています

だって、遺族年金があれば暮らせる、という予定を、私は持っていたんです。

それでも、道子さんのご主人が亡くなったことと、夫の再雇用が終わったことが、同じ年に重なって、
自分では、どうにもできないことが、いっぺんに来て、

「入ってくるお金 < 当初よりも減る速度が速いお金」

この状態になってしまったら。

遺族年金で暮らせると思っていた予定は、ひとりの欄の14万円と、毎月10万円の差の前で、崩れました。

昔の自分を、呪って、呪って、呪って。
悔しくて、悔しくて、ひとりで泣きました。

もっと早く、お金を増やすことを、考えていればよかった。
「賢く生きる」って、本当にそうなの?と、疑っていればよかった。

そんなことを、ずっと、ずっと、ずっと、考えていました。

59歳で怖くても、いまが一番若いから、私は進みます

私は、もう59歳です。

お金の増やし方の知識なんて、ないんです。
聞いてきたのは、遺族年金と、貯める話ばかりでした。

今さら、始めるの?
若い人たちを、相手にして?

そう考えたら、本当に、怖かったです。

それでも、私は、進む方を選びました。

ここまで読んでくれたなら、何歳でも、言わせてください。
進んでください。

あなたの人生で、いちばん若いのは、いまだから。

そして、あなたの暮らしを支えてくれるのは、
国でも、年金事務所でもなく、
夫でも、娘でも、姉でもなく、

あなた自身だけなんですよ。

私は、そこを見つめることから、逃げていました。

その事実を、受け入れました。

まぁ、、、受け入れても、大変だったんですけどね。苦笑

なぜなら、副業には、それ相応のハードルがあるからです。

物販、当然無理です。

むしろ、何を売ったらいいのか。そんなことすら想像がつきませんでした。

転売、当然無理です。

まず在庫を抱えるお金もないし、在庫を置くスペースもありません。

アフィリエイト、当然無理です。

まずSNSやブログで、記事を大量に用意したり投稿を大量に用意する時点で無理です。

SNSの運用代行なども当然無理です。

そもそも最新のSNSの動向を追い続けないといけない時点で無理でした。

FXやトレード、当然無理です。

グラフの上がり下がりとかを読む、ローソク足がとか、そんなことの全てに吐き気を感じました。

YouTubeがいいだとか、TikTokがいいだとか、

そんな話も大量に聞きました。

当然無理です。そもそも、これらは若い人との勝負な訳で、私にはできる気がしませんでした。

そして、最新のAIも無理でした。

AIって聞いたら楽な話に聞こえるじゃないですか。

でも、すでにAIが楽な時代は終わっていて、ClaudeコードだのCodexだの、よくわからない構造体がたくさんあって、

これを管理できる頭が必要で、かつ、API(使った分だけ、お金がかかる)仕組みの中での話でした。

知識もないのに、いきなり使った分だけお金がかかる。。これって怖くないですか?

その辺の若造から、何度も『使った分だけしかお金がかからないから大丈夫ですよ。』なんて言われたのですが、

実際、私の知人はその話を鵜呑みにした結果、10万以上の請求をされていました。

AI、怖い。

またしても、、、

またしても、光を奪われるのか。

せっかく「人生で初めて、私の人生を生きるんだ。」と決められたのに。

決心は、年齢によって潰されるのか。。。

そうがっかりしていました。

そんな中で、たった1人だけ

〇:競争なんてしなくていい

〇:顔出しもしなくていい

〇:在庫も抱えなくていい

〇:隙間時間でコツコツしたらいい

〇:才能も知識もいらない

〇:老若男女とわない

というスタイルで、運営している人を見つけました。

最初は、あまりにもウマイ話に見えてしまって、正直私は毛嫌いしていました。もっとも遠ざけていた人といっても過言ではないです。

ただ、先ほども書いたとおり、

巷の副業は、全て無理でした。

物販も転売も、

アフィリエイトも、

SNSの運用代行も、

FXやトレードも、

YouTubeもTikTokも、

全部「無理」です。

私にそんな能力なんてありません。

新しい能力を身につけず、お金を稼ぐ必要がありました。

これが、私がその人から学ぶことを決意した理由です。

あなたはどうでしょう。

・新しいことを学べますか?

・新しいAIを使って、最先端のことで、若い世代と戦えますか?

・トレードなどの複雑なグラフを見れますか?

・転売ヤーと揶揄されながら、仕入れ活動に奔走できますか?

