恵子のブログ「『どなただったかしら』と言われた日のこと」から来てくださった方へ

施設 月16万8,000円

年金 月10万8,000円

母に名前を忘れられた時、 私は、、、 目の前が真っ暗になりました。

玄関で、職員さんに「こちら、娘さんですか?」と聞かれた母は、私の顔を見て、「……どなただったかしら」と言いました。

そのあと、私が最初にしたのは、グループホームの見積の月16万8,000円から、母の年金の月10万8,000円を引くことでした。
答えは、毎月6万円の不足です。

これは、私の恥ずかしい告白です。

母は、62年、私のことを「恵子」と呼んでくれた人です。
世話になった、たった一人の母です。

その母の「お金は大丈夫なの?」が、いつのまにか、ただの苛立ちに聞こえるようになっていました。

心配してくれている。それは、ちゃんと分かっています。
分かっているのに、聞かれるたびに、胃のあたりが重くなるんです。

台所で、「大丈夫、大丈夫」と笑ってみせた、その顔の裏で、
「そのお金の心配、誰がしてると思ってるの。」って、
思っていました。

母は、何も悪くないんです。
悪くない人に、苛立ってしまう。

でも、何よりもショックだったのは、「そのお金の心配、誰がしてると思ってるの」と思った自分がいたことでした。
不足は、毎月6万円のままです。

こんにちは、恵子です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

ブログに書いてきたことは、ぜんぶ、私が実際に体験したことです。周りの仲間にも、同じことが起きています。

母は86歳で、要介護2です。
私は、週3日のパートに出ています。
夫は64歳で、再雇用になって、給料は前の6割です。

翌月の不足が6万円のまま、自分の口座から6万円を足しても、また6万円足りなかったことはありますか?

母のこと、お金のこと。こんなふうに書くのは、不謹慎かもしれません。
でも、私の身に本当に起きたことだから、そのまま言わせてください。

まだ先だろう。まだ先のことだろう。

そう、思っていませんか?

もし、そう思っているなら。あなたの暮らしは、思っているより早く、動き出すかもしれません。

なぜなら、私たちは、無防備なまま、見積書と向き合うことになるからです。

少なくとも私は、自分の見通しの甘さを、何度も、何度も、責めました。

だって、考えてみてください。

母の年金で、施設代はまかなえる。
いざというときの貯金は、崩さない。
足りない月は、自分の口座から出す。

そういう世界が、広がっていませんか?

私は、これで、母のことは、自分が守れると思っていました。

でも、考えてみてください。

この三つが、もし崩れてしまったら……と。

私の身に起きたのは、まさに、それでした。

「どなただったかしら」のあと、先に引き算をしたのは、運ではなく、ただの無知でした

言い訳に聞こえるかもしれませんが、これだけは言わせてください。

私は、何も考えていなかったわけでは、ないんです。

母の年金は、2か月に一度、21万6,000円です。ひと月にすると、10万8,000円。
夫は、再雇用で働いてくれています。私も、週3日のパートです。
貯金もあります。いざというときのために、崩さずに取ってあります。

毎月の暮らしは、夫の給料と私のパートで、なんとか回っていました。
無理はしていませんでした。

だから、母のことも、私が見ていけると思っていたんです。

夫の年金は、来年から。私の年金は、3年後。
そこまでのことは、ちゃんと、考えていたんです。

それでも、崩れました。

なぜなら、見積の月額が、思っていたよりも、ずっと高かったからです。

見積は、月16万8,000円。
おむつ代と病院代は、この中に入っていません。

しかも、特別養護老人ホームは、原則、要介護3からだと聞きました。
母は、要介護2です。
残ったのは、グループホームだけでした。

だって、そうでしょう?

介護は、まだ家で、母のペースで、先の話として見ていけばいい。
そう思っていたのに、見積が、いちどに、目の前に来たんです。

母が、私の名前を忘れた。
施設は、グループホームしか入れない。
夫は再雇用で、給料は前の6割。
夫の年金は来年、私の年金は3年後。

全部が、同じ時期に、重なりました。

見積書を見て、最初に思ったのは、母の顔ではありませんでした。
16万8,000円、引く、母の年金10万8,000円。
足りないのは、毎月6万円。1年で、72万円です。

母が、私の名前を忘れたその瞬間に、
私は、お金の数字を思い出していました。

名前を呼んでもらえない寂しさより、数字のほうが、先に来たんです。

そんな娘で、ごめんなさい。

本来なら、、本来なら、ですよ。

母が、「お金は大丈夫なの?」と聞いてくれる。
名前は分からなくなっても、娘の暮らしを心配する人は、母のままです。

これは、嬉しいことのはずです。

そして、

本来なら、、本来なら、ですよ。

自分の親の施設のことなら、娘として、喜んで手を貸すべきことだと。
これも、ちゃんと理解しています。

でも、私の中では、もう、どちらも辛い出来事になってしまっていました。

少なくとも、母の前で、笑って「大丈夫」と言えませんでした。

顔は、笑っていたかもしれません。
でも、心の中では、泣いていました。腹が立っていました。

「なんでアンタたちに。」って、思っていました。
母にも、「そうだな」としか言わない夫にも。

「私が毎月いくら足してると思ってるの?」と、思っちゃっていました。

でも、同時に。

「ごめんね。ごめんね。お母さん、こんな娘で。許してね。」と、泣いていました。

なぜだか、わかりますか?

理由は、シンプルに、お金がなかったからです。

貯金がなかったわけじゃない。
崩さずに取ってあった貯金は、ちゃんとありました。

でも、予定よりも、毎月出ていく額が、大きかったんです。

たったこれだけ。

これで、私は、母の前で「大丈夫」と言う、ずるい娘になりました。

従妹に「毎月までは無理」と言われて、翌月の6万円は、0円のままでした

最初に、近い人に、話しました。

従妹に、電話をしました。
母の施設のことと、毎月6万円足りないことを、話しました。

従妹は、優しく言いました。
「毎月までは、無理」

優しい声でした。だから、責められませんでした。
でも、電話を切ったあと、翌月の6万円は、0円のままでした。

別の親戚にも、話しました。
「お母さん、大変だね」
「無理しないでね」

その言葉は、とてもありがたかったです。
でも、毎月、いくら、という話は、出てきませんでした。

だって、そうでしょう?
言ってくれる側にも、毎月出せるお金は、ないんです。

優しさで、見積の6万円は、1円も減りませんでした。

自分の口座から6万円を足しても、翌月の不足は、また6万円でした

次に、自分の口座から、足しました。

ATMの画面に、6万円と入れました。
家に帰って、通帳を開くと、その6万円分が、減っていました。

出せる額では、ありました。
でも、翌月の不足は、消えていません。

夫の年金は、来年から。私の年金は、3年後です。
このお金は、病院や、家の修理の、備えでもありました。

足すたびに、備えが、薄くなっていきます。

パートの月6万円は、見積の不足と、まったく同じ額です。
つまり、私が働いて得たお金は、母の不足のためだけに、消えていく計算です。

明細の前で、それが、分かりました。

市の相談の人に「削減だけでは、どうしようもないですね」と言われました

最後に、市の相談の窓口に、行きました。

保険、携帯、食費を、ひとつずつ、書き出してもらいました。
相談の人は、一覧を見て、言いました。
「削減だけでは、どうしようもないですね」

その一覧を、冷蔵庫に貼りました。
貼っても、グループホームの振込日は、カレンダーどおりに、来ます。

夫は、「そうだな」と言いました。
その一言のあとも、明細の6万円は、そのまま残っていました。

「入ってくるお金 < 当初よりも減る速度が速いお金」

この構図ができてしまったとき、
私は、あまりにも無力でした。

少しだけ、ご自分に当てはめてみてください

・母の年金が2か月に一度21万6,000円で月10万8,000円なのに、グループホームの見積は月16万8,000円で、毎月6万円足りないと分かったことがあります。

・足りない6万円を自分の口座から入れても、翌月にはまた6万円が足りなくなり、従妹には「毎月までは無理」と断られたことがあります。

・親の前では「大丈夫、大丈夫」と笑って答えながら、台所で水を流して、母があと10年生きたら720万円だと数えたことがあります。

貯金は崩さないと威張っていた私が、見積の前で、ただの無知に見えました

「入ってくるお金 < 当初よりも減る速度が速いお金」

この構図は、あまりにも地獄でした。

あなたは、想定よりも早く減っていく通帳を、見たことがありますか?

台所で、湯呑みを洗いながら、水の音の下で、数えました。
「……お母さんが、あと10年生きたら、720万円かあ」

水を止めたら、母が「なあに?」と言いました。

私は、笑って、はぐらかしました。

「いざというときの貯金は、崩さない」と、えらそうに思っていた自分が、
いまとなっては、ただの無知なバカに見えて、仕方がありません。

なんでなんだよ。どうして、減る速度を、見ていなかったんだ。

本当に、恥ずかしくて、情けなくて、ごめんなさい、という気持ちでした。

そんなとき、休憩のたびに、スマホを開くようになりました。

介護の合間に、パートを辞めずに、家でもできること。
そう思って、案内を探しました。

出てくるのは、顔出しとか、毎日更新とか。
開く前から、疲れました。うさんくさい、と思いながら、開いては閉じて、やめかけました。

そのなかに、副業、という言葉がありました。

副業。

その二文字を見て、すぐに、首を振りました。

だって、副業なんて、若い人のものだし、大変そうだし、
62歳で、週3のパートと母のことを抱えている私に、できるわけがないと思ったんです。

こんな見積を前に笑うために、62年、母の娘として我慢してきたんじゃない

だって、そうでしょう?