もし、これらが無理なら、あなたは私と同じです。

競わず・新しい能力をつけず・過去の積み上げたもので、なんとか食っていく必要がある。

そんな立場の人です。

その立場の人にとって、私が学んだ人は最適です。

なぜなら、こんなことを言っていたからです。

(1)努力は1度でいい

(2)元手不要、在庫抱えなくていい

(3)才能不要、実績不要、年齢も問わない

と。

さらにこんな事も言ってました。

毎日の労働は、川(会社)に、カバンというバケツを持って水を汲みにいく作業だ。と。

でも、バケツだからこそ手を止めたら終わりだし、バケツを取り上げられたら終わりである。

これがクビという現象であり、毎日の出社が必然とされているわけだが、

もし、ここで水路を作れたらどうだろう。

水路を作ったら、水道を作ったら、蛇口を撚れば水が出る。そんな構造が完成する。

もし、あなたがバケツ・一生労働型でいいならそれもいい。

ただ、水道を作ったら、水路を作ったら、あなたは一生の苦悩から解放される。と。

さて。ここであなたに問います。

今、あなたは、どんな気持ちでこの文章を読んでいるでしょう。

少なくない人が、心にガードをして読んでいるはずです。

昔の私も同じでした。

ただ、自分が同じだったからこそ、あえて言わせてください。

「あなたは、バカですか?」と。

なぜなら、私は、飼い殺しにされてきた自分の人生を後悔しているからです。

私は、挑戦をしないことを堅実だと思っていました、

息を潜めて、手のひらに乗る幸せを、必死に握りしめて、

1粒たりとも、幸せの砂をこぼさない生き方をすること。

これが、いい大人になることだと思っていました。

これが、賢く生きるってことだと思っていました。

でも、私は、そんな「賢く生きる」というイメージに、人生を潰されかけかけました。

というか、潰されました。

今だから思います。

「お金が大事だとわかってるくせにお金に直視するのを避けてる自分」を殺してよかったと。

なぜなら、働いている段じゃないからです。

夫の茂は65歳で、今年3月に再雇用が終わって、年金が始まっています。

私は59歳で、歯科医院の受付に週4日立っています。娘は34歳で、遠くに住んでいます。

ノートのひとりの欄は月およそ14万円。夫婦の月23万9,000円との差、毎月10万円は、受付の日数では埋まりません。

となった時、私は「時間を使わず、お金を得る」ことを絶対に習得すべきでした。

ってことを書いているのに、

「心をガードして、斜に構えている」とするなら。

それは、ね。

バカですよ。

理由?理由はあります。ちゃんとあります。

日本海溝より深い理由があります。

なぜなら、人生は短いからです。

考えてみてください。

あなたの大切な人との時間、刻一刻と減っています。

あなたの人生も、毎日終わりに向かって進んでいます。

本当に、大事にすべきことは、ここでは?

お金が全てではない。

そんなこと当然知っています。

でも、だから稼ぐんですよ。

なぜなら、お金がないことで、

「残りあとわずかな、あなたと・大事な人との人生」を潰すからです。

棒に振るってしまうからです。

お金がないから、治療費を削ります。

お金がないから、介護代を削ります。

お金がないから、施設に入れて上げられないです。

・・・ね。

お金が全てではない。って言ってるあなた。

あなたは、その言葉の裏で「大事な人へのベストな選択肢」を捨ててるんです。

これって、悲しくない?

そう考えた時、私は、人生を変えたい。

こんな人生リセットしたい。

そう強く思いました。

ちなみに、私が学ぶことを決意した人のメールはこれです。

毎月、リアルでの作業会もしていらっしゃいます。

ネットの虚像・虚構ではなく、生身で会える・嘘偽りのない人です。

きっかけをくれた人のメールを、
同じように読むことができます。

この文章を書いた理由

いま私は、自分の苦しかった過去を踏まえて、もう2度と昔の私のような人を出さないための活動をしています。

私は、過去の私を強く恥じています。

後悔しています。

夫に「俺は長生きするから、大丈夫だ」と言われたことを、恥じています。

夫婦の年金は月23万9,000円。ひとりになると月およそ14万円。差は毎月10万円、1年でおよそ120万円です。

私は「あなた、長生きしてね」と言ってしまいました。

それなのに、「今は大丈夫」の四文字を、14万円の上に置いたままにしていました。

だから、ノートの前で胸を張れる妻でいたい。そう思っています。

この、当たり前のことを当たり前にできない社会です。

だったらせめて、私が手を伸ばせる人には伸ばしたい。

自分が辛かったからこそ、これをちゃんと叫びたい。そう思っています。

ほとんどの場合、あなたは昔の私と同じように

「バケツ型」の人生のはずです。

一度でいいから、本気で「もし、水路的な」お金が入ったら。と心の底から強く思ってみてください。

もし、雇われず・国に、会社に、他人に頼らず、

「彼らからお金をもらうことなく、」

3万でも、5万でも10万でも入っていたら。と。

決して、私は大金持ちになりたいとは思わないです。

でも、、、

もし、朝起きたら、10万、20万とか入っていたら。と。

もし、そんな奇跡が毎月、毎日、続いたら・・と。

こっちの人生は、心の底から欲しいと思います。

なぜなら、そんな毎日が続いたら、

大切な人との時間を、

大切な人の「もしも」を、

この手で、大事にすることができるからです。

頑張って就職をして、子育てをして、ようやく自由が。

そんな時に、また新たなお世話問題が。

そんなことでまた人生を費やす。こんなバカなことがあっていいのでしょうか。

バカなことって書いたら言葉が悪いですが、でも、そうでしょう?

だって私たちの人生は、私たちのものなんだから。

私たちは、家族の世話のために生まれたんじゃなくて、私たちの人生を生きるために生まれてきてるんです。

これも、きっかけをくれた人の受け売りなんですけどね。笑

でも、そうだと思うんです。

私たちの人生を、私たちの手に取り戻す。

この当たり前の幸せを手放さないために。

その気持ちで、きっかけをくれた人との運営に力を注いでいます。

この文章が、少しでも多くの人の希望になったら嬉しいです。

早苗

もう一度だけ。
きっかけをくれた人のメールは、
こちらから読めます。