今さら勉強して、今さら始めるなんて、かっこ悪い。
そんなことをしたくないから、貯金は崩さず、足りない月は自分の口座から出して、ずっと我慢してきたんです。

副業なんて、いままでの自分を、自分で否定するみたいで、いやでした。

でも、そのとき、頭の中に、こんな言葉が浮かびました。

この6万円の不足を、また来月の冷蔵庫の紙に書いているだけなのか。
6万円は、埋まっていません。

貯金を崩さずにきたこと。足りない月を、自分の口座から出してきたこと。母の前で、「大丈夫」と言い続けてきたこと。

全部、見積の前で、「無駄でした」と点数をつけられたんです。

私の我慢は、何だったんだろう。
いい娘で、いい妻で、いようとした私は、何だったんだろう。

そう思ったら、腹が立ちました。

母にも、ごめんなさい、腹が立ちました。
名前を忘れても、「お金は大丈夫なの?」とだけ聞く、あの一言に。
「毎月までは無理」と言った従妹にも。
「そうだな」で終わらせた夫にも。

翌月の不足は、6万円のままです。
年にすれば、72万円です。

毎月6万円を、ひとりで足していく。ずっと、ずっと。
そんなの、待っていられません。

ダメな娘だと思われてもいい。ダメな妻だと笑われてもいい。いい年して、と言われても、いい。

私は、もう、母のためだけに生きるのは、やめます。
私は、私のために生きます。私の人生なんです。

62年、私は「恵子」と呼ばれてきたのに、
恵子のために生きた日は、ほとんどありませんでした。
自分のために休んだ日も、自分のために笑った日も。

それを、認めました。

備えが薄くなった、いま。
「大丈夫」が、見積の前で止まった、いま。

私は、一から、やり直します。
私自身のために。

そう、決めました。

翌月も6万円足りない紙を、冷蔵庫に貼ったままにするのをやめました

私は、副業を、ずっと遠ざけていました。

胡散臭い。若い人のもの。
私は、崩さない貯金で逃げ切る、堅実な側の人間。

その考えを、全部、手放しました。

貯金が、足りなくなったからです。

母を守りたい。夫を守りたい。それから、私の心も。

崩さずに取ってあった貯金では足りなかった、情けない娘です。

お金は大事と知っていたのに、増やすことだけは、見ないようにしていました

いちばん、自分を叱りたいのは、お金を「増やす」ことから、逃げていたことです。

〇:お金を貯金する
〇:慎ましい生活をする
〇:先を見据えてお金を残す

これらが、堅実な・賢い生き方だと思っていました。

でも、今だから、分かります。

これは、ただの飼い殺しにされる生き方でした。

そして、これは、この文章を読んでいる、ほとんどの方に、当てはまることのはずです。

貯金は残っていても、毎月の不足6万円は埋まっていません

だって、崩さずに取ってあった貯金を、私は、持っていました。

それでも、母の見積が来たことと、夫の給料が前の6割になったことが、同じ時期に重なって、
自分では、動かせない出来事が、いっぺんに来て、

「入ってくるお金 < 当初よりも減る速度が速いお金」

この状態になってしまったら。

崩さずに取ってあった貯金は、母の見積と、毎月6万円の不足の前で、崩れました。

本当に、ごめんなさい、情けないです。

昔の自分を、呪って、呪って、呪って。
悔しくて、悔しくて、何度も泣きました。

もっと早く、お金が入ってくる形を、考えていればよかった。
「賢く生きる」という言葉を、もっと疑えばよかった。

そんなことを、ずっと、ずっと、ずっと、考えていました。

62歳で怖くても、いまが一番若いから、私は進みます

私は、もう62歳です。

お金の増やし方なんて、教わったことがありません。
聞いてきたのは、貯める話ばかりでした。

今さら、始めるの?
若い人たちに、混ざって?

そう考えたら、本当に、怖かったんです。

それでも、私は、進む方を選びました。

ここまで読んでくれたあなたに、何歳でも、言わせてください。
進んでください。

あなたの人生で、いちばん若いのは、いまだから。

そして、あなたの暮らしを支えてくれるのは、
国でも、市でもなく、
夫でも、親戚でも、従妹でもなく、

あなた自身だけなんです。

私は、そこを見つめることから、逃げていました。

その事実を、受け入れました。

まぁ、、、受け入れても、大変だったんですが。苦笑

なぜなら、副業には、それ相応のハードルがあるからです。

物販、当然無理です。

むしろ、何を売ったらいいのか。そんなことすら想像がつきませんでした。

転売、当然無理です。

まず在庫を抱えるお金もないし、在庫を置くスペースもありません。

アフィリエイト、当然無理です。

まずSNSやブログで、記事を大量に用意したり投稿を大量に用意する時点で無理です。

SNSの運用代行なども当然無理です。

そもそも最新のSNSの動向を追い続けないといけない時点で無理でした。

FXやトレード、当然無理です。

グラフの上がり下がりとかを読む、ローソク足がとか、そんなことの全てに吐き気を感じました。

YouTubeがいいだとか、TikTokがいいだとか、

そんな話も大量に聞きました。

当然無理です。そもそも、これらは若い人との勝負な訳で、私にはできる気がしませんでした。

そして、最新のAIも無理でした。

AIって聞いたら楽な話に聞こえるじゃないですか。

でも、すでにAIが楽な時代は終わっていて、ClaudeコードだのCodexだの、よくわからない構造体がたくさんあって、

これを管理できる頭が必要で、かつ、API(使った分だけ、お金がかかる)仕組みの中での話でした。

知識もないのに、いきなり使った分だけお金がかかる。。これって怖くないですか?

その辺の若造から、何度も『使った分だけしかお金がかからないから大丈夫ですよ。』なんて言われたのですが、

実際、私の知人はその話を鵜呑みにした結果、10万以上の請求をされていました。

AI、怖い。

またしても、、、

またしても、光を奪われるのか。

せっかく「人生で初めて、私の人生を生きるんだ。」と決められたのに。

決心は、年齢によって潰されるのか。。。

そうがっかりしていました。

そんな中で、たった1人だけ

〇:競争なんてしなくていい

〇:顔出しもしなくていい

〇:在庫も抱えなくていい

〇:隙間時間でコツコツしたらいい

〇:才能も知識もいらない

〇:老若男女とわない

というスタイルで、運営している人を見つけました。

最初は、あまりにもウマイ話に見えてしまって、正直私は毛嫌いしていました。もっとも遠ざけていた人といっても過言ではないです。

ただ、先ほども書いたとおり、

巷の副業は、全て無理でした。

物販も転売も、

アフィリエイトも、

SNSの運用代行も、

FXやトレードも、

YouTubeもTikTokも、

全部「無理」です。

私にそんな能力なんてありません。

新しい能力を身につけず、お金を稼ぐ必要がありました。

これが、私がその人から学ぶことを決意した理由です。

あなたはどうでしょう。

・新しいことを学べますか?

・新しいAIを使って、最先端のことで、若い世代と戦えますか?

・トレードなどの複雑なグラフを見れますか?

・転売ヤーと揶揄されながら、仕入れ活動に奔走できますか?

もし、これらが無理なら、あなたは私と同じです。

競わず・新しい能力をつけず・過去の積み上げたもので、なんとか食っていく必要がある。

そんな立場の人です。

その立場の人にとって、私が学んだ人は最適です。

なぜなら、こんなことを言っていたからです。

(1)努力は1度でいい

(2)元手不要、在庫抱えなくていい

(3)才能不要、実績不要、年齢も問わない

と。

さらにこんな事も言ってました。

毎日の労働は、川(会社)に、カバンというバケツを持って水を汲みにいく作業だ。と。

でも、バケツだからこそ手を止めたら終わりだし、バケツを取り上げられたら終わりである。

これがクビという現象であり、毎日の出社が必然とされているわけだが、

もし、ここで水路を作れたらどうだろう。

水路を作ったら、水道を作ったら、蛇口を撚れば水が出る。そんな構造が完成する。

もし、あなたがバケツ・一生労働型でいいならそれもいい。

ただ、水道を作ったら、水路を作ったら、あなたは一生の苦悩から解放される。と。

さて。ここであなたに問います。

今、あなたは、どんな気持ちでこの文章を読んでいるでしょう。

少なくない人が、心にガードをして読んでいるはずです。

昔の私も同じでした。

ただ、自分が同じだったからこそ、あえて言わせてください。

「あなたは、バカですか?」と。

なぜなら、私は、飼い殺しにされてきた自分の人生を後悔しているからです。

私は、挑戦をしないことを堅実だと思っていました、

息を潜めて、手のひらに乗る幸せを、必死に握りしめて、

1粒たりとも、幸せの砂をこぼさない生き方をすること。

これが、いい大人になることだと思っていました。

これが、賢く生きるってことだと思っていました。

でも、私は、そんな「賢く生きる」というイメージに、人生を潰されかけかけました。

というか、潰されました。

今だから思います。

「お金が大事だとわかってるくせにお金に直視するのを避けてる自分」を殺してよかったと。

なぜなら、働いている段じゃないからです。

母は86歳で要介護2です。施設の見積は月16万8,000円、母の年金は月10万8,000円です。

私は週3日のパートです。夫は64歳で、再雇用の給料は前の6割です。

この差の毎月6万円を、パートの時間を増やして埋める段ではありません。

となった時、私は「時間を使わず、お金を得る」ことを絶対に習得すべきでした。

ってことを書いているのに、

「心をガードして、斜に構えている」とするなら。

それは、ね。

バカですよ。

理由?理由はあります。ちゃんとあります。

日本海溝より深い理由があります。

なぜなら、人生は短いからです。

考えてみてください。

あなたの大切な人との時間、刻一刻と減っています。

あなたの人生も、毎日終わりに向かって進んでいます。

本当に、大事にすべきことは、ここでは?

お金が全てではない。

そんなこと当然知っています。

でも、だから稼ぐんですよ。

なぜなら、お金がないことで、

「残りあとわずかな、あなたと・大事な人との人生」を潰すからです。

棒に振るってしまうからです。

お金がないから、治療費を削ります。

お金がないから、介護代を削ります。

お金がないから、施設に入れて上げられないです。

・・・ね。

お金が全てではない。って言ってるあなた。

あなたは、その言葉の裏で「大事な人へのベストな選択肢」を捨ててるんです。

これって、悲しくない?

そう考えた時、私は、人生を変えたい。

こんな人生リセットしたい。

そう強く思いました。

ちなみに、私が学ぶことを決意した人のメールはこれです。

毎月、リアルでの作業会もしていらっしゃいます。

ネットの虚像・虚構ではなく、生身で会える・嘘偽りのない人です。

きっかけをくれた人のメールを、
同じように読むことができます。

この文章を書いた理由

いま私は、自分の苦しかった過去を踏まえて、もう2度と昔の私のような人を出さないための活動をしています。

私は、過去の私を強く恥じています。

後悔しています。

母に「どなただったかしら」と言われたあと、母の顔より先に、毎月6万円の引き算をしていました。

母の年金は月10万8,000円。施設の見積は月16万8,000円。差は毎月6万円、1年で72万円です。

母は86歳です。要介護2です。

それなのに、足りないと思う自分のほうが先に出ていました。

だから、見積の前で胸を張れる娘でいたい。そう思っています。

この、当たり前のことを当たり前にできない社会です。

だったらせめて、私が手を伸ばせる人には伸ばしたい。

自分が辛かったからこそ、これをちゃんと叫びたい。そう思っています。

ほとんどの場合、あなたは昔の私と同じように

「バケツ型」の人生のはずです。

一度でいいから、本気で「もし、水路的な」お金が入ったら。と心の底から強く思ってみてください。

もし、雇われず・国に、会社に、他人に頼らず、

「彼らからお金をもらうことなく、」

3万でも、5万でも10万でも入っていたら。と。

決して、私は大金持ちになりたいとは思わないです。

でも、、、

もし、朝起きたら、10万、20万とか入っていたら。と。

もし、そんな奇跡が毎月、毎日、続いたら・・と。

こっちの人生は、心の底から欲しいと思います。

なぜなら、そんな毎日が続いたら、

大切な人との時間を、

大切な人の「もしも」を、

この手で、大事にすることができるからです。

頑張って就職をして、子育てをして、ようやく自由が。

そんな時に、また新たなお世話問題が。

そんなことでまた人生を費やす。こんなバカなことがあっていいのでしょうか。

バカなことって書いたら言葉が悪いですが、でも、そうでしょう?

だって私たちの人生は、私たちのものなんだから。

私たちは、家族の世話のために生まれたんじゃなくて、私たちの人生を生きるために生まれてきてるんです。

これも、きっかけをくれた人の受け売りなんですけどね。笑

でも、そうだと思うんです。

私たちの人生を、私たちの手に取り戻す。

この当たり前の幸せを手放さないために。

その気持ちで、きっかけをくれた人との運営に力を注いでいます。

この文章が、少しでも多くの人の希望になったら嬉しいです。

恵子

もう一度だけ。
きっかけをくれた人のメールは、
こちらから読めます。